策 後編
受け手と寄せ手、どちらが優位であるかと聞かれれば、俺は迷わず受け手であると答えるだろう。
これはごく当然の話で、寄せ手側がよほど上手いこと奇襲を成立させなければ――あるいは、受け手側がよほど情報収集を怠っていなければ、相応の準備期間が受け手側には発生する。
受け手はそれを使い、様々に防衛態勢を整えることができるわけだ。
例えば、高所など戦いにおいて優位な場所の確保……。
あるいは、城や砦などを要所に建設することで、睨みをきかせることもできるだろう。
よくいわれるのは、寄せ手は受け手に比べ三倍の兵力が必要という原則だが、準備万端で待ち受ける相手を正面から崩すというのは、それだけ大変なことなのである。
ひるがえって、此度の戦いはどうであるか……。
まず、陣地という意味でなら、なかなかの強固さだ。
確か、この地は戦士の平原と呼ばれ、昔からハーキン辺境伯家の騎士たちが腕を磨いてきたのだったか……。
本来ならば、馬を駆けさせるのに向いているであろう平原には、土嚢とかいう土入りの袋を幾重にも重ねて作られた簡易な……それでいて強固な壁が築かれている。
しかも、要所には同じく土嚢を積み重ねることで構築された、小さな小屋のようなものが設置されているのだ。
ただの小屋ではない……。
前面――すなわち、攻め寄せるこちら方に対しては、横長の細い穴が開けられているのだ。
ちょうど、例の武器――ブラスターライフルの先端を突き出すのに、適した大きさの穴がである。
背後に出入り口があるとして、内部に籠れるのはおそらく二人……詰めて三人が限界だろう。
そうやって詰めた者たちは、分厚い土袋の壁に守られながら、押し寄せるこちら方の兵へ射撃し続けてくるにちがいない。
「あれは――塁だな」
相手方の目論見を見て取った俺は、これも鹵獲品の双眼鏡を目から離しつつそう結論付けた。
「塁……でありますか?」
同じように双眼鏡を使っていた近衛騎士の一人が、俺を見ながらそう尋ねる。
「そう、塁だ。
籠れる人数は極小。
しかし、それが我が方へもたらす被害は甚大であろう。
さすが、元々向こうの持ち物だっただけはあるな。
奪ったライフルに対して、最も有効な防御陣を構築してきた」
腰に差した短筒型のブラスターを撫でながら、軽くうなった。
「同じブラスター同士の撃ち合いになった場合、ほぼ完全な遮蔽越しに射撃可能な向こうと、生身を晒すこちらとでは、どちらが有利かは明白である。
何しろ、除き穴の向こうにいる射撃手を倒すには、相当な腕前が必要とされるからな」
「なるほど……。
見た目も実際も、簡易な造りの土小屋ではありますが……」
「その実は、極めて強固かつ、強大な反撃能力を秘めた小城塞であるわけだ」
戦士の平原は、広大な森林地帯に覆われたハーキン辺境伯領の中で、ぽっかりと空いた空白地帯のような構造をしている。
この平原を囲い込む森林の内、至ロンバルド王国側のそこに潜みつつ、俺はさてとつぶやいた。
「やはり情報収集は大切だ。
無策で突っ込んでいたならば、いたずらに兵を損なう結果になっただろう」
「街道を進む本隊から、先行してきた甲斐はありましたね」
現在、俺の指揮する王国軍は森の中に設けられた街道をゆるりと進軍中である。
……と、いうのはやわらかい表現であって、実際は進軍が遅々として進んでいない状態だ。
まあ、それは当然のことである。何しろ、森の中に存在する狭苦しい街道を大所帯で歩ませているのだ。
軍隊という巨大な生き物は、ただ歩かせるだけでもそれなりに手間がかかるのである。
ならばと俺は、少数の供回りを引き連れ騎馬にて偵察へ打って出たのだ。
街道として整備されてるとはいえ、森の中を騎馬で突っ切るのは並の騎士では難儀しようが……。
それを苦にする俺や供回りたちではない。
自他共に認める王国一の馬好きとその側近らにとって、駆けれぬ場所などそうそうないのだ。
「できれば、準備の間など与えず畳みかけるのが理想ではあった。
が、理想はしょせん理想。
現実というものは、そうそう甘くないな」
「数にモノをいわせれば、攻略は不可能ではないかと思われますが?」
近衛騎士の言葉に、俺はかぶりを振る。
「いや、やはり可能な限り損耗は押さえたい。
何もかも上手くいき、アスルを――」
ここで俺は、続く言葉を口にするためひと呼吸挟む必要にかられた。
「――討ち取ることに成功したとしても、その後は魔物の被害に苦しむ民草を救わねばならんのだ。
いかなる犠牲を払っても勝利さえ掴めば良し、という性質の戦いではない」
そこまで告げると、懐から便利な板切れ――携帯端末を取り出す。
「これで聞いたところによれば、アスルらが『テレビ』を通じ伝えているように、スオムス率いる軍はすでに多大な被害を受けているらしいしな」
『テレビ』を通じた報道によれば……。
賊軍――正統ロンバルドは、迫りくる王国軍に対し多大な被害を与えつつ、自らは戦力温存のため素早く退いたことになっている。
俺が率いる軍との戦いにおいては嘘八百だが、山賊爵率いるそれとの戦いにおいては真実に近いことを、本人に確認済みだった。
捕虜から携帯端末の番号を聞き出し、王国中央部の兵へ配布されたというそれに片っ端からかけたのである。
何件かの空振りを経て、無事、スオムス軍が鹵獲した端末へ繋がったわけだ。
……余談だが、意図しない相手に繋がってすぐ切るというのは、精神的に少しこたえるぞ。
「ほぼ完璧な敵の防御陣に対し、いかに損害を抑えつつ制圧するかという戦いですか……。
私ごときでは、どのようにしたものかとんと検討もつきませぬ」
見るべきものは見た。
きびすを返し、森の中へ隠した馬へと戻ろうとする道すがら、近衛騎士がそんなことをつぶやく。
「まあ、一切の損害を出さない、というわけにはいかないが……。
可能な限りそれを抑えつつ、肉薄するための案はすでに浮かんでいる」
そんな彼に対し、俺はこの偵察でひらめいた発想を、胸中でこねくり回しながら答える。
「そもそも、どのように戦えばいいかはアスルめがすでに示している。
この――」
そこまで言うと、腰に差したブラスターを引き抜く。
「――ブラスターを使った戦いというのは、要するに、いかに身を隠しつつ攻撃を加えていくかが肝要なのだ」
「失礼を承知で述べますが、その遮蔽がないことこそ問題なのでは?」
そう述べる騎士に対し、俺はにやりと笑ってみせる。
「そうだな。
攻めるこちら側には、身を隠す場所がない。
だが、こうは思わんか?
ないなら、作ってしまえばいいと」
その言葉に、騎士はますます困惑したが……。
あえてそれ以上は告げず、愛馬へ向けて足を速めた。
まあ、種明かしは後のお楽しみさ。
「さて、ここからは少しばかり忙しくなるぞ。
まず、徴兵された者の中に、求める人材がどれだけいるかだな」
俺はそう言いながら、愛馬にまたがったのである。




