選ばれし精鋭(笑)
イヴからの連絡を受け……。
俺と長フォルシャは甲虫を思わせる乗り物――『ブルーム』に二人乗りで騎乗し、すぐさま集落へと帰還した。
背後で、『マミヤ』の光学迷彩が展開された気配を感じ取りつつ……。
集落の一角、人々が集まり始めている地点へと降り立つ。
「一体、何事だ!?」
イヴとバンホー、それにウルカもその場へ参じてはいるものの、大多数を占めているのは自治区のエルフたちである。
そのため、後部座席から降りた長フォルシャが、その場を仕切る形となった。
「この辺りの小屋は、確か物資を収めていたはずだが……」
周囲の小屋を見回しながら、俺もその後に続く。
勝手知ったる他人の家というわけではないが、この二日間、エルフらへのブラスター習熟訓練などを通じて集落の構成はおおよそ頭に入っている。
エンテが集落を飛び出したという話だが、それでなぜ、こんな所に人々が集まっているのだろうか?
その答えを知るのは、集った人々の中心にいる二人のエルフ少女――実年齢は定かでない――だったのである。
「申し訳ありません!」
「私たちが、油断したばかりに!」
平身低頭……とは、このことだろう。
二人の少女は、地にこすりつけんばかりの勢いで長フォルシャへ頭を下げた。
「謝罪はいい。
何があったのか、簡潔に述べよ」
今は、言い訳の類を聞いている場合ではない。
長の言葉を受けて、二人の少女がたどたどしく事情を語り始めた……。
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集落を飛び出してまでエンテが求めたもの……。
それを簡潔に述べるのならば、武勲ということになるだろう。
問題なのは、その武勲をもって何を望むか、だが……。
「手柄なんぞいくら立てたところで、ライフルを譲るわけがないだろうに……」
話を聞いた俺は、怒りよりも先にあきれを覚えてそうつぶやいた。
「済まぬ。そればかりは、私の育て方が間違っていたとしか言えぬ」
俺の言葉を受けて、長フォルシャが軽く頭を下げる。
「親贔屓に思えるかもしれぬが、あの子は弓術と魔術に関して天才と言ってよい。
その才を伸ばすにはよかろうと、私はエンテがそれら武技で成果を見せるたび、褒美を与えてきてしまったのだ」
「あー……」
それを言われると、言葉がない。
なんとなれば、それとよーく似た事例を……俺は知っているからである。
ある所に、とても聡明な王子様がいました。
王子は武術魔術にも秀でていましたが、中でも学問……とりわけ考古学に関しては、他の追従を許さぬ才を発揮します。
父王はそれを大いに喜び、褒め、より励むよう王子に言ったのでした……。
こうして、王子はその言葉を誉れに思い……長い年月をかけて、誰も解き明かせなかった古文書を読み解いたのです。
……こんな事例だ。
その王子は今、どうしてるかって?
家系図からも名前を消されて、こうしてここに立ってるよ。
まあ、そのようなわけでだ……。
俺には、エンテの思考がなんとなく分かってしまった。
親に褒められるってのは、嬉しいもんだからな。
それで成果を上げるたびに、お褒めの言葉やら品々やらを与えられるのならばなおさらだ。
そんな日々が続くと、成果さえ上げれば少々の無理は通るんじゃないかと思えてしまうものである。
違いがあるとすれば、俺は結果的にこんな形になったとはいえ、きちんと筋を通したが……。
彼女は若年さゆえかそれをせず、一人で突っ走ってしまったということだ。
しかも、止めようとしたお付きの少女二人を昏倒させてまでである。
「返す返すも、これは私たちの失態……!」
「相手がおひい様とはいえ、簡単に気絶させられてしまうとは……!」
恐縮しきりの少女二人であるが、こればかりは仕方あるまい。
何しろ、エンテは俺の早撃ちを目で捉えられるほどの才女だ。
彼女らには悪いが、長フォルシャが言った通り、モノが違うとしか言いようがないだろう。
「ともかく、こうなってしまったものは仕方がないでしょう……。
――イヴ」
「はい。
エンテ様はライフルを一丁盗んで行きましたが、そのおかげで位置を知ることができます」
「そのようなことができるのか?」
驚いた顔をする長フォルシャへ、俺に代わってイヴがうなずく。
「イエス。
今度の戦いで一丁たりとも喪失せぬよう、全てのライフルは位置情報を発信する仕様となっています。
それをたどれば、追跡することは容易です」
常に色彩が変化する髪をきらめかせながら、我が腹心が無表情に断言する。
これなるは、不幸中の幸いと言うべきだろう……。
俺は『マミヤ』を始めとした古代技術に関して口止めを迫るつもりであり、長の性格からして快諾してくれるだろうが、問題となるのは装備の喪失だ。
今はまだ、これらの存在を表沙汰にはしたくない……。
そのため、後からでも回収できるよう位置情報を知れるようにするのは、必須だったのである。
秘密裏に行動するというのは、何かと気を使って大変なのだ。
「バンホー、頼めますか?」
「――ははっ!
