決戦 5
「皆の者、続け!
辺境を守護してきた騎士の意地を見せるのだ!」
着剣したブラスターライフルを手にし、自ら一団の先頭に立ちながらそう叫ぶ。
――はっ!
周囲を固めるのは、先祖代々仕えてきてくれた騎士たちであり、主君の言葉に寸分の間も置かず応えてくれた。
騎士たちを従え急行するのは、防衛陣のCブロック……。
先ほど、敵軍の策によって穴を開けられた箇所である。
「やはり、銃は使えん!
総員、白兵戦にて敵を迎え撃て!」
目にした光景を見やり、素早く判断して指示を飛ばす。
プラズマボムによって防護壁を破壊されたそこは、すでに敵味方入り乱れる乱戦地帯と化しており……。
ブラスターのビームを撃ち放ったならば、誰に当たるか知れたものではなくなっていたのだ。
こういった状況ならば、どうなっても恨み合いはなし……ということにはならぬ。
むしろ、泥沼の状況だからこそ、これを押し返すには無言の団結が必須であり、それを生み出すには互いへの気遣いが必要不可欠なのである。
「あの派手な出で立ち!」
「敵将か!」
こちらを見やった敵兵たち――平服だが、おそらくは王宮騎士が二人ばかり、やはり着剣したブラスターライフルを突き出しながら突進してきた。
「おお!
我が名はベルク・ハーキン! この地を預かりし辺境伯なり!
この首級が欲しくば、かかってこい!」
名乗ったのは、敵軍の注意を引き付けるためでもあったが、騎士道精神の発露でもある。
いくつもの死体が転がる中で己を鼓舞してくれるのは、長い時をかけて受け継ぎ、醸成されてきた気高き精神を置いて他にないのだ。
「よくぞ名乗られた!」
「その御首、頂戴する!」
そして、それは敵にとっても同じ……。
この戦場に集った者たちが、暗黙の了解としていることがある。
すなわち……。
――これまでの戦は、これで終わり。
……と、いう想いだ。
事実、正統ロンバルド側は言うに及ばずとして、その装備を鹵獲した旧ロンバルド王国側も、ブラスターとプラズマボムが中核となる作戦を打ち出してきた。
全線で名乗りを上げた敵将と切り結ぶ機会など、これから先は存在しないにちがいないのだ。
ゆえに、騎士が騎士として振る舞える戦場はこれで最後……。
着剣し、槍のごとく扱えるようにしているとはいえ、互いの得物はブラスターライフルだ。
しかし、ベルクは――おそらく敵兵たちも――馬上槍試合に赴くような心持ちで、これを構えていた。
そして、激突する。
ベルクの胸中に、一瞬、どうしようもない申し訳なさが去来した。
確かに、武器の面では互いに対等といっていい。
だが、ビームに対し無力と判断したのだろう……平服姿の相手たちとちがい、己は極めて高性能な鎧を身にまとっていたのである。
――バトルスーツ。
ブラスターライフルやプラズマボムの生産を優先した結果、一部の重要人物にのみ至急されたこれは、ぴちりとした皮膜で全身を覆う。
要所を守る装甲や、フルフェイス型のヘルメットは軽量かつ頑強であり、人間の力で破壊することは困難だった。
なるほど、これを装着した姿を見たならば、派手な出で立ちと驚く気持ちも分かる。
ただ、単純に頑丈なだけのスーツであったならば、ベルクが申し訳なさを感じることもなかっただろう。
互いに着剣した銃剣は、分子レベルの振動によりあらゆる物質を切り裂くことが可能であり……。
いかなバトルスーツであろうと、これで突かれれば防ぐことなどかなわないからだ。
だが、バトルスーツはただ身を守ってくれるだけの代物ではなかった。
アシスト機能により、装着者の身体能力は格段に引き上げられ、自身、信じられぬほどの俊敏さと剛力を発揮することができるのである。
さすがは、ロンバルド最強の王国騎士たち……。
それぞれ、その技量はベルクと互角か、やや上回っているだろう。
だが、スーツによって強化された身体能力は、容易にそれを埋め合わせた。
「――うっ!」
「――ぐおっ!」
刺突と斬撃によってたちまち二人の騎士を倒し、なおも進む。
地位と財力によって装備の差が生じるのは当然である、というのは、自分に向けた言い訳であった。
そして、乱戦と化した戦場は個人の感傷などたやすく飲み込んでいき……。
気がつけばベルクは、時間も方向の感覚も、極めて曖昧な状態へ陥っていたのである。
「――がっ!」
……もう、これで何人の敵を倒しただろうか?
刺された喉を押さえながら仰向けに倒れる敵兵から目を外し、周囲を見やった。
引き連れてきた騎士たちも、それぞれが目についた敵と切り結んでおり……。
周囲の誰もが眼前の相手しか見えておらず、ベルクの周囲は戦場における無風地帯と化している。
このような時に思い浮かべることではないだろうが、道場稽古における乱取りが思い起こされた。
決めた相手がおらず、それぞれ向き合った相手と戦っていく場においては、台風の目がごとき地点も生じるものなのである。
そして、そこに踏み入った者が、もう一人……。
「その構え、足さばき……。
面妖な兜で顔は隠れているが、ベルクだな?」
なんの気もない、世間話のような調子で語りかけられた言葉……。
しかし、この混戦状態において無視することを許さぬ圧に満ちた言葉へ、どきりとする。
見れば、そこには平服を返り血で赤く染めた男が立っていた。
会うのは数年ぶりであるが、その顔を忘れるはずもない。
かつて、騎士の中の騎士、男の中の男として憧れた人物……。
親友である、アスル・ロンバルドの兄……。
王国一の大騎士、ケイラー・ロンバルドがこちらを見据えていた。
「そういうあなたは、ケイラー殿下。
お久しぶりにございます」
相手の気安さが感染したか、つい、王宮で挨拶するような口ぶりで返してしまう。
「おお、最後にあったのはいつだったか……」
ケイラーはアゴに手を当てながら、しばし考え込んだが……。
その時、である。
――ピュン!
一発の光線が、ケイラーめがけ放たれた!
「……ふん」
しかし、彼はそれを何事もなかったかのように、必要最小限の動作でかわしてみせたのだ。
まるで、予期したかのような動き……。
いや、事実、彼はそれを予期したにちがいない、
王国一の武人にとって、殺気を読むなど造作もないことなのである。
「……高台に配された射手の一人か。
やれやれ、世間話をすることもかなわんな」
髪を撫で付けたケイラーが、溜め息混じりにそうつぶやく。
「まあ、ここでモノを言うのはこいつだ」
そして、手にした着剣済みのブラスターライフルを構えた。
そちらも、果たして何人の血を吸ったのか……。
主と同様、返り血に染まっている。
「ベルクよ。
少しは腕を上げたのか、どうか……。
昔のように、見てやろう」
ケイラーは、得物を自然体で構えつつ、にやりと笑ってみせた。




