決戦 1
戦士の平原に構築されたその防御陣をひと言で表すならば、それは、
――殺しの間。
と、いうことになるだろう。
土嚢を積み重ねて作り上げた、簡素なれど強固な壁……。
これは何も、真一文字に造られているわけではない。
迎え撃つ敵方に対し、いくつかの鋭角を組み合わせる形となっているのだ。
上空からこれを土嚢したならば、三つばかりのトゲが突き出したように見えるだろう。
これは、ブラスターライフルによる弾幕の効果を底上げする工夫である。
トゲを形作る土嚢壁の内側には、当然ながら兵が控えられるようになっており……。
トゲ同士の間へ攻め寄せようとする敵兵に対し、両側面から十字砲火が加えられるようになっているのだ。
まあ、壁を造るにあたって角度を設け、四方から撃ち込めるようにする工夫は、先の戦場となった木製の防衛陣でも採用していた。
今回、目玉となるのは各所へ構築した堡塁であろう。
例によって土嚢で造り上げたそれは、二~三人ほどが入り込める小さな小屋である。
だが、ただ内に籠るための小屋ではない。
前面部には細長のスリットが設けられており、そこからライフルで銃撃可能なようになっているのだ。
敵の銃撃は厚い土の壁で防ぎつつ、自らは好き放題に撃ち続ける。
鉄壁の守りと強烈な反撃能力を両立した、少城塞といえるだろう。
ただし、季節も季節もなので内部はクソ暑いがな!
「即席で作ったにしては、いい陣容だな」
防御陣から距離を置いた陣幕群……。
その中央に存在する陣幕で折り畳み式の椅子へ腰かけた俺は、携帯端末に表示される自軍の全容を見ながら、そう漏らした。
「イエス。
これまでにも、正統ロンバルドの兵は繰り返し土嚢を扱ってきました。
現在、この大陸においてこういった工事をさせれば、右に出る者はいないでしょう」
俺の隣にたたずむイヴが、いつも通り無表情にそう答える。
そうしている間も、彼女の髪は常に色彩を変えながら輝き続けており、『マミヤ』の中継を使い、各所に指示を伝えていることが分かった。
「今回、問題となるのは敵軍に相当数のブラスターが流出してしまったことです。
それに対抗するための備えとしては、戦史をふりかえっても妥当なものかと」
イヴと共に、俺を挟み込むようにして立つイヴツーがそう告げる。
直立不動で立つその姿は、戦闘を前提として製造された有機型端末らしいものと思えた。
「イエス。
力押しでこれを攻略しようとするならば、なんらかの砲撃システムか航空兵器、あるいは戦車が必要になります。
このままいけば、森に潜む敵軍と睨み合いの形になるかと」
「どうかな……」
楽観的ともいえるイヴの言葉に、俺はあごへ指を当てながら考え込む。
「アスルの兄貴って、こういう時に無理攻めをしてくるタイプなのか?」
「モヒカンさんや修羅の皆さんなら、こういう場面でも恐れずに攻め寄せると思いますが……」
特にやることもないので、お茶くみしたりおにぎりを作ったりしていたエンテとオーガが、その手を止めて話に加わってきた。
「モヒカンたちと同じカテゴリーに入れるのは、どうかと思うけどな。
ただ、兄上は……ケイラーはこういう時、ただ手をこまねいて時を浪費するような凡将じゃないことは確かだ。
それが有効にせよ、そうでないにせよ、なんらかの工夫はしてくると思うんだよな。
――と」
胸元の携帯端末が振動したので、これを取る。
総指揮官である俺に連絡を取れる者は限られており、発信者は『辺(中略)屋』と表示されていた。
このタイミングで、いい加減に本名教えて欲しいあいつから連絡がきたという事実は、俺の予想が当たっていることを裏付けていたのである。
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今回、戦士の平原へ構築された陣地の中心は、土嚢による壁と、多数の堡塁であるが……。
それとは別に目を引くのが、いくつか設置された高やぐらである。
遠方まで見通せる高台を用意するのは戦における常道であるが、これに期待されている役割はそれに留まらない。
すなわち、狙撃である。
各やぐらには選抜された射撃の巧者が配備されており、彼らは狙撃用に調整されたブラスターライフルを用い、より効率的かつ効果的な射撃をするよう命じられているのだ。
辺境伯領一腕の立つ殺し屋は、そんな狙撃兵たちの筆頭と呼べる存在であり……。
「なんだあ、ありゃあ?」
観測手を務めるルジャカと共に敵軍の様子をうかがっていた彼は、思わずそんな声を上げた。
「馬車……のように見えますが」
自分と共に双眼鏡を覗き込んでいたルジャカが、森から姿を見せたそれを見ながらつぶやく。
「そりゃあ、見りゃ分かるんだが……。
なんだって、荷馬車なんか先頭に出してきたんだ?」
そんな相方に対し、問題の要点を告げる。
そう……。
戦士の平原へと至る森林部……敵軍が潜んでいると思わしきそこから真っ先に姿を表したのは、荷馬車であった。
だが、ただの荷馬車ではない。
くくりつけられた荷車には、道中の木々を伐採して得られたのだろう丸太が満載されており……。
しかも、本来ならば馬の手綱を握る人間がいなければならない御者台は、まったくの無人であるのだ。
困惑しているのは、見ているこちらばかりではなく、馬車を引く当の馬たちも同じようであり……。
森からこちらに向け、二、三歩ほど歩いては後方を振り返り、どうしたものかという顔をしている。
「!? ――殺し屋殿!」
ルジャカが発砲をうながしたのは、その様子にただならぬ不吉さを覚えたからであった。
「チッ!
開幕で撃つのが、まさか馬だとはな!」
毒づきながら、辺境伯領一腕の立つ殺し屋がライフルの引き金を引く。
さすがは名手。放たれたビームは、狙い過たず一頭の馬に命中し……。
額に風穴を開けた哀れな馬は、引いていた荷車ごと横倒しになった。
すると、倒れた荷車はたちまちバラバラとなり、積載されていた丸太をその場にぶちまけたのである。
「あれは……」
「そうか、それが狙いか!」
ルジャカより若干早く敵方の狙いに気づいた殺し屋が、続く二射目に移ろうとした。
しかし、森の中から馬の尻めがけ矢が放たれたのは、それよりわずかに早かったのである。
――ヒヒーン!
悲鳴を上げた馬たちが、くくりつけられた荷車ごと次々と前に――こちらに向けて駆け出す。
その蹄は、平原の土をえぐり、これをめくり上げており……。
まるで、巨大な土煙が迫っているかのようであった。




