決戦 15
――弱し!
――弱し弱し弱し弱し弱し!
その竜種が考えていたことを言語化するならば、このような形になるだろう。
かつて、母なる……そして絶対なる意思によってこの姿を与えられ、突き動かされるままに人の巣を破壊した時が思い起こされる。
あの時に破壊した巣は、全体が石で形作られたものであり、規模といい潜んでいた人間の数といい、今回とは比べ物にならないものであった。
しかし、抵抗の激しさという意味では、今回に軍配が上がるであろう。
あの時に人間が放ってきたものは、細い枝切れに尖った何かを付けたものであった。
対して、今、こやつらが放ってくるものは、不可思議な光の線である。
果たして、いかなる理屈によってそれが付与されているのか……。
線ひとつひとつには、なかなかの熱が秘められており、もし、そこいらの生物がこれを受けたのならば、たまらず命を絶たれるであろうと直感できた。
また、それら光の線に加え、時おりこちらへ投げつけてくる小さな球……。
これもまた、かつてはお目にかかれなかったものである。
この珠は、何かに接触するとたちまち破裂し、その場に荒れ狂う雷を生み出す。
これもまた、普通の生物が浴びればたちまちの内に焼き尽くされることだろう。
かつて、そのように火や雷撃を操るのは、自分たちのそれにも通じる特殊な力を持つ者に限られていた。
しかし、自分が眠っている間……。
どうやら人間たちは、才覚に寄らずそういった攻撃が行えるようになっていたらしい。
矮小な存在にしてはなかなかなの進歩であると、褒めてやってもよいだろう。
しかし、それがどうしたというのか?
人間が手にした新たな力は、そこいらの生物相手ならばともかく、自分たちに対しては全くの無力である。
無数に存在する鱗の一つも剥がせぬというのに、必死な攻撃を仕掛けてくる様は、もはや滑稽ではないか!
新しい武器の飛距離にモノを言わせ、爪や尾の届く範囲に近づこうとしないのは少しばかり面倒であるが……。
火の吐息を用いて、少しずつその数を減らしていくのもまた一興である。
「ルゥ……オォ……」
どれ、また吐息を吐き出して逃げまどう様でも見させてもらおうかと、息を吸い込んだその時だ。
「――ッ!?」
背筋が凍るような本能的恐怖を感じ、思わず動作を止めてしまう。
錯覚ではない。
人間たちが土や木で補強した、この場所……。
自分たちの狩り場と化していたこの場所全体に漂う空気が、確かに冷えていた。
この感覚が告げている事実は、ただひとつ。
自分たちの命にすら届く強大な力を持つ何かが、突如としてこの場に出現したのだ。
「なんだ!?」
「突然、きょろきょろとし始めたぞ!」
自分の行動を怪訝に思った人間たちが騒ぎ出すも、それは歯牙にもかけず、視線を巡らせる。
果たして……。
巨大な気配が出現したのは、人間たちが建てたのであろう小さな巣の中からであった。
――でかい。
最強種としての優れた視力が、ただちにそやつの姿を捉え、他の人間とは全く体格が異なることを確認する。
もちろん、自分たちの巨体とは比べるべくもないが、人間としては規格外の大きさだ。
しかも、その肉体は岩から直接削り出したかのごとき隆々とした筋肉で構成されており、そこから漂う迫力は、自分たちと比べても決して見劣りするものではなかった。
頭には、本来存在しないねじれ角を装飾として装着しているが、それが生来備わっていたとしても一切の違和感がない。
何よりも目を引くのが、両の瞳……。
色や大きさが、印象的なのではない。
ただ、そこに宿るもの……。
尽きることのない野心と闘争心が、距離を隔ててなおこちらを圧倒してくるのだ。
――己たちよりも……。
――遥かに王!
最強の種族を自任している自分たちですら、そうと認識せざるを得ないすさまじい覇気が、この人間からは発されていた。
「ふうむ……」
その人間が、こちらを見やる。
視覚のみならず、聴覚においても完全を誇るのが自分たちであり、騒然としたこの狩り場においても、それははっきりと聞き取ることができた。
「うぬが、最初の贄か!」
そして、その人間が――笑った。
ただ表情を変えただけというその行為に、心臓を鷲掴みにされたような恐怖を覚える。
もしも、ある種の生物と同じく汗腺が自分に備わっていたのなら、体中の水分が失われるほどの冷や汗をかいていたにちがいない。
それほどに絶対的で、有無を言わさぬ力強さがその笑みには備わっていた。
自分の運命は、今この瞬間、こやつの意思で定められたのだ。
一体、何をするつもりなのか……。
人間が――いや、覇王が、ゆらりとその右腕を天に掲げる。
そして、人差し指をピンと立て、こう叫んだ。
「来い! ゴルフェラニよ!」
すると、おお……どうしたことか……。
――ヒヒーン!
それまで、影も形もなかった馬が、突如として覇王の背後に出現したのである。
だが、驚くには値しない。
真に誉ある名馬というものは、主の呼びかけひとつでどこにでも姿を現わせるものなのだ。
その証拠に、これなる馬を見るがいい……。
小山のような巨体といい、像ほどもある脚といい、明らかに馬の範疇を逸しており、覇王が乗ったところでこゆるぎもせぬ。
両の瞳をギラギラと輝かせる闘争心は、草食動物には決して宿らぬはずのそれであった。
「聞いた話によると、牙一家が全滅したらしい……」
しかも、なんか喋ってる!
言っていることの意味はさっぱり分からないし、なんとなくものすごく古い情報なのではないかと思わされたが、ともかく、主共々、種の限界を軽々と超越した存在であるのは間違いなかった。
「――ふうん!」
人間の限界を超えた覇王が、馬の限界を超えた巨馬にまたがる。
両者が一体となったその姿は、威風堂々という言葉を体現したものであり、この地上にかなうものは存在しないと思わせた。
「――はあっ!」
覇王が、愛馬の尻を軽く叩く。
それに応えて、ゴルフェラニなる馬は高々と跳躍したが……。
おお、その脚力のなんとすさまじいことか。
助走すらしていないというのに、出てきた小さな巣からここまでの距離を、ひと跳びで詰めてみせたのである。
その様はもはや、飛翔と称した方が実際に近い。
「う、打ち方やめ!」
突如として乱入された形になった小さき者たちが、慌てて手にしていた道具の使用をやめる。
もっとも、光の線が直撃したところで、この覇王には傷ひとつつかなかったことだろうが……。
「竜共よ……。
我がいる場所で、ずいぶんと好き勝手をしてくれたものだ」
騎乗した覇王が、じろりとこちらを見上げた。
――ズリリ。
ただ、それだけで……。
我知らぬ内に、一歩後退してしまったことに気づく。
それは、最強種たる生物にとって、決して認められぬ事実であった。
「――――――――――ッ!」
その恥を拭い去るため……。
あるいは、せめてもの威嚇行為として咆哮を上げる。
「ふん……かかってくるがいい!」
覇王が、不敵な笑みを浮かべながら両手を掲げ……。
真に最強たる存在を決めるための戦いが、ここに幕を開けた。




