偵察とおねだりと
月明かりすらも届かぬ深き森の中……。
闇夜に閉ざされた世界の中で繰り広げられているのは、見ている自分の正気を疑うような光景であった。
狼の特質を備えた魔物が、じっと地面に伏せうずくまっていたのだが……。
――ミリミリ!
――ミリミリミリ!
と、なんとも言えぬ気色の悪い音を響かせて、その背から……肉塊と呼ぶしかない代物がせり出してくる。
「まるで、冬虫夏草だな……」
モニターを見据えた俺は、少年時代……父上が物珍しさから購入した植物を思い出し、背筋を震わせた。
「ですが、これはキノコではありません」
「え、あれってキノコだったの?」
「イエス。
冬虫夏草とは、昆虫類の幼虫などに寄生するキノコの一種です」
「知らなかった。そんなの……」
「なあ、ライフルくれよ?」
かぶりつきでモニターへ見入る一団に混じり、淡々と解説するイヴの言葉に別の驚きを感じる。
だが、今は豆知識を増やしている場合でも、雑音に耳を傾けている場合でもない……。
モニターの中では、別の動きが起こっていた。
「これは……肉の塊が、魔物の姿に変じていきます」
「うむ……私も長く生きてきたが、このような増え方をするものだったとはな」
顔を青ざめさせながらウルカがつぶやき、長フォルシャもそれに追従する。
そう……モニターに映し出されているのは、彼女らが語ったそのままの光景であった。
魔物から生え出した肉塊へ、徐々に目玉や牙といった器官が生み出されていき……。
のみならず、肉塊全体の形も四肢を備えた獣のそれへと変じていく……。
そうこうしている内に、表面は毛皮で覆われていき……。
やがて、元の魔物から完全に切り離されたそれは――生え出してきた魔物とそっくりの、新たな個体であった。
肉塊から魔物へと変じるまでの間は、百を数えるか、どうか……。
「こんな増え方をするんじゃ、知らぬ内に大量発生するわけだ」
「なあ、いいだろ? ライフルくれって!」
苦々しくつぶやき、雑音を断固無視しながら、コントローラーを操作する。
すると、モニターが周囲の光景を見回すのだが……そこでは、様々な種類の魔物が、同じようにして自分そっくりの個体を生み出していた。
地獄というものが存在するのなら、これこそがまさにそうなのではないか……?
そう、思わされる光景である。
「しかし、ドローンを飛ばしたのは正解だったな。
あらためて、魔物というのが相容れられる存在ではないこと……尋常な命ではないことを知ることができた」
俺の言葉に、集っていた全員が無言のままうなずく。
時刻は深夜……。
場所は、昼間に歓待を受けた長フォルシャの住居である。
俺たちはそこに集まって、偵察に出したドローンの捉えた貴重な映像へ食い入っていたのだ。
ちなみにだが、今回のドローンは以前キートンが使っていた物とは異なり、ハチのような姿をしていて、物理的に羽を動かして飛翔する。
その羽音はほぼ無音であり、搭載された高性能暗視カメラもあって、今回の偵察行にはぴったりであった。
「おそらくは、マスターたちが魔術と呼ぶ、サイキック能力の一種を用いて増えているのだと思われます。
普段は通常の生物同様に生殖行為を行い、今回のような大発生時にはこのような増殖方法を用いるのでしょう」
今は隠す必要もないので、普段通り無限に色彩を変える髪をきらめかせながら、イヴが無表情にそう告げる。
……着ている服がウロネスで購入した品のままなのは、気に入ってくれたからなのかもしれない。
「え? 俺が使うような魔術って、こんなこともできるの?」
「イエスであり、ノーです。
マスターの創意工夫によっては習得できるかもしれませんが、ドローンの解析情報によれば全身の細胞へ多大な負担をかけます。
そのため、あまりオススメはしません」
「いや、すすめられたって絶対嫌だけどな……」
こんな増え方をする自分を想像して、軽い吐き気を覚える。
俺は通常通りの増え方をするよ。その……うん、そのうち。
ふと、ウルカと目が合い、お互い顔を赤らめてしまった。
いかん、いかん。
……今は真面目な話をしているんだ。
「サイボーというのはよく分からないが、ともかく容易なことではないのだな?」
「イエス」
長フォルシャが確認すると、イヴは軽く首肯する。
「ならば、魔物らの増加もある程度のところで頭打ちとなるだろう。
……そうはいっても、圧倒的多勢であることに変わりはないだろうがな」
長の言葉に、全員が深くうなずく。
「ですが、このドローンを通じて敵方の動きを知ることができる以上、恐れるには値しますまい。
何しろ、どれだけの数をどこへ動かしているのか……こちらには丸分かりなのですからな」
「なーなー? 爺ちゃんのお古でもいいからライフルくれよ?」
雑音の主に頭へしがみつかれながらも、キメ顔を見せる……。
サムライの精神力をいかんなく発揮しながら、バンホーがそう告げた。
うん……というか……アレだな……。
いい加減、ちょっとうざったいな。
なんとかしてくれよ、という俺の視線を受けて、長フォルシャが溜め息を吐きながら雑音の主へ向き直る。
「エンテ……今は自治区の存亡をかけ、真面目な話をしているのだ。
することがないなら、お母さんの手伝いをしてなさい」
「だってさー、ライフル欲しいんだもんよー?」
「エンテ」
「……はい」
静かに言い含められ、母親――炊事しているエルフ女性の誰かがそうなのだろうか――の手伝いをしに退出するエンテだ。
誰とはなしに顔を見やり、苦笑いを浮かべ合った。
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それから二日ばかり……。
俺たちが迎撃の準備を進める間、とにかくエンテはブラスターライフルをねだった。
ねだって、ねだって、ねだりまくった。
……そのしつこさたるや、もう根負けして一丁与えた方がマシなんじゃないかと真剣に検討するほどである。
まあ、それをやったら向こうの思惑通りなので、あげなかったが。
「なあ、イヴ? いいだろ? ライフルくれよ?」
「ノー。
マスターが許可しない以上、差し上げるわけにはいきません。
そもそも、替えのビームパックがなければ、あれは継続運用不可能です」
「なら、それも合わせてくれよー?」
「ノーです」
ある時は、このようにイヴへねだり……。
「なあ、ウルカ? お前の旦那を説得してくれよ?
オレなら、誰より上手くあれを扱えるからさー。
あ! ほら! オレが漬け込んどいた木の実のハチミツ漬け食うか?」
「わたしもアスル様と同じ考えですので、それはお断りします。
ハチミツ漬けは……その……惜しいですが……」
またある時は、我が嫁を買収しようと暗躍する……。
その他、バンホーやサムライ衆にも同じように迫っており……。
その執念だけは、買いたいと思わされたものである。
もちろん、最もまとわりつかれていたのは俺であり……。
俺は、それを適当にあしらいながらも魔物の動向を探り、迎撃の算段を整え……。
いまだ我が友の準備も整っていないのだろうと推察できる中、俺たちは三日目の朝を迎えたのであった。




