エンテのたくらみ
森の中で暮らし、森と共に生きる……。
それこそが、エルフという種族の流儀である。
で、あるからには、必然として集落の規模は小さなものとなった。
文明的な居住地を築くにはどうしても森を切り開く必要があり、それを最小限に抑えたがゆえの弊害である。
それでも、各人が暮らす住居に関しては十分な広さを確保されていた。
これは、そもそも種族としての絶対数が少ないからこそであろう。
とはいえ、それは普段の話であり……避難民を受け入れた今は、どこも手狭になっていたのである。
住居に関してそうなのだから、物言わぬ物資に関しては言わずもがなだ。
共用の品々を詰め込んだ倉庫と呼ぶべき布張りの小屋は、どこもかしこも物資が満載となっており……とてもではないが、雑談に適した環境ではない。
そう、雑談に関しては、だ……。
ならば、密談に関してはどうかというと……誰もがせわしなく働いていて、他に目を向ける余裕がないこともあり、格好の場所となっていたのである。
そんなわけで……。
今回の戦いではお役御免となるであろう、弓矢などを仕舞われた倉庫の中……エンテは年若い二人の少女兵と共に、しゃがみ込ながら秘密の相談をしていた。
「と、いうわけでだ……。
連中の一人残らずにせがんでみたが、結果はかんばしくなかった」
「はあ……」
「まあ、そうでしょうね……」
ここ二日、散々ブラスターライフルが欲しいとねだって回った結果を聞いた少女兵たちは、ややあきれた顔をしながらそう相槌を打つ。
余談だが、この二人……少女と言っても、共に年齢は百歳ほどである。
それでも、自治区に生きるエルフの中ではエンテに次ぐ若年者であり、二人は長の娘である彼女を妹のように思い、普段から一緒に行動してきたのだった。
もっとも、そこは受け継いだ才の違いと言うべきか……。
わずか十三歳の少女に、今では弓も魔術も追い越されていたが……。
そんな天才児たる少女は今、ブラスターライフルという新たな武器にすっかり夢中となっていたのだ。
「おいおい、もっとやる気を出せよな?
あのブラスターライフル……。
あれがあれば、オレたちエルフの暮らしはぐっと楽になるんだぞ?」
「まあ……」
「それはそうなんでしょうけど……」
相方と目線を合わせてから、そのような生返事を返す。
才でエンテに劣るとはいえ、二人も若年ながら狩人を務めており、当然ながらブラスターライフルを使った訓練にも参加している。
そこで感じたのは、驚愕であり、高揚であり、そして……感動であった。
同じ飛び道具でありながら、弓矢や魔術などとは次元が異なる。
大した修練をしなくとも、一定の域までならばあっという間に習熟が可能であり……そこから生み出される戦果は、極めて絶大。
これさえあれば、三日前までは絶望と共にこの集落を包んでいた魔物らの群れも、必ずや撃退できることだろう……。
いや、撃退どころか、殲滅すらあたうかもしれぬ……。
そう、思わされたものだ。
そう考えたのは、少女たちのみではない……。
その証拠として、集落で立ち働くエルフたちは誰もが明るい顔をしており、この先にかつてない決戦が待ち受けているとは到底、信じられぬ光景が広がっていたのである。
だが、アスル一行が用意してくれたブラスターライフルは譲渡されたわけではない。
あくまでも、貸与である。
なぜならば……。
「ですが、おひい様……」
「あれは、例のビームパックという品がなければ、そのうち撃てなくなると……」
そうなのだ。
圧倒的な威力と連射性能を誇るライフルであるが、無限に撃ち続けることができるわけではない。
グリップと呼ばれる部品の中へはめ込むようにして扱う、ビームパックという外付けの小箱……。
定期的にそれを交換しなければ、ただの頑丈な筒になってしまうのだ。
「だから、だ……。
そのビームパックも含めて、定期的に補充してもらえる体制を作るんだよ」
「それは……」
「どのようにして、ですか?」
薄い――そこだけならば男児と変わらぬ胸を張りながら言うエンテに、嫌な予感を覚えながら尋ねる。
果たして、天才少女の返事は予想した通りろくでもないものであった。
「今度の戦いで、一番の大物をオレたちが討ち取ってやればいいんだ! ライフルを使ってな!
そうすれば、アスルの奴もオレに並ぶ使い手はいないと感心し、これを献上するに決まってるさ!」
――そんなわけ……。
――ないでしょう……。
心の中でのみそう返し、相方と目を見合わせる。
だが、二人のそんな様子に気づくエンテではない。
彼女は天才だが、アホの子なのだ。
「そこで、だ。
まずはこっそり、集落を抜け出してだな……」
果たして、このお姫様をどう説得するべきか……。
そのことに頭を悩ませながら、二人はエンテの悪だくみへ耳を傾けたのである。
--
ロボットアームという物を簡単に説明するなら、まるで、人間の下腕部から肉という肉をそぎ落としたかのようであり……。
さながら、ひとりでに動く骨の腕といった有様である。
それが、ズラリと……無数に並んでいる光景は圧巻というか……薄気味悪くすら感じられた。
互い違いに配置されたロボットアームが向かっているのは、ベルトコンベアなる自動で動く巻き布であり……。
コンベアの上には、組み立て中のブラスターライフルがこれまたズラッと並んでいる……。
『マミヤ』の中に存在する、工業区画だ。
ここでは今、きたる戦での消耗に備え、予備のライフルを次々と組み立てているのである。
「いや、はや……。
先人たちの生産技術というのは、我々が思いもよらぬ大規模なものであり、それでいて、人の手がかからぬものなのだな……」
工業区画の二階部分……。
隣でこれを見下ろした長フォルシャが、目を細めながらそうつぶやいた。
「オートメーション、というのだそうだ。
超古代文明というのは、このようにして高品質な品を大量に生み出し、栄えてきたわけだな」
何がどうなって動いているのかはさっぱり分からんが、ともかく便利であることは疑いようもないロボットアームらの働きぶりを見ながら、そう解説する。
今は、俺と長フォルシャの二人きりだ。
彼のたっての要望に応じ、ここを案内しているのである。
「それで、フォルシャ殿?
見学という名目で二人きりになって、一体どのようなご用事ですかな?」
長フォルシャは、聡明さを絵に描いたような人物であり……。
別に、単なる興味本位で見学を申し入れたのでないことくらいは推察できた。
おそらくは、俺と二人きりになれればどこでも良かったのだろう。
「ふっふ……。
いや、買いかぶられているところ申し訳ないが、単なる興味本位によるところも大きいのだ。
果たして、かつて放った種がたどり着いた先に、どのようなものがあったのかを見たくてな……」
「それは……」
――何か、重要な事実を告げられようとしている。
その予感に身を固くした時、胸元の携帯端末から着信音が鳴り響いた。
「失礼」
断りを入れて、折り畳み式のそれを開く。
これ、便利は便利だが、誰かと話してる最中に鳴るとものすごく気まずいな……。
果たして、通信機能を使ってきたのはイヴであり……。
彼女は、携帯端末越しにも無表情なのだろうと確信できる声音で、単刀直入にこう告げたのである。
『マスター。
エンテ様が、集落から抜け出しました』
「はあっ!?」
思わず、大声を上げてしまった。




