決戦 18
「わはは! いいぞー! カッコイイぞー!」
オーガの復活により、一気に形成を逆転した竜種との戦い……。
それを作戦本部たる陣幕の中で見守りつつ、俺は――イイ気になっていた!
「粉砕せよ! 玉砕させよ! そして、大喝采を上げるのだ!」
「うわー、さっきまであんなだったのに、手のひら返しがやばいな」
そんな俺を見つつ、あきれ顔でエンテがそう告げる。
「無理もありません。
最強にして、唯一無二の覇王が復活したのですから。
このロンバルドを統べるべき真の支配者による戦いを、今はただこの目に焼きつけましょう」
いつも通りピカピカと髪を輝かせ、各所に俺の意思を伝えていたイヴが、無感情な中にもそこはかとない嬉しさが感じられる声でそう言った。
うん、手塩にかけて育てたオーガが復活して嬉しいのは分かるけど、ロンバルドを統べるのはこの俺な?
さておき、その勇姿を目に焼きつけようというのには賛成だ。
「ようし! 表に出て直接、この目でオーガの活躍を見ようか!」
「分かりました!
あたしたちも、しっかりと映像を記録します!」
俺の言葉にサシャがうなずき、彼女たち撮影班も立ち上がる。
危ないからこの作戦本部に待機させていたが、今ならば大丈夫だろう。
「はっはっは! いいぞ! 俺に続け!」
「兄ちゃん、本当に現金だなあ……」
ジャンのツッコミには構わず、先陣を切って表に出た。
冷たい感覚が喉元を過ぎ去ったのは、その時だ。
「――うおっ!?」
感覚に身を任せ、全力でその場を横っ飛びにする。
胸元にぶら下がっていたライジングスーツ装着用ペンダントが、鎖を切り取られ宙に舞うのが見えた。
今のをかわせたのは、かつて、王国一の騎士ともいわれる人物に稽古をつけられていたからに他ならない。
ぐだぐだと頭で考えず、本能のまま、直感に身を任せて動く……。
もう、あれからずいぶんと経つが、彼の教えは文字通りこの身に染み込んでいたというわけだ。
しかし、それで安堵している場合ではない。
ためらうことはなく、相手の急所へ最短最速で打ち込まれる斬撃……。
この剣を使う人物こそ、俺に武術のイロハを叩き込んだ男だからである。
すなわち……。
「兄上……!」
「今のをかわしたか。
感心したぞ、アスル」
ロンバルド最強の騎士――第二王子ケイラー・ロンバルドは、そう言いながら右手の剣をびゅんと振るった。
「――アスル!」
エンテが……。
「――陛下!」
「――兄ちゃん!」
そして、サシャとジャンの姉弟が、慌てて陣幕から飛び出す。
俺が彼女らを止めなかったのは、ケイラーの殺気があくまで俺一人にのみ向けられていたからだ。
「ふん……」
事実、彼は剣の腹を肩に乗せながら、割って入ることなく彼女らを見逃したのである。
「この男は……!」
「王都で見た際の身体情報と一致を確認。
正統ロンバルドの軍服を着ていますが、彼は第二王子ケイラー・ロンバルドです」
身構えるエンテに、イヴが淡々とそう告げた。
「下がっていろ。
お前にどうこうできる相手じゃない」
今にも飛びかからんばかりのエルフ娘を制し、俺は一歩前に出る。
「そうだ。危ないぞ、下がっていろ。
俺もこの剣に、女子供の血を吸わせたくはない」
ケイラーはそう言いながら、担いでいた剣を下ろす。
一見すれば、脱力したスキだらけの状態……。
しかし、彼がその気になれば、その体勢と位置からでも、すぐさま俺の首を飛ばしにこれるだろう。
今、目の前にいるのは、子供の時から一本たりとも取れなかった人物なのだ。
「そのような格好をして、潜入してくるとは……。
まるで、獣人国のシノビですな? 兄上」
「シノビというのは分からんが、まあ、武人のやり方ではないと思うよ」
俺の言葉に、彼は苦笑しながらそう答える。
「とはいえ、この状況で逆転できる手が他に浮かばなかったのでな」
そう言う彼の狙いは、明白だ。
――俺の首を取る。
この戦況を……ひいては、新旧ロンバルドの戦いを覆す唯一の手である。
先ほど、俺を説得していたエンテの言葉ではないが、俺こそが正統ロンバルドの屋台骨であり、いわば国家そのものだ。
今、俺という頭が失われれば、形になりつつあった組織は瓦解し、烏合の衆と成り果てるだろう。
そうなれば、バラバラの勢力となったそれぞれを吸収し、ゆくゆくは『マミヤ』を始めとする超古代の技術も掌握してしまえばよいのだ。
「道は、それしかありませんか?」
彼の狙いと覚悟を踏まえた上で、あえて俺はそう尋ねる。
「ほう、面白いことを聞くではないか?
ならば聞くが、他にどのような道があるのかな?」
そんな俺に対し、兄上は薄い笑みを浮かべながらそう返した。
「手を組めば良いのです。
昔のように、兄弟力を合わせて民のため――」
「――アスル」
俺の言葉を、彼は兄としての顔で制する。
彼のそんな表情を見るのは、実に久々で……。
これが最後であることを、俺は悟った。
「ロンバルドの地に、王家はただひとつのみ。
そして、俺は父が治め、兄が引き継ぐそれに剣を捧げているのだ。
――分かれ」
「くっ……」
有無を言わせぬ、兄の言葉……。
こうなれば、もはや否も応もない。
『マミヤ』発見したあの時、見通した未来のままに……。
戦うしかないのだ。
「さて、もはや語る言葉もあるまい」
びゅん、という音を響かせ、再びケイラーが剣を振るう。
なんということはない準備動作に過ぎぬそれの、なんと鋭く速いことだろうか。
やはり、尋常な戦いで勝利が得られる相手ではない。
そして、身体能力と技の差を埋め合わせうる装備――ライジングスーツは、装着用のペンダントが地に落ちているため、装着不能であった。
残る武器は、懐のブラスターと魔術だけだ。
中腰にかがんだ俺と、自然体に構えたケイラーとの間で奇妙な沈黙が流れる。
この間、脳裏に浮かんだのは様々な攻め手と、それに対するケイラーの応手だ。
ブラスターを抜き撃つか、あるいは魔術を放つか……。
いずれに対しても、幻視の中でケイラーが素早くそれをかわし、生じたスキを突く形でひと息に剣の間合いへと踏み込んでくる。
そして、体勢の整わぬ俺は、ただ一撃で命脈を絶たれるのだ。
――どうする?




