初戦 前編
その軍勢を見た時、見識のある者ならばこれが烏合の衆であることを見抜けるだろう。
皆、一様に槍を携え、鋼鉄の胸当てで急所を守ってはいる……。
最低限の装備こそ整えられているものの、逆にいうならばそれは、最低限度の装備しか整えられていないということなのだ。
しかも、よくよく見やればそれら装備の品質はバラバラで、かろうじて鍛造こそされているものの、中には見習い仕事であることが明らかなものまで混ざっていた。
だが、これを身にまとい行進する者たちの士気は、存外に高い。
人間という生き物に気持ちを入れる方法はいくつかあるが、代表的なのは身なりを整えさせてやることである。
先日、小麦の収穫期を迎えるまで彼らはただの農民でしかなかった。
しかし、こうして曲がりなりにも鎧をまとい、槍を手にしてみると、どうにも気持ちが湧き上がってくるのだ。
人間は無意識に役割を求めてしまうものであり、その形さえ整ってしまえば、ある程度までそれを演じてしまえるという好例である。
列を作り、にわかなりにも兵の顔をして歩む者たち……。
その中の一人が、ふと口を開いた。
「なあ、どう思う?」
「どう思うって、何がだ?」
急に話を振られた方の男が、額の汗をぬぐいながらそう返す。
夏を迎えた今、太陽はますます力を増して地上を照らすようになっており、軽装とはいえ鎧を着て歩くのはなかなかの労働なのだ。
「何がって、この戦いがだよ」
隣を歩く男のみならず、周囲を歩くのは同郷から徴兵されてきた者たちである。
無駄話をしても咎められることはないだろうという気安さから、少しばかり声を強めてそう言った。
「ああ、まあなあ……」
何が言いたいかを察した隣の男が、腰の革水筒から水を飲みつつ曖昧にうなずく。
「勝手に国を名乗る逆賊を討つだのなんだの、そういう話だけどさ。
その、第三王子さんのおかげで、俺らは去年を乗り越えられたわけだろ?」
「ああ、去年食ったあの米ってやつは、たいそう美味かったなあ」
炊き上げることで、どんな宝石よりも輝くあの白い穀物……。
それを思い出したらしい隣の男が、今度ははっきりとうなずいた。
「ああ、あれは本当に美味かった。
今年の麦も出来はいいけど、あれには負けちまう。
そんで、あの米ってやつを運んでもらわなきゃ、俺ら今頃野垂れ死んじまってるじゃねえか?」
昨年の大冷害……。
男たちが暮らす村も、その被害を受けていた。
畑の麦は、例年の半分ほども実らず……。
このままでは飢え死にする未来しかないと分かっていながら、なんの手を打つこともできない焦燥感は、忘れようとしても忘れられるものではない。
そして、『米』の旗を掲げる者たちによって運び込まれた救援物資の、ありがたさも……。
犬畜生の類でも一飯の恩は忘れないものであり、まして人間様であるなら、言うに及ばずなのだ。
「まあ、おめえの言いたいことは分かるぜ。
俺やお前だけじゃねえ、きっと全員同じ気持ちだろうさ。
不作から救ってくれた恩人に、槍なんか向けちまっていいのか? ってな」
手にした槍――ラフィン侯爵家から支給されたそれの穂先を眺めながら、隣の男がうんうんとうなずく。
「でもよお……。
そんなの、俺らには関係ないっしょ」
しかし、続いて口にしたのは否定の言葉であった。
「関係ないって、お前……」
「だってそうじゃねえか。
俺ら、ただの農夫だぜ?
工事するから人手よこせって言われりゃ出向いて、戦だから槍持てって言われりゃ持つだけさ」
「そうだけどよ。
義ってやつがあるだろ?」
同郷出身者の言葉に、裏切られた思いで口を尖らせる。
しかし、そんな言葉も簡単に受け流されてしまった。
「義って言ってもさあ……。
結局のところ、王族さんたちの親子喧嘩で兄弟喧嘩じゃねえか?
俺ら下々の人間が、あーだこーだと気を揉むもんでもあるめえよ」
「それは、まあ……。
でも、納得ってやつは欲しくねえか?
何しろ、俺ら……死んじまうかもしれねえんだぞ」
それは、あえて口にしなかった不安……。
戦場へ挑む誰もが、多かれ少なかれ抱く恐怖である。
つまるところ、この男はそれを覆い隠すだけの何かが欲しかったのであった。
「納得していようが、いなかろうが、死ぬ時は死ぬもんだろうさ」
対して、隣を歩く男は達観したものである。
納得という意味では、十分にそれを得ているといえるだろう。
考えることを放棄するというのは、時にしたたかさを生むものなのだ。
「それに、俺らが死ぬとしたら、そりゃあの人らの後っしょ?」
言いながら、隣の男が遥か前方を見やる。
自分たち、徴兵された歩兵による隊列……。
その前面には、長弓を手にした者たちが歩んでおり……。
さらにその前、最前列を進むのは、騎乗した完全装備の騎士たちだ。
彼らは、王家の呼びかけに応じ参陣した騎士と、配下の兵たちである。
その面構えは、さすがに自分たちなどとは別物だ。
ただ行進しているだけなのに、その身は武威というもので満ち満ちており、人の群れというよりは、気迫によって構築された巨大な壁が進んでいるようなのである。
ただ槍を持たされただけの農夫など、逆立ちしたところでかなう相手ではないだろう。
山賊爵の異名で知られるスオムス・ラフィン侯爵が総指揮官を務めるこの軍は、まず騎士たちが先頭に立ち、その後ろに弓兵やごく少数の魔術師が配され、最後に自分たち徴兵された兵という構成になっており……。
悪くいえば、徴兵された兵を当てにしていない。
良くいえば、本来守られる立場の者たちが、なるべく犠牲にならぬよう配慮された配置であるといえる。
どうやら、隣を歩くこの男は後者の意味で受け取ったらしい。
「戦いなんていうのは、騎士様とその徒党に任せてさ、俺らはその後ろで槍持って立ってりゃいいんだよ。
だって、あの人らは、そのために俺たちから税を取り立ててるわけだし」
「お前、それは……」
あけすけといえば、あまりにあけすけな言葉へ、どのように返したら良いものか思い浮かばず、しばし言葉を探す。
「……そうだな」
しかし、結局は同意し、うなずいた。
「だろ?」
同郷の男が、にやりと笑ってみせる。
槍を持たされ、簡易な鎧をまとおうとも、あくまで自分たちは農民……。
王家だの国だのに忠誠を尽くし、命がけで戦うような身分ではない。
適当にやって生き残り、わずかばかりの報償金を手に帰れればそれでよいのだ。
ようやくにもひとつの納得を得て、その後は言葉も交わさずひたすらに歩く。
ここからでは、騎乗した騎士たちが壁となって見えないが……。
行く先には、木の柵によって構築したという長大な陣地があるらしかった。
いつもより遅い時間で申し訳ない。
いきなりネットが使えなくなって原因を調べていたのです。
で、結局原因不明でスマホにテキストファイルいれてから4G回線でアップという遠回りなやり方。




