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 将棋にしろチェスにしろ、対手がいる遊戯というものには、互いの呼吸を読む間が生まれるものだ。

 まったく五分の条件で読みを競い合う遊戯なのに、おかしいものだが……。

 いや、そうであるからこそか?

 序盤の定石から互いに戦形を整えるまでの間には、暗黙の了解というか、こういった形で戦いましょうという無言の同意が生じるのである。


 ダンスと同じだな。

 望む形で先端を開くには、ある程度、互いに呼吸を合わせなければならないのだ。


 今回、俺と兄上――ケイラー・ロンバルドとの間にも、その無言の同意というものが生じていた。

 まあ、そもそも、相手方――旧ロンバルド王国軍は大軍であり、森林地帯が多くを占めるハーキン辺境伯領においては、布陣どころか兵を歩かせるだけでも制限がかかる。


 そして、こちらは民たちの納得を得るため……このアスル・ロンバルドこそが真のロンバルドであると認めさせるため、できればこれを堂々と迎え撃ちたい。


 両者の都合と思惑により、自然、決戦の地は決定されることになったのだ。


 ――戦士の平原。



 ハーキン辺境伯領の領都ウロネスのほど近くへ存在する、同領では珍しい平原である。

 両者暗黙の了解により、俺たちはそこを決戦の地と定めた。

 旧ロンバルド王国軍にとっては、ここを押さえればウロネスを手にしたも同然……。

 逆もまたしかりで、正統ロンバルドにとっては背水の陣といえる形である。


 当然ながら、防衛側であるこちらが先に布陣し待ち構えているわけだが、兵たちの数は少なく、陣容も薄い。

 ハーキン辺境伯家が代々練兵場として用い、先日まで『マミヤ』製兵器の調練も行われていた平原……。

 そこに集った戦力の中心は、ベルク指揮下のハーキン辺境伯騎士団と、同領出身の志願兵たちである。


 ここで汗と血を流し鍛えてきた彼らにしてみれば、慣れ親しんだ地……。

 しかし、その士気はといえばあまり高くない。

 先日行われた旧ロンバルド王国軍との(いくさ)が、尾を引いているのだ。


 あの戦いは、騎士団が前面に立って行われたが、それゆえに、ケイラーの活躍で大打撃を受けた彼らの顔色は悪く、そもそもの総数も減少している。

 元が民草の出身で、騎士たちに憧れ育った志願兵たちにもそれは伝播しており、心中の不安と恐怖が顔や立ち振る舞いに表れていた。

 まして、今回は一定の効力を発揮していた木柵による防衛陣も存在しないのである。


 頼りになるのは、ブラスターライフルのみ。

 それも、相手方が圧倒的多数となれば、どこまで持ちこたえられるか……。


「なんか、気に食わない空気だな……。

 戦いっていうのはいつだって、自分の勝ちを信じて(のぞ)むもんじゃないのか?」


 外から陣幕に戻ってきたエンテが、オーガから渡されたドリンクで喉を潤しながらそう言った。


「エルフ兵たちの方はいいのか?」


 俺がそう尋ねたのは、彼女が魔術兵たちの指揮官を務めているからだ。

 エルフを中心として編成された彼らは、『マミヤ』の医療技術を学び、治癒魔術も行使できる。

 この戦いにおいてのみならず、その先を見据えても、極めて重要な部隊である。

 兵力の損失をどれだけ抑えられるかは、彼らの働きにかかっているのだ。


「指揮権、取り上げられちゃったよ。

 父上が張り切っててさ。

 『お前は、アスル殿のおそばで少しでも役に立ってこい』ってさ。

 失礼しちゃうよ」


「ああ」


 不満げに父親のモノマネを披露してみせるエンテであるが、俺は長フォルシャの真意を察して苦笑いした。

 当然ながら、俺の周囲は最も守りが固く、比較してではあるが、全軍で一番の安全地帯となっている。

 要は、娘を死なせたくないのだ。


「まあ、長フォルシャの方が兵たちへの通りもいいだろうしな。

 そもそも、エルフの長だし。只人(ただびと)の兵に対しても威厳あるし」


 とはいえ、直接それを伝えなかった彼の意を汲み、そんな軽口を叩く。


「むぅー……。

 ここまであいつらを鍛えてきたのは、オレなのになあ」


「で、でもエンテちゃん!

