決戦 2
「なんだあれは!?」
「荷馬車!?」
「だが、人は乗ってないぞ!」
「そもそも、なんで荷馬車なんぞを!?」
「ええい! 気にしている場合ではない!
とにかく、撃て! 撃て!」
土嚢壁の内側や、あるいは堡塁内部に籠っていた正統ロンバルドの兵たちが、迫り来る荷馬車の群れを見て困惑した声を上げる。
しかし、ケツに火ならぬ矢を刺された馬たちの突進が驚異であることは、疑う余地もなく……。
混乱しながらも、次々と手にしたブラスターライフルの引き金を引いた。
――ピュン!
――ピュン! ピュン!
どこか間の抜けた音と共に、光条の雨が馬たちに向け降り注ぐ。
これらは、単なる光の線ではない。
ひとつひとつが、恐るべき熱を秘めた破壊の矢なのだ。
――ヒヒーン!
重い荷車をくくりつけられ、回避を指示する御者も不在のところへこれを受けては、たまらない。
馬たちは、悲鳴を上げながら次々と倒れ付していく。
すると、当然ながら引いていた荷車も横倒しとなったのだが……。
「なんだ!?」
「倒れた荷車が、バラバラになっていくぞ!」
「王領に住む職人の仕事は、こうも杜撰なものなのか?」
「バカ! そんなわけがないだろう!」
「じゃあ、なんだ!?」
「あれは……事前に細工して、わざと脆くしている?」
自分自身の言葉へ疑念を抱きながら放たれた兵士の言葉は、実のところ正鵠を射ていた。
空馬が引く荷車は、事前に巧妙な切り込みなどを入れ細工してあり……。
強い衝撃が加わったならば、積んでいる丸太ごとバラバラになるよう工夫されていたのである。
朗々たる声が響き渡ったのは、その時だ。
「皆の者! 期は満ちた!
突撃イイィーッ!」
正統ロンバルド側の兵……騎士階級に属する者の中には、その声へ聞き覚えのある者もいた。
武者修行のため、一時的に王都で暮らしていた際……。
拝謁の栄誉に預かり、また、直接武術の指導すらしてくれた人物のそれと、瓜二つなのだ。
――ケイラー・ロンバルド。
声の主は、敵軍の総指揮官を務める第二王子に間違いなかった。
――オオ!
――オオオオオ!
それに呼応し、至旧ロンバルド王国側の森林……敵軍の兵が潜むそこから、次々と鬨の声が湧き起こる。
そして、ついに……森の中から、敵兵たちが姿を現わしたのだ。
しかし、事前の予測と異なり、その中に騎兵の姿はない。
騎士階級と思われる者たちも全員が下馬しており、自らの足でこちらの防衛陣に向け突撃していた。
そして、その中にはケイラー・ロンバルド自身の姿も確認されたのである。
先日の戦いに続き、総指揮官自らが最前線で突撃するのは大胆不敵という他になく……。
自らは主の寵愛を受けており、ブラスターのビームなど当たりはしないと言わんばかりの行動であった。
だが、ケイラー・ロンバルドという男は、勢いに任せ捨て身の特攻をするような人物ではない。
先日においては、極限まで騎馬兵の軽量化を図ることで、こちら側の狙いを外させることに成功しており……。
そして、今回もまた、ブラスターの弾幕を無効化するための準備がなされていたのだ。
その準備こそはすなわち、先ほどの荷馬車による突貫だったのである。
「敵軍が押し寄せてきたぞ!」
「事前の通達通り、迎え撃て!」
「し、しかし、これは……!」
「さっきぶちまけられた丸太や荷車の残がいが邪魔して、当てられん!」
そう……。
馬という生物を愛してやまない王国一の騎士が、荷馬とはいえこれを犠牲にしたのは、まさにこの突撃を成立させるためであった。
バラバラになった荷車の残がいや、ぶちまけられた積み荷の丸太……。
あるいは、息絶えた荷馬の死体自身がにわかに生まれた遮蔽物となり、攻め寄せる敵兵たちの隠れ蓑となったのである。
――ピュン!
――ピュン! ピュン!
この戦場へ集った誰にとっても、もやは耳慣れたものとなった発砲音が鳴り響き、無数の光条が放たれた。
その熱光線は、当たり所次第で馬のような大型生物をも一撃で葬り去れる威力があったが……。
しかし、何事においても、限界というものがある。
「いくらブラスターでも、ああも残がいが重なってしまっては!」
ブラスターのビームは、平原にぶちまけられ、積み重なる形となった荷車の残がいや丸太を穿っていく。
だが、これらは貫通するまでには至らなかったのだ。
戦場という、不特定多数の人間が様々に音を立てながら争い合う場である。
そんな中にあっても、相手の息遣いというものを直感してしまうのは、人間が生来持つ感受性の力であった。
隠れ潜んでいた森林部から命がけで駆け出し、どうにか即席の遮蔽物へ身を隠すことに成功した旧ロンバルド王国の兵士たち……。
彼らが積み重なった丸太や、あるいは死体と化した荷馬の裏側で、胸を撫で下ろしたのが伝わってくる。
もちろん、この策を実行するに当たり、鹵獲したブラスターで検証と実験は行ったであろうが、実際にそれを行う際は、生きた心地がしなかったにちがいない。
「向こうが隠れ潜む前に撃つんだ!」
――ピュン!
――ピュン! ピュン!
実際、森から遮蔽物へ身を隠すまでのわずかな……そして決定的に無防備なスキを突かれ、ビームに倒れる者の姿も散見されたのである。
そして、ひとまずの安息地帯を得て、彼らに湧き起こったのは安堵の感情のみではない。
後続する味方の安全を確保するために……。
そして、更なる前進をするために……。
殺意と闘争本能を、爆発させたのだ。
それを正統ロンバルドの兵に届けるため用いられるのは、やはり――ブラスターライフル!
旧ロンバルド王国軍の内、先陣を務めた彼らはケイラーによりかねてから鍛え抜かれた正騎士たちであり……。
その手には、先の戦いで鹵獲された正統ロンバルド製の武器が握られていたのである。
――ピュン!
――ピュン! ピュン!
正統ロンバルドの兵たちにとって、飽きるほど聞いたはずのその銃声が、まるで初めて聞くもののように感じられた。
それも当然のことで、自分たちの耳元ではなく、距離を隔てた相手方からそれが響き渡るというのは、彼らにとって全く未知の体験だったのだ。
「――うっ!?」
「――ぐあっ!?」
土嚢壁から身を乗り出しすぎ、ビームの直撃を受けた者たちが次々と倒れ伏していく……。
「ぐ……くうっ!?」
また、直撃はせずとも、腕などにこれを喰らった兵士は焼け焦げた銃創を押さえながらうめく。
筋肉や骨をただ傷つけるだけではなく、焼き付けるのがブラスタービームの持つ性質であり……。
こうなってしまっては、もはや戦闘継続が困難であった。
「頭を伏せろ!」
「身を隠しながら撃つんだ!」
正統ロンバルド方は、あらかじめ構築した土嚢の防衛陣に……。
そして、旧ロンバルド王国方は、にわかに生み出した遮蔽物へ身を隠しながら、互いにビームを撃ち放つ。
今ここに、この時代の誰も経験していない戦いが展開されていた。




