決戦 14
「カミヤたちは来れないのか!?」
竜種が飛来し、俺の立体映像――正確にはそれを映し出していたドローンたち――が吐息で消滅させられた後、俺がすぐさま尋ねたのがそのことである。
「ノー。
時を同じくして、正統ロンバルド海岸部に例の特級魔獣が大量に出現。
今、一機でも欠ければこれを突破され、ビルクに肉薄されることでしょう」
「くそったれ!
ここぞとばかりに、畳みかけてきやがったか!」
敵……王宮の何者に憑りついているかは分からないそいつの狙いに気づいて、俺は机を殴りつけた。
相手方の狙いは、明白だ。
――ここで終わらせる。
ただ、それだけである。
今回、俺が取った戦術は、要するに情報の秘匿であった。
敵方に『テレビ』が狩り集められているのを承知の上で、天気予報などは従来通り電波に乗せる。
しかし、俺が獣人国を解放し、また、ファイン皇国の一派であるワム軍と手を組んでいることに関しては、一切これを伝えていなかった。
結果、相手方はこちらの動員可能戦力を見誤り、予期せぬ援軍の到来で崩れることになったのだ。
しかし、敵の……なんて呼ぼうかな。
星の意思に操られている、黒幕……そう、黒幕と呼ぼう。
黒幕にとっては、自陣営の兵力もこちら側の兵力も、最初から関係なかったのだ。
新種の魔物やら特級魔獣やらで、向こうもリソースはそろそろ限界だろうが……。
それでも温存し続けた虎の子――竜種を惜しまず投入することで、ひと息に俺たちを殲滅する。
俺たち人間にとって、ここ戦士の平原における戦いは戦のすう勢を決める一大決戦であったが、それは黒幕にとっても同じだったということだ。
「最悪、アスルだけでも『マミヤ』に避難すべきじゃないか?」
落ち着いた声音でそう言ったのは、意外にもエンテであった。
「しかし、この状況で俺が離れるわけには……」
そんなエルフ娘に、かぶりを振りながら答える。
だが、エンテはそんな俺の襟を掴むと、まっすぐな眼差しで見上げてきたのだ。
「しっかりしろ! アスル!
お前が今しなきゃならないことはなんだ?
生き残ることだろ!」
「エンテ……」
普段は見ることがない、彼女の一面……。
エルフ自治区を束ねる族長家としての視線を向けられ、思わず口ごもる。
「いいか! 正統ロンバルドの屋台骨はお前であり、『マミヤ』だ!
確かに、ここで失われるものは大きい。
だけど、最悪お前さえ健在でいたなら、立て直しはきくんだ!
お前の代わりは、どこにもいないんだよ!」
……彼女の言葉は、正しい。
国を人体に例えるなら、俺は頭であり、心臓だ。
そして、時に他の部位はこれを生かすため、切り捨てられることもあるのである。
ただ……。
「俺は……嫌だ」
口を突いて出たのは、自身、意外な言葉であった。
理屈じゃない。
ただ、ここで兵を見捨てたら、俺が求めた俺ではなくなってしまうという確信があった。
しかも、ここを破壊し尽くしたなら、次は辺境伯領の領都ウロネスへ進行するのが目に見えているのである。
それに、手がないわけじゃないのだ。
『マミヤ』に搭載されている主砲……。
あれを使えば……!
スペースデブリなる、星界の海を漂う巨大なゴミの排除を目的とした火砲の最大出力は、カミヤのシネラマビームすらしのぐ。
その封印を解けば、竜種も問題なく排除できるであろう。
もっとも、人間が持つには過ぎた力を持つと明らかになった俺が人々からどう扱われるかは分からぬし、この惑星との間に見い出している落とし所も完全に失われるだろうが……。
それでもなお、俺が使用を検討し始めたその時である。
「……勝てばいいんです」
それは、小さな……本当に小さくて、か細い声……。
だけど、それを発した人物は、強い決意と共にそこへ立っていた。
「オーガ?」
「オーガさん、その格好は?」
俺が驚いていると、この事態でどうすることもできずにいた報道チームの内、サシャがその格好を指摘する。
オーガの着ている服……。
それはちんまくなってから着るようになった、『マミヤ』製女性制服ではなかった。
見ようによっては露出過度にも思えるそれは、いかなる生物のそれを用いたのか判然とせぬ革製であり……。
肩に装着されたるは、用途不明の肩パッド!
今はぶっかぶかの兜には、一対のねじれ角が取り付けられており……。
裾こそ引きずっているものの、背に羽織ったマントは王者の証!
……覇王だった頃に着ていた、彼女の装束であった。
その装いが告げる覚悟は、明白だ。
「まさか、オーガ。
戦うつもりなのですか?」
いつも通り、無表情にイヴがそう尋ねる。
しかし、そこから常にない焦燥と驚きを感じ取れたのは、気のせいじゃないだろう。
「その、まさかです」
こくりとうなずくオーガの表情は、小さくなって以来の小動物じみたそれではない。
生来のかわいらしさこそ隠せないものの、立派な戦士のそれであった。
「危険です。
確かに、ごく短時間の覇王化は可能となるまで回復しました。
ですが、アイドルとして輝きを得た今のあなたには、かつてのような怒りが失われています。
闘争本能がない覇王など、覇王ではありません」
歯切れよく……。
あるいは、機械的にそう告げるイヴに対して、オーガはふっとほほ笑みかける。
「実はあたし、ずっと言えてなかったことがあるんです」
それから彼女は、一人ずつ……陣幕の中にいるメンバーを見回していった。
俺から始まり、エンテや、サシャにジャンといった報道チームの面々……。
そして最後に、イヴの顔を見つめる。
「いつも怒ってる」
その時、彼女から感じたものは、
――覇気。
……の、ひと言に尽きるだろう。
見た目は、小さな小動物じみた少女。
しかし、その内から発された無形の圧力は、この場にいる全員を圧倒してみせたのだ。
そして、その圧力はかつて、俺たちが身近に接していたものと同質のそれだったのである。
「よし、行って来い」
だから俺は、そう言って彼女を快く送り出す。
イヴも、もはや反対はしない。
この地上において、彼女へ比肩し得るモノなど存在しないと確信できているからだった。
オーガは何も答えず、ただ、静かに陣幕の出口へ向けて歩み出す。
すると……おお……。
一歩踏み出すごとに、彼女の体が少しずつ、そして着実に、その厚みと大きさを増していくではないか。
そして、ついにオーガが陣幕の出口に達した時……。
見送るその背は、アイドルのものではなく……。
最強にして最凶たる、覇王のそれと化していた。




