決戦 4
「敵はCブロックを突破。
そのまま、こちらが構築した防衛陣の内部へ浸透してきている模様です」
「……さすがと言うしかないな。
まさか、内部に突入を果たしてくるとは」
イヴの報告に内心ほぞを噛みながら、俺は冷静にそう吐き出した。
正直いって落ち着いてられる状況じゃないのだが、人間というのは案外、こういった場面でこそ頭が冷えてくるものなのである。
「ベルクは?」
「すでに供回りの騎士を引き連れ、迎撃に当たっています」
「そうか……死ぬなよ」
友に聞こえないのは承知の上で、それでもなおそうつぶやく。
こうなった以上、武装面におけるこちら側の優位はなくなったに等しい。
プラズマボムの効果的な使用により堡塁や土嚢壁を破壊した敵は、次から次へと内部に乗り込んできている。
これを迎え撃つには、白兵戦しかなく……。
そして、相手はロンバルド最強の王宮騎士団なのだ。
「……お前の仕事は、全てが終わった後にこそあるんだからな」
ベルクのことだから、先の戦いで配下を失った怒りで我を忘れるなんてことないと思いたいが……。
「提案。
自分も、戦場へおもむこうかと思います」
そんな風にしていると、今度はイヴツーがそう提案してくる。
「今は一人でも、白兵戦に優れた者が必要な状況。
自分ならば、要項を満たしていると自負します」
淡々と告げる彼女の顔と声色は、有機型端末らしい冷静なものだった。
それを受けて、決断する。
「……よし、許可する。
ただし、決して無理はしないようにな」
戦場での無理がない行動とは何かと思うが、ともかくそう言って送り出す。
彼女はこくりとうなずくと、立てかけてあったライフルを手に取り出て行った。
彼女の実力は、以前に行った新種との仮想戦でも証明済みだ。
そうそう、やられるようなことはないだろう。
「なーなー、オレ――」
「――却下だ」
エンテが何か言おうとしたが、食い気味にそれを却下する。
すると、エルフ娘はぷくりと頬を膨らませながら、種族的特徴である細長い耳をピコピコさせた。
「なんでイヴツーはよくて、オレは駄目なんだよー」
「お前は何かあった時、イヴやオーガを守ってもらわなきゃならんからな」
今、適当に浮かんだ理由を告げる。
実際のところは、娘を少しでも危険な場所から遠ざけようとした長フォルシャへの義理立てだ。
義理立てではあるが……死なれたら、俺だって悲しい。
「ま、まあ、オーガちゃん今は戦えないしな!
しょうがない! いざという時はオレが守ってやるか!」
チョロくて大変結構!
「すみません、あたしが本調子じゃないばかりに……」
そんなエルフ娘に対し、かつての世紀末覇王は恐縮しきりといった様子で身を縮こまらせていた。
まあ、確かに覇王モードのオーガだったら、今すぐにでも暴れてもらいたいところである。
もっと言うなら、できればモヒカンや修羅を投入したかった。こういう戦いはあいつらの独壇場だし。
しかし、オーガは現在変身不能で、モヒカンたちは別の場所で新種の魔物相手に戦い続けてくれている。
ここ文句を言うのは、ないものねだりというやつだろう。
それに、頼れる助っ人の当てはあるのだ。
「問題は、例の方たちが駆けつけるまでもたせられるか、どうかであると考えます。
ここまで素早く壁を抜かれたのは、計算外ですから」
「ああ、さすがは我が兄というしかないな」
イヴの言葉に、うなずく。
そう、今のこの状況は、まったくの想定外であった。
敵軍――旧ロンバルド王国軍が、鹵獲した武器をこれ幸いと用いてくるところまでは計算の内である。
そこで、土嚢壁と堡塁の設営だ。
いずれも、ブラスター同士の撃ち合いで敵を足止めし、こう着状態に陥らせるのが真の狙いであった。
が、結果は現状だ。
確かに、防衛陣こそがっちりと構築しているものの、それを守護するためのマンパワーが不足していたのはある。
しかし、ここまで鮮やかに侵入を果たしたのは、敵軍の指揮官である兄上の采配が優れていたというしかない。
あれだけ馬好きだった人が、荷馬とはいえこれを捨て駒にしてきただけはあったというわけだ。
「こうなった以上、もう作戦もへったくれもない。
ただ乱戦の中を戦って、戦って、こらえ抜くだけだ」
言いながら、胸元のペンダントをいじる。
これは成金にありがちな財力を示す宝飾ではなく、れっきとした武装だ。
いざという時、いざという時には役立たないことで知られるライジングスーツを瞬時に装着させるアイテムなのである。
最前線まで出てきたのは、あくまで兵を鼓舞するため……。
最悪の場合、ケツをまくって逃げるのが俺の仕事だ。
しかし、どうにも……戦う時が訪れつつあるように思えてならないのだった。
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前面の壁は、それそのものが巨大なモニターとなって外の景観のみならず、種々様々なデータを映し出し……。
放射状に設置された各座席は、人間工学に基づいた設計がなされており、快適な座り心地と完璧な耐衝撃能力を保証してくれる。
そして、天井には立体投影された『マミヤ』の船体図が浮かび上がっていた。
これには、現在この船が置かれている状況がリアルタイムに反映されており、オペレーターの操作次第で各所の船内図などへも切り替えることが可能だった。
『マミヤ』が誇るメインブリッジである。
前面のモニターへ映し出された情報を読み取れば、現在、この船は戦場と化している戦士の平原へ向け航行していることが分かった。
だだ広いブリッジの中で、座席に腰かけているのは一人だけであり……。
ならば、彼女こそ一時的にこの船を預かったキャプテンなのであろうとうかがえる。
そして、美しく整えられた銀の髪や、頭頂から生えたキツネのごとき耳、腰から伸びるやはりキツネの特質を備えた尾を見れば、年若い彼女がこの大任を任されていることにもうなずけた。
なぜならば……。
彼女――ウルカこそ、この船を目覚めさせた人物の妻だからである。
「久しぶりにこの船へ乗ると、やはり、わたしたちの文明とは全く異質な存在であるのが実感できますね」
誰もいないブリッジの中で、ウルカがつぶやいた。
それは、返事を期待していない性質のものではなく……。
『イエス。
そのために、争いが起こっています』
その証拠として、スピーカーからここにいないイヴの声が流れたのである。
有機型端末である彼女は、アスルと共に戦場へ立ちながらも、この船を操作してくれているのだ。
そうでなければ、ウルカ一人で『マミヤ』を運航することは不可能であった。
『現在、正統ロンバルドは窮地に立たされています』
「ええ、戦況は確認させてもらっています」
コンソールをいじり、戦場の様子を確認しながらイヴの声へうなずく。
そして、力強くこう言ったのである。
「だからこそ、わたしが……。
いえ、わたしたちが、向かっているのですから」
かつて国を滅ぼされた姫君の顔に浮かんでいたのは、二度とそれを繰り返させまいとする決意であった。




