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俺が俺であるために

『済まぬアスル。

 私が指揮を執っていながら、この様だ……』


「いや、お前が生き残ってくれていたのなら、いい。

 それに、俺がどうこう言うのは簡単だが……。

 自分のことを一番許せないのは、他ならぬお前自身だろう?」


 『マミヤ』内に存在する私室兼総指令室……。

 空間そのものを切り取ったウィンドウの中へ大写しとなった親友相手に、俺は努めて平成を装いながらそう言った。


「何しろ、防衛陣を守る中核となっていたのは、お前が抱えていた騎士団なんだからな」


 そう……。

 ハーキン辺境伯領と王領との間に築かれた防衛陣において、中核戦力となっていたのはハーキン辺境伯家の騎士団である。

 これはごく当然の話で、地の利や士気を考えれば他の選択肢などあるはずもなかった。


 そして、正統ロンバルドを興した初期から『マミヤ』製兵器に触れてきた彼らの練度であるならば、中央部での戦い同様に()()()()()()と俺は踏んでいたのだ。


「ともかく、休め。

 こういう時は、とにかく休むことだ。

 今のお前は、きっと自分で思っている以上に頭が回ってないぞ。

 顔だってひどいことになってる」


『そうか……。

 貴様が言うなら、そうなのだろうな。

 済まぬが、そうさせてもらう』


 それで通信は打ち切りとなり、空間そのものに投影されたウィンドウも消失する。

 それを待ってから、俺は深く溜め息をついた。


「……強すぎる」


 そして、どうにかその言葉を絞り出す。


「ケイラー殿下とその配下の強さは存じていましたが、ここまでとは……!」


「ブラスターを配備した防衛陣相手に、ほぼ騎馬兵だけで勝利しちまうとか、どうなってやがるんだ」


 それに同意を示したのは、ルジャカと辺境伯領一腕の立つ殺し屋だ。

 ルジャカは、俺にとって貴重な正騎士かつ常識人の配下として……。

 そして、辺境伯領一腕の立つ殺し屋は、なんとなくルジャカとセット運用するのが基本となっていたので補佐として……。

 共に、軍事方面での仕事を色々とやってもらっていた。


 ゆえに、予想以上の敗戦となった今作戦の報告に立ち会ってもらっていたのだ。


「ああ、昔から頭おかしいくらい強い人だと思っていたが、俺の想像以上に頭のおかしい強さだった。

 つまり、頭おかしいということだ」


「あんたの兄貴も、弟にだけは言われたくねえだろうよ」


 辺境伯領一腕の立つ殺し屋がそう言うが、俺よりよっぽど狂気王子(ルナティック)だろあの人。


「そうは言うけどな……。

 どこの世界に、柵作って弾幕張ってる相手に騎馬兵で勝利する指揮官がいるってんだ」


「マスター、現実を見てください。

 この星のこの時間に、その指揮官は存在します」


「ぐうううっ!」


 いつも通り髪をピカらせながら『マミヤ』と交信するイヴにまでそう言われ、ほぞを噛む。


「まあ、様々な要因が重なった結果ではあります。

 そもそも、こちらはあまりに寡兵(かへい)で弾幕そのものが薄かったですし、騎馬が最大速力を出せる平原が戦場でした」


 ルジャカがそう言ってくれるが、あまり慰めにはならない。


「で、騎馬と数の利が活かせなくなる森林地帯に引き込まれることを恐れ、追撃の手はぴたりと止めてきたわけだ。

 ……うん。全然頭おかしくねえな。

 兄上、めっちゃ冷静だわ」


「もし、欲を張って追撃に乗り出していたら、ハーキン辺境伯領自慢の森林地帯で、ブラスター相手にやり合う羽目になってただろうからな」


 そうなっていたら、向こうも相応の損害を受けていただろう。

 ブラスターのような武器は、森林のような場所で、少数が多数を相手取った時、恐るべき効果を発揮するのである。

 獣人国の戦いで、風林火がそれを証明していた。


「教皇猊下(げいか)懺悔(ざんげ)した貴族家の信徒から仕入れた話によれば、一番この戦い方に反対してたのは兄上らしいんだけどな……。

 いざ、やれって言われれば誰よりも上手くそれを遂行しちまうんだから、いやはや……」


 肩をすくめながら、感心の言葉を絞り出す。

 それが、ケイラー・ロンバルドという男であるとしか、いいようがない。

 事が起きる前には最善を模索し、いざ、それがかなわぬとなっても最善を尽くす。

 俺の兄は、そういう人なのだ。


「陛下は、今後の戦いをどう睨みますか?」


「そうだな……」


 ルジャカの言葉に、地図を引っ張り出しながら考える。


「兄上の軍も損害がないわけではないが、スオムス軍のそれに比べれば微々たるものだ。

 となれば、勢いを殺すようなマネはすまい。

 素早く態勢を整え、こちらの急所めがけて突き進む。

 すなわち……」


 俺はそう言いながら、ピタリと地図の一点を指差した。

 森林で覆われたハーキン辺境伯領において、大軍の通行可能な街道が整備されており、かつ、こちらにとって奪われたら痛い拠点……。

 ハーキン辺境伯領の領都ウロネスである。


「正統ロンバルドを目指すなら、逆方向じゃないか?」


「いや、だからこそだ」


 辺境伯領一腕の立つ殺し屋の言葉に、首を横へ振った。


「放置して進撃したら、背後を突かれる形になる。

 侵略っていうのは、一足飛びにできるものではない」


「面倒なもんなんだな」


 辺境伯領一腕の立つ殺し屋は、腕組みしながらそう言ったものだが……。


「だが、こちらは一足飛びに解決しちまう手段があるんじゃねえか?」


 次の瞬間には、そう言ったのである。


「一足飛びに解決というと……ああ」


 疑問を投げかけようとしたルジャカが、自己解決してうなずく。

 辺境伯領一腕の立つ殺し屋は、ライフルを構えるポーズで「パアン」とつぶやいた。

 暗に、ケイラーを狙撃させろ言っているのだ。


「確かに、殺し屋殿なら必中あたうかと。

 いかがです、陛下?」


 ルジャカも、それは名案だと顔を輝かせたのだが……。


「うーん……」


 俺の方はといえば、自分でも驚きだが……否定的であった。


「反対か?」


「まあ、()いて理由を上げるなら、あるよ」


 二人にというより、自分へ言い聞かすようにそれを羅列する。


「まず、ただ混乱させてやればよかった皇国の時とちがって、今回は明白に戦争だ。

 形式というものがある」


 ちなみに、狙撃させた第一皇子さんはめっちゃイイ人だったぞ。あの世で会った。


「正々堂々、(いくさ)で片を付けなければ民は納得しない」


 これは、当然の話だ。

 堂々と強者であることを示すからこそ、民草はついてくるのである。


「まあ、確かに……」


「合理的だと思ったんだがな……」


 だから、二人も引き下がってくれた。

 でも、俺の本音は別のところにあるのだ。


 アスル・ロンバルドが、アスル・ロンバルドであるために……。

 第二王子ケイラーは、決して避けられぬ壁なのである。


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