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兵なし 後編

 十分な兵力を用意し、どの方面においても不足なくこれを配置する。

 戦略における理想系である。

 そして、これは大抵の物事においてそうなのだが……。

 理想というものは、そうそうそのようにいかぬからこそ理想と呼ばれるのだ。


「薄いな。

 あまりにも、薄い」


 『マミヤ』内に存在する自室兼総司令室で俺がそうつぶやくのと、紙の束を抱えたエンテが入室してくるのとは、ほぼ同時のことであった。


「なんだよ?

 人の顔見るなり、薄いだのなんだの……」


 顔を赤らめたエルフ娘が、手にした紙の束で自分の胸元を隠しつつ非難の眼差しを向けてくる。

 俺はセクハラの化身か何かなのか?


「ノー。

 マスターが薄いと言っているのは、対王国側に配置した兵力であると推察します」


 執務机の傍らで虚空を見つめながら立っていたイヴが、目の焦点を戻しながら説明してくれた。

 そんなことをしている間にも、彼女の髪は様々に色合いを変化させながら輝き続けており、『マミヤ』とリンクしながらいくつもの仕事を並行処理してくれているのだと察せられる。


「まあ、そんな感じだな」


 とはいえ、仕事量に関しては俺も負けてはいない。

 疲れた目をこすりながら、卓上に広げた地図を眺めた。

 カミヤの航空偵察を元に作成されたそれは、正統ロンバルド含むロンバルド王国の全土が詳細に記されており……。

 書き込まれた様々な情報は、各所へ配置されたこちら側の戦力を意味している。

 そして、それなりの教育を受けた者がこれを目にしたならば、ずいぶんと(いびつ)な形へ兵が配されていることに気がつくはずだ。


「あの日以来、海から執拗(しつよう)にこちらの後背(こうはい)を突こうとする特級魔獣たち……」


 三つのでかい記号が配された海沿いの地――正統ロンバルド港湾部に、指を置く。


「まず、一番大きいのがここだな。

 オーガがいまだ復帰できぬ現状、対魔物の最高戦力であるカミヤたちが、文字通りの意味で釘付けとなってしまった。

 何しろ、連中はほぼ二十四時間体制で戦い続けている」


 疲れを知らぬロボットだからこそできる、荒業(あらわざ)であるといえるだろう。

 とはいえ、人間が一切関わっていないのかといえば、そうではない。


「同時に、彼らを支援するため、地道に育てていたメカニックたちのほぼ全員がここへ終結することになってしまった。

 今、バイクとかが壊れたらすぐには直すことができないな」


 笑いながら言ってみせたが、全然笑い事ではない。

 兵が力を発揮するのには、十分な後方支援が必要不可欠なのである。

 これまで、モヒカンや修羅たちが気持ちよくヒャッハーしてこられたのは、メカニックたちによる隠れた献身があったからこそなのだ。


「もうひとつの問題が、新種の魔物たちだ」


 俺は続いて、対魔物用の防衛陣が構築された各所を指差す。

 こちらは、青色の記号と赤色の記号が入り交じっており、色の意味が分からない者には少しばかりカラフルで嬉しく思える。

 ちなみに、色の意味は青が戦闘可能な兵士で、赤が戦闘継続困難な負傷者だ。全然嬉しくねえよ。


「ショットガンなど、実弾兵器の配備を急いでみてはいるが、やはり焼け石に水だな。

 結局は、昔ながらの白兵戦に頼らざるを得ない。

 そして、白兵戦には犠牲が付き物だ」


 まあ、正確にいえば、損害のない戦いなど存在しないのだが……。

 比率として、より大きいという話である。


「それをカバーするために、だ」


 対魔物用とは反対側に構築された、もうひとつの防衛線に指を伸ばす。

 そちらに配された兵の数は、反対側と比べたら明らかに――少ない。


「対王国用の防衛線に配置していた兵を、回さざるを得なくなった。

 おかげで、こちら方面の兵は当初の想定よりだいぶ少ない。不十分だ。

 ……しかし、これでなんとやるしかない」


 腕組みしながらそう言うと、これまで話を聞いていたエンテが、手にしていた紙の束を地図上に放り投げた。


「不足してるのは、戦う人間だけじゃないぜ。

 エルフ自治区(うち)から出してる医療班も、イッパイイッパイだ。

 なんとかしてくれって、文句が出てる」


 そう言われて、彼女が持参してくれた紙の束を手に取る。

 素早くめくって中に目を通したが、要するにアレだ。手が足りてないことを示す諸々の情報が羅列されてるわけだ。

 俺は深々と椅子に腰かけ、目の前に立つエンテを見やった。


「気合いと根性でどうにかしてくれって、伝えてくんない? エルフのお姫様」


「気合いと根性だけじゃどうにもなんないと、エルフのお姫様は思うぞ?」


 そんな俺に対し、エルフ自治区族長の娘は白い目を向けてくる。


「そうなんだけど、な……」


 ぎしりという音は、椅子のきしんだ音か、はたまた俺が頭の後ろで手を組む際に鳴った関節の音か……。

 自身、気合いと根性とカップ麺で疲労を押し隠している俺は、深~い溜め息を吐き出す。


「簡単な応急処置ならばいざ知らず、本格的な医療技術を持った者の替えなどそうそう用意できるはすもない。

 すでに、治癒魔術の心得がある者も片端から応援に向かわせてるしな」


 とはいえ、只人(ただびと)の使う治癒魔術など、たかが知れたものだ。

 少々の外傷程度ならば対応できるだろうが、それ以上となると手に負えないだろう。


「結局、さっきの話に立ち返るわけか」


 鼻を鳴らしながら言うエンテに、苦笑いを浮かべながらうなずく。


「ああ、今ある手札で、どうにかやりくりしてもらう他にない。

 エルフたちを束ねるお前には、負担をかけてしまうことになるが……」


 俺がそう言うと、エンテは短めに整えられた金髪を撫でながら、盛大な溜め息を吐き出した。


「まあ、しょうがないか……。

 今思うと、あの籠城やってた時の父上ってこんな気分だったんだろうな」


「ああ、エルフ自治区で魔物が大発生した時か」


 あの時……。

 エルフたちは、彼女の父である長フォルシャに従い、先の見えない籠城戦を行っていたものだ。

 俺は直接その場にいたわけじゃないが、下の者を取りまとめるのにはさぞかし苦労したことだろう。

 ……なんだか、あれが遠い昔の出来事みたいに思えるな。


「あの時は、最終的に俺やバンホーたちが救援として駆けつけることになったが……」


 言いながら、エンテ持参の書類をどけて、再び地図を見やる。

 視線を向けた先にあったのは、敵軍……そう、敵軍を表す記号だ。

 旧ロンバルド王国の軍勢を意味する記号である。


「今回、駆けつけてるのは敵の軍隊か……」


 同じくそれを見たエンテが、眉をしかめた。


「イエス。

 明朝には、戦端が開かれと予想されます」


 そして最後に、これまで黙って話を聞いていたイヴが締めくくったのである。


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