煽る者 後編
「人々にどう伝えるかって、この……新聞? みたいに、ウソの話を伝えるってことか?」
開口一番、そう言った赤毛の弟弟子に俺は首を振ってみせる。
「ジャン、向こうとちがってこちらには携帯端末があるし、ウソをついてもすぐに真実が伝わるわ。
私的な使用は禁じられてるとはいえ、人の口に戸は立てられないもの」
代わって説明してくれた赤毛の姉にうなずき、補足の言葉を告げた。
「それに、私用ではない連絡……。
作戦行動に必要ななんやかんやで、どうしたってその辺のことは伝わるからな。
実際に戦場へ立つ兵に、正確な情報をくれてやらんわけにはいかない」
俺たちの言葉を受けて、ソフィがおずおずと挙手する。
「つまり、テレビを用いた報道では、基本的にありのまま真実を伝えるということですか?」
「そういうことになるな」
最近は本職であるオペラ歌手としてよりも、報道関係の仕事をすることの方が多い彼女にうなずき、ただしと続けた。
「事実を伝えるといっても、言い方やり方っていうのがあるよな」
「あくまで、前向きな内容で伝えるということですね?」
俺の言葉に、サシャが寸分の間も置かず答える。
「前向きっていうと、『今回撤退したのは最初から折り込み済みだから、心配するな』って感じに伝えるのか?」
「ジャン君、それはまだ少し聞こえが悪いんじゃないかしら?
もう少し踏み込んで、事実上はこちらが勝利しているような内容にしたりとか」
ジャンとソフィがそんな会話を交わしていると、チーフやエルフ女、モヒカンといった面子も次々と意見を出してきた。
「ならば、こちら側の損害について詳細は伏せつつ、例の人工衛星とやらで確認できた相手側の戦死者数について、大々的に喧伝するのはどうでしょう?」
「それなら、相手側の貴族で討ち取られた者の名を入れるのもいいんじゃない?
あんたたちはこれが初めての戦だろうけど、あたしが若い頃にやってた戦じゃ、騎士たちはそれを何よりも重んじたって聞くよ」
「ヒャア! そもそも、今回の戦いはモヒカンも修羅も参戦してねえ! 新種の対応で手一杯だからな!
そこんところも、きっちり伝えていこうぜ!」
喧々諤々……。
様々な意見が出されて、具体的な報道内容が定まっていく。
国民の意思と感情というものが、このように少数の意見で煽られ、染め上げられていく……。
音頭を取っておいてなんであるが、俺はその事実に多少の薄ら寒さを感じていた。
だって……ここにいる誰一人として、実際に戦場へは立っていないのだから。
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いかなる時でも陽は沈み、そしてまた昇る。
この世に生まれ落ちて以来、何度となく繰り返されてきたこの世の理であるが、今日のそれはスオムスにとって、どこか現実離れした……夢の中で起こった出来事のように感じられた。
――本当の自分は、昨日の戦いでとうに死んでいるのではないか?
――これは、死神が今際の際に見せている幻影なのではないか?
そう、思えてならぬのである。
賊軍――正統ロンバルドの防衛陣を奪い取り、各所に設置されていた兵舎で夜を明かした翌朝のことだ。
周囲を見れば、自分と同様に生き残った兵たちが、同じようにどこか呆けた顔で日の出を見上げていた。
彼らの顔を見れば、あることに気づく。
その出自は実に様々であり、統一性というものがないのだ。
これは、通常ならば考えられないことである。
スオムスが当主を務めるラフィン侯爵家といえば、王家とも親戚関係にある大貴族中の大貴族であり、本来ならば、周囲を固めているのは譜代の家臣たちであるはずだ。
彼らがまとめて消失したわけではない。
しかし、その数は明らかに減っていた。
そして、減った中には文字通りの意味で焼失した者もいるし、スオムスがこの戦いへ連れてきた息子の一人もそこに含まれているのだ。
「ああ、あなたも生き残れましたか」
日の出を迎えたばかりだというのに黄昏るスオムスへ声をかけてきたのは、昨日、獅子奮迅の働きぶりを見せていた兵士だ。
身なりから判断して、おそらくは、どこぞの田舎から徴兵された者にちがいない。
そんな彼でも、自分が本来ならば影すら踏めない身分であることくらいは分かるはずで、それを押してなお話しかけてくるのは、共に死線を乗り越えた気安さか、それとも昨日の戦いでひと皮剥けたからか……。
いや、その両方であるにちがいない。
「ああ、どうにか、な……。
貴君は、よく生き残れたものだ」
スオムスがそう言ったのは、その兵士があまりにも傷だらけだったからである。
まず、顔中に包帯や何かから裂いた布切れを巻き付けており……。
血の臭いから考えて、首から下も同様の状態にちがいない。
「なんだったかな……。
おとぎ話に出てくる、ミイラみたくなっちまいましたよ」
自分の視線が露骨過ぎたのだろう……。
その兵士が、己の体を見回してから苦笑いした。
「ミイラというのは確か、全身を包帯で巻かれた不死身の怪物だったか。
不死身、という一点では貴君にふさわしいかもしれない。
昨日の暴れっぷりは、世に不死身の人間がいるのだと思わせるに十分なものだった」
言いながら脳裏をよぎったのは、昨日の戦場における光景である。
あの時、自分は転がっていた軍旗を手にし、とにかく周囲の者を鼓舞しながら混乱する軍の目印となっていた。
それに対し、最も早く呼応しかつ生き残ったのが、目の前に立つこの男なのだ。
時として、個人の働きがすう勢を左右するのが戦場という場所である。
あるいは、彼がいなければ一点集中による敵陣地の突破はかなわなかったかもしれない。
「どうかね?
この戦いが終わったら、騎士として身を立ててみては?」
だから、これは冗談でも世辞でもなく、本心からの言葉だった。
「俺が?
――ぶはっ!」
しかし、それは鼻で笑って返される。
「冗談が過ぎますよ。
俺、農家の次男坊だぜ?」
「だが、その武功は抜群だ。
それに、あまりに多くの騎士が死んだ。
代わりとなる者が必要だ」
「ああ……」
死んでいった騎士たちの姿を思い出したか、農家の次男坊が真面目な顔になった。
「いや、やっぱり遠慮しときます。
俺は、戦いが好きになれそうにない」
しかし、その上で出された回答も、やはり同じものだったのである。
「そうか……。
まあ、そうだろうな」
あっさりとうなずけたのは、昨日の戦いを経験しているからだ。
あの地獄を乗り越えて、戦いが好きになれるならそれは異常者であろう。
「なら、どうする?
この先も、戦いは続くが?」
「あなたについていきますよ。
あなたが戦うというのなら、俺も戦う。
とりあえず、この戦いの間はね」
今度の返事は即答だ。
戦場での絆というものは、家族のそれとも恋人とのそれとまた異なり、それでいて強固なものである。
ただ一度、背中を預け合った間柄ではあるが、確かにそれがあることを感じられた。
「まあ、王様たちがさっさと戦いをやめてくれれば、それが一番なんですが」
「それは……そうだな」
侯爵という自分の立場を考えれば、決して看過できない言葉である。
しかし、それを見逃したのは、自身、同じ想いであるからだった。
「実際に戦わない人間ほど、それを煽るものだからな……」
「ああ、やっぱりそういうものなんですか?」
だから、そんな会話を交わしながら笑い合ったのである。




