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初戦 後編

 これは、果たしてこの世の光景なのだろうか……?

 物言わぬ骸と成り果てた、同郷の友を抱えながらそんなことを考える。


 ――ピュン!


 ――ピュン! ピュン!


 そうしている間も、どこか気の抜けた音と共に光条が周囲を通り抜けていった。

 これなるは、ただの光ではない。

 致死の威力を秘めた光の矢である。

 これを受ければ、いかなる鎧もその意味を成さず……。

 恐るべき高熱で穿(うが)たれ、無惨に焼け焦げた穴を開けてしまうのだ。


 胴に当たれば、致命傷。

 他の部位に当たったとしても、筋肉そのものを焼き貫かれた痛みから、もはや戦闘を継続することは困難である。

 その証拠が、周囲に転がっている味方側の戦死者や負傷者であり……。

 抱き上げた手の中で、体温を失った友人であった。


「また、あの稲妻がくるぞー!」


 誰かが叫んだのと、例の球が敵陣から投げ放たれたのとは、ほぼ同時のことである。

 古式ゆかしい投石器(スリング)で投げ込まれてくるその球は、何か硬質な素材で造られているようだ。

 ならば、これは相手にぶつけることを目的としているのかといえば、そうではない。


 投げ放たれたそれは、地面に落着したその瞬間――内側からはじけ飛ぶ。

 ただ、バラバラにはじけ飛ぶだけではない。

 はじけたその瞬間、その球を中心とした半径十数メートルが荒れ狂う雷で包まれるのだ。


「――――――――――ッ!」


 それに巻き込まれた不運な者は、悲鳴を上げることすらかなわない。

 人間どころか、エルフの魔術ですら及ばないであろう暴圧的な雷の奔流は、一瞬で人体を炭化させ、先までの人間を黒焦げの何かへと変貌させてしまうのである。


 いや、即死できたのならば、もしかしたら不幸中の幸いかもしれない。


「があああああっ!?」


「う、腕がっ!? 俺の腕がっ!?」


 一瞬だけ咲き誇り、次の瞬間には何事もなかったかのように消え去る雷の花……。

 これに腕や足を巻き込まれた者は、炭化しぼとりと落ちた肉体の一部を見て、泣き叫んでいた。

 そして中には、瞬間的な激痛と、身体(しんたい)の欠損による血流不全から、そのまま命を落としてしまう者の姿も見られたのである。


 光によって撃ち抜かれ、倒れる者たち……。

 または、荒れ狂う雷によってその身を焼かれ、遺体判別すら不可能な炭の塊へと変じる者たち……。

 そんな光景を、どこか他人事のように眺めながら、ただ友の亡骸を抱き座り込む。


 この戦場が、血潮で染まることはない。

 ただ、純粋な死だけがそこに存在した。

 そして、その死は(つちか)ってきた鍛錬も何もかも無視し、振りかかってくるのである。


 行軍中、自分たちはどんな会話を交わしていたか……?

 そうだ。確か、死ぬならば騎士やその徒党が先であると、抱きかかえているこいつと話していたはずだ。

 実際は、まるでちがった。

 第三王子が持ち込んだのだろう古代の武器は、騎士の突撃を完全に無力化し、長弓(ちょうきゅう)など及ばぬ射程と正確さでもってこちらを貫いてくるのである。


 これは、罰か……?

 自分たちを飢饉(ききん)から救ってくれた相手へ槍を向けたことに対する、罰なのだろうか……?


「……ふざけるな」


 この場を離れていた魂がようやく自分の内に戻り、我知らずそんな言葉をつぶやいた。

 同時に、抱えていた友の遺体を放し、代わりに近くへ転がっていた誰かの槍を手にする。

 自分ですら意外に思うほどの、強烈な力でそれを握りしめることができた。


 ――怒りだ。


 ――もう、怒りしかない。


 理不尽さすら感じられる死が支配する戦場で、最後に男へ残ったものはその感情だけである。

 そして、それは細胞の一片に至るまでも充満し、男を突き動かしたのであった。


「進め! 進めー!」


 誰かが旗を手にし、走っているのが見える。

 身にまとった鎧の立派さと年齢から、いずれ大貴族家の当主であろうとうかがい知ることができた。

 馬を用いず己の足で走っているのは、愛馬を失ったからにちがいない。


「我に続け!」


 手にしている軍旗に描かれた紋章の意味は分からないが、しるべとしてはちょうど良かった。

 今はただ、どこへ向かって駆け出すかの指標が欲しかったのだ。

 この怒りを吐き出すための、場所が欲しかったのだ。


「うおおおっ!」


 吠える。

 駆ける。


 ここに一人の、恐るべき兵士が誕生した。




--




 この戦場に集った者たちが知りうるところではないが、戦史における極めて重要な戦いにニチロ・ウォーというものがある。

 特徴的なのは、要塞という障害システムと弾幕を張りうることが可能な機関銃とが、初めて組み合わされた戦争であるということだ。

 当時、防衛側であるロシア軍の構築したその布陣は、あらゆる観点で見て突破不可能な代物であり、攻め手であるニホン軍は多大な犠牲を払うことになったのである。


 そう、犠牲を払うことになった。

 払うことにはなった、が、驚くべきことにニホン軍はこれを攻略することに成功したのだ。

 これは、瞠目(どうもく)すべきことである。


 この戦争で得られた教訓を基に、(のち)の世界大戦では大規模な塹壕戦が繰り広げられることになったのだが、これを突破可能としたのは戦車や爆撃機といった新兵器の登場であった。

 そして、もちろん、ニチロ・ウォーの当時にそういった兵器は影も形もなかったのである。


 では、ニホン軍はどのようにしてロシア側の要塞を攻略せしめたのか?

 それを可能としたのは、死兵の存在を置いて他にあるまい。


 殺人という行為に対する本能的な忌避(きひ)感……。

 自らの命を守ろうという、生存本能……。


 それら人間としての二大欲求を捨て、兵士という別種の生物へ生まれ変わった者たちが群がることで、机上(きじょう)のシミュレートでは決して攻略できないはずだった要塞が落とされることとなったのだ。


 人間という生き物が限界を超えた時、あらゆる計算を(くつがえ)すことが可能だという事例である。


 そして、今……太古の昔に母なる星で起こった戦いと同様の光景が、この惑星でも展開されることとなった。

 幸運か……。

 はたまた、強固な意志がビームもボムも逸らしたか……。


 ブラスターライフルの弾幕とプラズマボムによる爆雷を逃れた者たちが、次々と木柵の防衛陣に取りついてはこれの破壊を試み、あるいはよじ登っていく……。

 そして、上手く内側へ入り込むことに成功した者たちは、ようやくにも届くことのかなった槍を振るい、あるいは剣を抜き、時には敵方の武装を奪い、大暴れを繰り広げたのである。


 もともと、数の上で極端に劣る賊軍であり、こうなってはたまらない。

 絶対的な優位を保証していたのは、あくまでも木柵による防御とライフルやボムによる弾幕なのだ。

 白兵戦へ持ち込まれたその瞬間、優位はもろくも崩れ去るのである。


 賊軍側の指揮官であったネイス・バファー辺境伯の決断は、素早かった。

 穴の開いた防衛陣から敵が殺到してくる前に、全軍へ撤退を命じたのである。

 ロンバルド王国側に、これを追跡する余力は残っておらず、それは見逃される形となり……。


 かくして、交易都市キオ東部の平原へ構築された防衛陣を巡る戦いは、多大な犠牲を出しながらもロンバルド王国側の勝利に終わったのであった。

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