決戦 10
ブラスターの光が飛び交う戦いから、刃と刃を交える従来通りの戦場と化した戦士の平原における戦い……。
頼もしい援軍たちの力を得て、一気に勢いを取り戻した賊軍のそれに比べ、ロンバルド王国軍の騎士たちに漂う空気はひっ迫したものであった。
「横合いから、一気に突き崩されている!」
「徴兵された者たちは、何をしている!
彼らが後から詰めてくれれば、まだ立て直せるはずだ!」
「それが、どうやら後方に逃げまどっているようだ!」
混乱した状況の中でも、さすがは王宮の誇りし騎士たち……。
戦況を把握する能力は本物であり、彼らは、自分たちが置かれた現状をほぼ正確に理解していた。
「しょせんは、昨日までの農民ということか……!」
「元より、彼らは我らの守るべき民たち……。
兵士としては、数えておりませぬ!」
「そうだが、この状況では!」
文字通り猫の手も借りたい状況においては、騎士としての矜持も単なる強がりと化す。
「殿下は! ケイラー殿下はどこにおられる!」
「分からん! 敵の辺境伯と一騎打ちされていたようだが……!」
彼らにとって、唯一絶対のしるべと呼ぶべき存在――第二王子ケイラーの姿が捜し求められていたその時だ。
「おお! 空を見ろ!」
「な、なんだあれは!?」
誰かが、上空を指差しながら驚きの声を上げた。
しかも、それはロンバルド王国軍の兵だけでなく……。
なぜか、賊軍の者たちも攻撃の手を止め、うろたえた様子を見せていたのである。
しかし、それも致し方がないだろう……。
彼らが見上げた先……。
そこには――天を突くような巨人が立っていたのだから!
『デア!』
理由は分からないが、巨人が右拳を突き出しながら気合の叫びを上げる。
果たして、この巨人は何者なのか……。
敵味方問わず、ぼう然としていた兵たちであったが、しばしの間を置き、ようやくその正体に気づいた。
「あ、あれは……!」
「アスル陛下だ!」
「あ、本当だ狂気王子だ!」
「またアスル陛下がアホなことやってるぞ!」
……そう。
天に拳を突き出す巨人の正体は、賊軍にて王を名乗る男……。
かつての第三王子、アスル・ロンバルドその人だったのである。
と、なれば今見えている巨大な姿は、いつも通り超古代の技術を用いた虚像ということになるだろう。
それだけならば、かつても見たことはあるのだし、ここまでうろたえる必要はなかった。
ただ、この緊迫した場面でいきなり巨大な自分の姿をぶっ込んでくるという暴挙に、脳の理解が追いつかなかったのだ。
そもそも、身内であるはずの賊軍までもが驚いているのである。
一体、このバカは何を考えているのか……。
虚像の巨人はゆっくりと戦場を見回しながら、その答えを述べた。
『親愛なる我が民……ロンバルドの子たちよ……』
……どうでもいいが、王都で見た時のように遠目で見るならばさておき、こうして間近から巨大な姿を見上げるというのは、ただただ……コワイ!
『今、この戦士の平原では、本来同胞たる諸君が互いに争い合い、その命を散らしている……』
――そうですね。
――ですので、邪魔しないでもらえませんか?
誰もが……多分、彼の身内である賊軍の兵士たちまでもがそう思っているのを知ってか知らずか、虚像は切々と語り続ける。
『諸君、争いはこれで終わりにしないだろうか?
――すでに大勢は決した。
我が妻の祖国……獣人国からやって来たサムライたちと、同盟国たるファインから遣わされた魔法騎士により、戦況は決定的な状態になっている。
ゆえに私は、これ以上の争いを無意味であると考える』
「…………」
「…………」
沈黙しながら、周囲にいる僚友の顔を見やった。
――くやしいが。
――かの王子が述べる言葉は、事実。
誰もがそれを認めているのは、明らかである。
『諸君ら矜持を踏みにじる言葉であると理解した上で、あえて勧告しよう。
――降れ!
約束しよう! 武器を捨て降伏したならば、必ずや人の道に沿った扱いをしよう。
旧王家に尽くしたその忠義、誠に見事!
対立する立場ではあるが、いや、だからこそ、私は鋼のごときその忠誠心を讃える!
そのような素晴らしき男たちの命を、どうか無意味に奪わせないでくれ!』
その言葉に、またも僚友たちと顔を見合わせた。
――降伏勧告。
大勢が決した際にそれを行うのも、戦のならいである。
そして、敵軍がそれを行っているという事実は、もうこれ以上、戦局をひっくり返しようがないことを雄弁に物語っていた。
無論、時にはそれが虚言である場合もある。
だが、今回のこれがそうでないことは、誰の目にも明らかであった。
――自分たちは、負けたのだ。
その現実が、騎士たちの心を打ち砕く。
言われるがまま、武器を捨てるようなことはしない。
ましてや、膝を折るような無様は晒さない。
しかし、先までのように動き回ることはできず、誰もが互いの目を見交わしていた。
――ここで、投降するか?
その視線には、無言の問いかけが内包されていたのである。
いや……。
――あのバカ王子へ屈するのは、すごく腹立つけど!
……という思いも、混ざってはいたか。
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――フッ! 決まった!
サシャたち報道チームの手で立体映像を撮影されながら、俺は内心で笑みを浮かべた。
さすがは俺!
大勢が決したならば、無駄な血を流させまいとするお気遣いの紳士!
我が親愛なるロンバルドの騎士たちも、あの言葉を聞いたのならば、これ以上の戦いは無意味だと理解してくれるはずだ。
――後は。
――後は、兄上さえ。
そんなことを考えながらも、続けてカメラに向かい語り続けていたその時である。
『マスター、ボケてる最中に申し訳ありませんが、緊急のお知らせです』
何やらイヴが、フリップでそんなことを告げてくる。ボケてなんかないやい!
……まあいい、緊急の知らせとはなんだ?
目線で続きをうながすと、彼女は新たなフリップを用意した。
『イヴツーからの知らせによると、ケイラー王子が目の前から離脱したそうです』
――兄上が?
とはいえ、ベルクとイヴツーが交戦状態から脱したというのは、ある意味朗報である。
ベルクはぶっちゃけ一般騎士くらいの実力しかないし、イヴツーも俺と互角かちょい劣る程度だからな。
兄上相手にうっかり本気で戦い続けてたら、普通に殺されるだろう。
しかし、兄上が離脱か……。
彼の立場で、ここから取り得る行動といえば……。
『それから、もうひとつお知らせです』
なんだ、まだあるのか?
まあいい、とりあえず教えてくれ。
またも目線でうながすと、イヴが別のフリップを取り出す。
そこに、書かれていた内容は……。
『ザンロの大山脈から、多数の竜種が飛び立つのを確認しました。
竜種はまっすぐこちらへ向かっており、もうすぐ到着する見込みです』
「はああ!?」
思わず叫んだ。