 考えようによっては、アスル様の近くでその身をお守りするのは、一番の重要任務なんだから!」


「オーガちゃんの言うことは、もっともなんだけどなあ……」


 励まそうとするオーガの言葉に、しかし、エンテが難色を示す。


「護衛対象がアスルだと、いつ、どんな理由で死ぬか分かったもんじゃないからなあ……」


 なんだとこの野郎。いや、野郎じゃないけど。


「確かにそうですね……。

 アスル様、体調は大丈夫ですか?

 ちゃんとご飯は食べましたか?

 滑って転んで頭を打つかもしれないので、なるべくじっとしててくださいね」


 だが、オーガはといえばその言葉を受けて、しごく真面目な顔をしながらそう言ってくる。

 俺、信用ないな……いくらなんでも、この状況でそんな間抜けな死に方をする気はないし、しないと思うんだけど……。


「エンテ様、オーガ。

 残念ながらマスターの死に関しては、いかなる予測も立てようがありません。

 以前、『マミヤ』も演算を試みましたが、あまりにパターンが膨大でフリーズするため断念したほどです」


「肯定。

 それゆえ、アスルブラックの製造に走ったのです」


 そんな会話をしていると、イヴとイヴツーの有機型端末コンビが衝撃の真実を明かしてきた。

 いきなりクローン製造なんかしたのはなんでだろうと思ってたけど、『マミヤ』はそんな悩みを抱えていたのか……。


「……まあ、これまでの行いが行いだから強くは言えないけど、そんなに心配しないでほしい。

 俺は、この戦いで死ぬつもりはないさ。

 何しろ――」


 そこでひと呼吸置き、続く言葉を噛み締めるようにつぶやく。


「――俺はこの戦いの、総指揮官なんだからな」


「この地を預かる領主としては、なんともふがいない思いだがな」


 そう言いながら陣幕に入って来たのは、ベルクである。

 先日、敗戦の報を通信で伝えてきた時はひどい顔をしていたものだが……。

 今はどうにか持ち直したのか、一人の将として不足ない覇気を身にまとっていた。


「顔をつぶすような形になってしまったのは、悪いと思うけどな……。

 どうしても、この決着は俺の手でつけなければならなかった。許せ」


「まあ、貴様とケイラー殿下の間柄だからな。分からんでもない。

 しかし……」


 その時、ベルクの瞳にちろりと宿った黒いものを見逃すような俺ではない。


「これは(いくさ)だ。

 私が敵将の首級を上げたとして、その時は恨みっこなしで頼みたいものだな」


 ……ベルクにしてみれば、先日失われた騎士たちは代々仕えてくれた者たちであり、己の半身とも呼べる存在である。


「……ああ」


 だから、俺はそれ以上何も言うことができなかった。


「マスター、今からでも遅くはありませんので、メタルアスルを使うことはできませんか?

 あれは、まさにこのような時のため、用意したツールです」


 友との会話が終わるのを待って提案してきたイヴであるが、俺はそんな彼女に対し首を振る。


「何度も言うが、今回は生身の俺自身が参戦することに意味がある。

 あるいは、兵や民をだますことはできるかもしれない。

 しかし、俺自身をだますことはできない。

 ここで、自分自身に嘘をつくような(やから)が王になるなんて、ろくな国じゃないさ」


 合理的に考えれば、戦場での指揮なんて危ないことは俺の仕事ではない。

 しかし、俺はあえてそれを断行した。

 この戦いこそが、分水嶺であると見込んでいたからである。


「アスル陛下。

 撮影の準備が終わりました」


 そうこうしている内に、準備を終えたサシャが陣幕に顔を出す。


「よし――行こう!」


 それにうなずき、俺は戦いの第一歩を踏み出したのである。

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