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策 前編

 ――『テレビ』。


 超古代文明の技術で生み出された、不思議で便利な板切れである。

 最大の特徴は、これに音声付きの動く絵図――動画というんだったか――を、映し出すことができる点だろう。


 人間という生き物にとって、視覚の重要性は極めて高い。

 例えば、若い騎士に素振りのやり方を教えるにしたって、「ここをこうしろ」と言葉で伝えるよりも、木剣を受け取り手本をひとつ見せてやった方が万倍もよく伝わるものだ。

 人が人に何かを伝える上で、視覚に訴えるというのは非常に効果的なのである。


 そして、それを遥か遠方から、多数の人間へ同時に行えるのが、『テレビ』という道具が持つ最大の利点なのだ。

 例えば、自軍の兵や後方でそれを支える人々に向かって……。

 そして、例えば、この俺――ケイラー・ロンバルドに向かって……。

 今は王を名乗っている我が弟は、画面の中……敵味方問わず、己の主張を堂々と述べていたのである。


『――そもそも、正統ロンバルドを興した旧『死の大地』は、正統な手続きを経て下賜(かし)された私の領地であり、これを開発し発展させることを妨害する権利など、何者にも存在しない!

 正統ロンバルドとして国家を興したのも、大陸北部と隣接する地政学上の都合を考えれば、それが最上であると判断したからである!

 再び宣言しよう!

 私に、祖国たるロンバルド王国へ反旗を翻そうという意思は存在しない!

 あくまで、共に手を取り合い発展していこうと考えていたのだ!』


「ならば、ハーキン辺境伯を始めとする諸侯を切り取る必要はあるまい。

 せいぜい、内に籠っていればよかったのだ」


 手に持った小さな板切れの中で演説するアスルに向かい、そう返す。

 他の者たちは、荷馬車で運び込んだ『テレビ』を使いこれを見ていたが……。

 俺は、先の戦いで鹵獲(ろかく)したこれを使っていた。

 『テレビ』のそれを小さくした画面に、操作するための突起をいくつもつなげ合わせたこの道具は、携帯端末という名前らしい。


 これはこれで、非常に便利な道具だ。

 こうやって『テレビ』を映すこともできるし、携帯端末同士でどれだけ離れた距離にいても時間をかけず会話することができる。

 十個ほどしか鹵獲(ろかく)できなかったが、できれば、もっとたくさん欲しいところだな。


『ロンバルド王家はこう主張するだろう!

 ならば、ハーキン辺境伯を始めとした諸侯まで引き入れる必要はなかった!

 臣下たる者たちを切り取るのは、明確な反逆行為であると!』


 俺の反論が聞こえたわけでもあるまいが……。

 アスルの奴が、画面越しにそう訴えかけてくる。


『それに対し、私はこう答えよう!

 あくまで、選択肢を与えただけであると!』


 画面に映されたアスルが、いよいよ声を高めた。


『私はロンバルド王家の男として、万民に利益を分配する義務がある!

 今回の場合でいえば、発見した超古代の技術によってもたらされる様々な利益をだ!

 そして、各地を治める諸侯はいわば人々の代表!

 自領に住む人々を豊かにする義務が彼らにはあり、その手段として、正統ロンバルドへ加わることを選んだに過ぎない!

 民あっての貴族!

 彼らの選択は必然であり、責めるとすれば、繋ぎ止めるだけの力を持てなかったロンバルド王家こそ責められるべきであろう!』


 ここで一度、アスルの姿が画面から消える。

 代わって映されたのは、昨年の冷害で無惨な姿となった小麦畑や、昨今(さっこん)大発生した魔物の被害により滅んだ村の姿だ。


『昨年の大冷害……。

 そして、今年になって大発生した魔物たち……。

 これらに対し、なんら有効な手立てを打てなかったことこそ、王家の弱さを象徴している!

 それだけならば、まだよい……。

 しかし、魔物に後背(こうはい)を脅かされるこちら方に対し、兵を派遣するとはいかなることか!

 まさしく、言語道断!

 民をおもんばかるどころか、これを踏みにじろうとする行為に他ならない!』


「それを言われたら、何も反論はできんがな……」


 片手で携帯端末を保持しながら、空いた手で髪をくしゃりと撫でる。

 王国騎士の頂点に立つ身として、今、アスルが言ったことには、痛恨の念を抱いているのがこの俺だ。

 父上にせよ、兄上にせよ、なぜこのような決断に至ったかは今でも理解できない……。

 理解できないが、しかし、賊軍を討伐する上で有効な選択なのは間違いなかった。

 もし、賊軍が魔物に背後を脅かされず、万全の態勢で待ち構えていたならば……。

 あの防衛陣を突破できたとは、到底思えない。


『諸君! 私と共に、新しい時代を開こうとする同士たちよ!

 私は屈しない! ウロネスを守るこの戦いにおいても、人形などは用いず生身で指揮を執る腹積もりだ!』


「……ほう」


 弟の口から放たれた意外な言葉に、思わずそうつぶやく。

 アスルは、画面の向こうにいるこちらをまっすぐに見つめていた。


『以前配布したテレビを通じて、あるいは、鹵獲(ろかく)した携帯端末を通じて、ロンバルド王国の将兵もこれを見ていよう!

 ――かかってくるがいい!

 私は逃げも隠れもしない! 堂々と諸君らを粉砕し、真のロンバルドがここにあることを証明しよう!』


 そこまで告げると、『テレビ』越しに行われたアスルの演説が終了し……。


『では、続いてのニュースです。

 カルガモの赤ちゃんが――』


 代わって、別の情報が流され始めた。もうちょっと、緊迫感を維持できる選択肢なかったの?

 とはいえ、カルガモの赤ちゃんを見ながら、愛する妻との子は永遠に授かれない事実へ心を痛める。

 ……ああ、これが狙いか。あのクソ弟、うざいことしてくるな。

 ちがう、あいつに引っ張られてボケてる場合ではない。


「生意気にかかってこいと言ったか。

 この俺に向かって、な……」


 マントをひるがえしながら、立ち上がる。

 すると、運び込んだ『テレビ』の前に座り込んでいた騎士たちも視聴を打ち切り、次々と立ち上がった。


「生身で戦場に立つ……。

 ハッタリでしょうか?」


「……いや」


 問いかけてきた騎士の一人に首を振る。


「ここにきて男を示さなければ、民たちはついてくまい。

 少なくとも、アスルはそう考えるはずだ」


 愛用の剣とは別に腰へ差した、ブラスターなる武器の具合を確かめた。

 いくらか鹵獲(ろかく)できた品の内、俺が選んだのは短筒型のそれである。

 ブラスターを手にしたのは、俺のみではない……。

 配下の騎士たちもまた、長筒型のそれを手にしていた。

 捕虜から聞いた話によれば、そちらはライフルと呼ばれているらしい。


 戦場において鎧をまとわぬ平服姿というのは、なんとも頼りなく、落ち着かない……。

 しかし、これらの武器にかかれば鎧など役に立たないのだし、それこそが新しい時代の(いくさ)なのだと納得するしかないだろう。

 アスルが整えた戦いの形だ。


「まあ、どのみちウロネスを放置することはまかりならん。

 なら、あいつが望む通りに喧嘩してやるとするさ」


 俺は配下の騎士たちに向け、そう宣言するのだった。


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