ただちに二名ばかり率い、追跡の任に――」
ウルカの命に従い、バンホーがすぐさま行動しようとした、その時である。
「――報告します!
魔物の軍勢が、動き出しました!
進路から察するに、再びこの集落へ向かっているものと思われます!」
ドローンを操作しての偵察任務に当たっていたサムライの一人が、大急ぎでこちらへと駆け込んできたのだ。
思わず、その場にいた全員と目を見合わせてしまう。
「凶事というのは、重なるものだな……」
苦々しい思いで、俺はその言葉を絞り出す。
同時に、長フォルシャが決断を下した。
「――我が娘を追跡することは無用!
これよりは死んだものとし、集落の防衛に徹する!
総員! かかれ!」
そこまで言い切り、命を受けたエルフらが散っていくのを見届けて俺に向き直る。
「アスル殿、聞いての通りです。
……助けに行こうとしてくれたことは感謝しますが、どうかエンテのことはお見捨てください」
無表情をとりつくろうとしているが、イヴのそれに比べれば、あまりに不器用であり、不完全なそれだ。
俺には、その心中が痛いほど分かってしまった。
だから、こう言ったのである。
「いいえ……お嬢さんは必ずお救いしましょう」
「しかし……」
「この戦い、エルフ勢を指揮するあなたが万全でなければ勝利は望めません。
父親とは、愛する子が健在であってこそ真の力を発揮できるというもの……。
それは、人間もエルフも変わりますまい?」
「……かたじけない」
深く……本当に深く、長フォルシャが頭を下げた。
噂では、俺の先祖――建国王ザギ・ロンバルドと知己なほど高齢の人物が、である。
俺はこれまでの人生で、これほどまでに重い感謝の念を見たことがない。
「よし!
それでは、誰が行くか、だが……」
イヴ、ウルカ、バンホーといった身内の面々を見回しながら言葉をつむぐ。
「まず、バンホーは駄目だ。
残るサムライ衆を率いれるのはお前しかいない」
この戦い、エルフらも重要だがサムライ衆の働きもまた重要である。
何しろ、使い方を教えられたのも、数を揃えられたのも、ブラスターライフルだけだからな。
タニシを駆使した彼らの空中戦術は、必須と言えるだろう。
余談だが、俺が率いるのはなしだ。サムライたちからの信頼というものがちがう。
それは実戦において、生死を分ける差である。
「というわけで、バンホーと互角の実力を持ち……。
かつ! 『マミヤ』製装備の扱いを知っており……。
できれば! 魔術を修めていて様々な状況へ対応できる者が、この場合は望ましい!」
皆の視線が、俺へと注がれる。
うん、正直、言葉にするまでもなく分かっていた……。
総大将が行くのは悪手だって? それは人手が多い場合の話だよ。
中小団体というものは、率いる者が率先して動かねば立ちいかぬものなのだ。
というわけで、俺は笑顔でこう言い放ったのである。
「――行ってきます!」