戦いは激化せり 後編
魔物という存在の生態、性質は実に多種多様であり、ひとくくりにできるものではない。
しかしながら、それでもあえて分類すると、犬や狼の特質を備えた個体というのは比較的ポピュラーな存在であった。
そして、眼前に対峙しているこの個体も、強いていうならば狼型の魔物ということになるわけだが……。
これまで出現してきた同類の魔物と比べると、これは、
――モノがちがう。
……と、いう他にないだろう。
やはり目を引くのは、全身を覆うその甲殻である。
果たして、いかなる組成なのか、その表面は金属質な光沢を放っており、遠目から見たなら外付けの鎧をまとっているようにも見えるはずだ。
「どれ、耐久テストをさせてもらうか」
俺はそうつぶやくと、目の前で微動だにしないそいつ――先日確認された新種の魔物に、ブラスターライフルを向ける。
――ピュン!
気の抜けた音と共に発射された熱光線は、魔物の肩部に直撃したが、しかし、それを破壊するでも貫通するでもなく……。
ただこれを、わずかに赤熱化させるだけに留まった。
「無効。
新種の全身を覆う甲殻は、極めて高い熱吸収能力を備えていると分析結果が出ています」
俺の隣でその様子を見ていたイヴツーが、感情のこもらぬ声でそう告げる。
「どうやら、ブラスターのビームこいつに対抗するのは至難の業みたいだな」
実際にこの目でそれを確認した俺は、今度は腰から銃剣を引き抜く。
それを見ていたイヴツーの手にも着剣済みのブラスターライフルが現れ、同時に新種の魔物がもう一匹、こつ然と湧き上がった。
「ん? 君も挑戦するのか?」
自身のライフルに着剣しながら尋ねると、イヴツーは足元まで伸びた白髪を軽く払いながら答える。
「肯定。
実際の戦闘経験を『マミヤ』に送ることで、より精度の高い対策を打ち出すことができます。
これは戦闘を前提にデザインされた、自分だから可能な役割です」
「まあ、確かにイヴじゃそういうのは無理だもんな。
それじゃ、どっちが先に倒すか競争だぜ」
「疑問。
競うことへの意義を感じません。
それよりも、マスターは無意味に命を落とさないか心配した方がよいかと」
「いやいやいや、いくらなんでもそれはないって」
せっかく心配してもらったが、俺は空いた手をブンブンと振ってその言葉を否定する。
そして、視線を上――天井と形容するべきか悩むそこに向けた。
「だってほら、ここ仮想空間だし」
そこには、白一色の『無』と呼ぶしかない空間が広がっており……。
なんだか、長く見ていると気がおかしくなりそうだ。
しかも、白一色なのは俺たちや魔物が立っている床も一緒であり、これは触ってみたところでなんの感触を得ることもできない。
さらに、周囲は天井と同じように、やはり白一色の空間がどこまでも果てしなく続いていた。
うーむ、そんなとこに気を使っても仕方なくはあるんだが、どうも趣きに欠けるというか気分が出てこないな。
「否定。
もはや死はマスターを構成する一大要素。
仮想空間であろうが夢の中であろうが、マスターならば呼吸するように死ぬことができると思われます」
「なぜ、俺がしょっちゅう自分の死ぬ夢を見ていると知っている?」
「解説。
地球時代から続く精神分析によれば、死の夢は強い上昇志向の表れだそうです。
それでは、準備はよろしいでしょうか?」
――へー、死ぬ夢ってそうなんだ?
……などと感心している暇もなく、これまで微動だにしなかった新種の魔物たちが動き始める。
そして、一匹はイヴツーに……。
残る一匹はこの俺に向けて、凶悪な牙を露わにしながら飛びかかった!
甲殻の防御力こそ尋常ではないが、動きそのものは既存種のそれを少しばかり強化した程度。
そこらの兵士ならばさておき……俺やイヴツーの相手ではない!
「――ふっ!」
大げさな動きで飛びかかってきた魔物の下をするりとくぐり抜けつつ、同時に槍と化したライフルの剣先で切りつける。
腹部に至るまでも甲殻で覆われたこの魔物であるが、分子レベルで高速振動する刃にとって、対象の強度など無関係だ。
まるで、獣人国のトウフを切った時のように……。
高速振動する刃は魔物の腹へ抵抗なく入っていき、飛びかかってきた相手の勢いを借りて深々とこれを切り裂く。
勝負ありだ。
仮想体ゆえ血しぶきを上げたりすることもなく、新種の魔物は俺の背後でどうと倒れる。
「勝利。
シミュレーションではありましたが、良いデータが取れたかと思います」
一方、イヴツーの方はといえば、白髪を振り回しながらの見事なひと薙ぎで魔物の喉を切り裂き、これを倒していた。
「まあ、こんなところか」
どうやら引き分けに終わったらしい競争結果へ鼻を鳴らしつつ、俺は手にしたブラスターライフルを放り投げる。
それと同時に、世界が塗り変わった。
「――ふう」
見慣れた『マミヤ』内の自室兼総司令室……。
その執務机に座っていた俺は、かぶっていたヘッドギアを取り外しながらひと息つく。
スクールグラスと名付け、学校での教育などへ役立てているこれは、設定次第で様々なシミュレーションが可能である。
今回はそれを利用して、先日の戦場で得られたデータを基に新種の実力を再現し、肌で感じてみたわけだ。
「お疲れ様です」
一方、姿勢よく執務机の傍らで立っていたイヴツーは、スクールグラスを使用していない。
代わりに発光型情報処理頭髪を複雑な蛍光色へ輝かせており、それで『マミヤ』から直接データ受け取っていた。
「収穫はありましたか?」
シミュレーションへは参加せず、代わりに室内へ散乱していたカップ麺の空き容器や、もう不要な書類を片付けていたイヴが、同じように髪を輝かせながら尋ねてくる。
そんな彼女に、俺はうむとうなずきながら口を開いた。
「以前、エルフ自治区で戦った魔物のように、吸収したエネルギーの放出能力までは備えていない。
また、身体能力も既存のそれを少々強化した程度だ。
言ってしまえば、量産型とか廉価版だな。
ビームは通じないが、分子振動系の武器ならば対処可能だ。
ただし、一般的な練度の兵たちでこれを相手にするのは、少しばかり厳しいだろうな」
今回はあっさり倒したが、それは俺やイヴツーほどの使い手が一対一で相手取ったからであり、実戦的な状況であったとは言い難い。
かの日、我が軍の受けた損害も、あの魔物と戦ったならばうなずけるものであった。
「提案。
実弾兵器を使えば、一般兵でも対処しやすいと推測します」
髪を元の白髪へ戻したイヴツーが、己の見解を告げる。
「ですが、いかに『マミヤ』の生産力といえど、今から全兵士へ支給するのは相応の時間がかかるかと。
鉛弾を使った実弾兵器はブラスターに比べ反動が大きいため、転換訓練も必要となります」
やや否定的なイヴの言葉へ、俺は座ったまま頭を振った。
「それでも、やらないよりはやった方がマシか。
イヴ、該当する武器の候補をいくつかピックアップしてくれ。俺がシミュレーションで試験し最終決定する」
「もうデータを送ってあります」
「……オーライ」
有能なる秘書の言葉を受けて、後の世にワンオペ王として名を残す予定の俺は再びスクールグラスをかぶる。
そして、それを起動させながら、この先に流れる血の量を想起するのであった。




