エルフ少女とブラスター
ブラスターライフルというらしい、その射撃武器を手にした最初の感想はと言えば、
――軽い。
……このひと言に尽きる。
見た目は金属製品のように思えるが、その実は別の素材を使っているのだろう……。
エンテが愛用している弓と比べても、こちらの方が軽いくらいなのだ。
ならば、もろいのかといえば……そのようなことはない。
もちろん、そこらに投げつけたり膝を叩き込んだりしたわけではないが……。
コン、コンと叩いた感触はどこまでも硬質なものであり、事実、取り回してみればエンテの力をしっかりと受け止めていささかも逃がさないのだ。
安全装置なる部品を操作し、これを――教わった通りに構える。
ごくりと、生唾を飲み込んでしまった。
場所は、集落内に設けられている弓練場。
的との距離は、およそ五十メートル。
エンテが弓を用いたならば、必中あたう距離だ。
ならば、この武器を使えば――どうなるか。
スコープというらしい、望遠鏡にも似た部品を覗き込む。
「――近っ!?」
覗いて、思わずそう叫んでしまった。
弓使いとしての習性で、両目を開けたままスコープを覗いてしまったが……試しにこれへ押し付けた右目を閉じてみる。
左目で見た視界はいつも通り、見慣れた距離の的を捉えていた。
ならば、逆のことをしてみればどうか……。
まるで、目の前……手を伸ばせば届く位置に的があるような……。
そのような錯覚を、抱いてしまう。
しかも、スコープ越しの視界はどこまでも透き通っており、人間から仕入れた望遠鏡のそれとは雲泥の差があるのだ。
いや、もう一つ……望遠鏡とは異なる点があるか。
スコープ越しに見た視界の中では、中央部に赤い点が存在した。
今は、エンテの呼吸に合わせてわずかに上下している……。
取っ手に存在する引き金という部品を引けば、この赤い点目がけて例の光線が放たれる……らしい。
先の戦いを思い出して、自然と身震いする。
すると、それに合わせて赤い点が激しく動いてしまった。
こうして客観的に見せられると、筋肉というものがいかに激しく動いているのかを思い知らされる。
それを押さえ込むべく、ライフル尾部の肩当てをぐっと己の右肩へ押し付けた。
この異物としか思えぬ射撃武器と、己自身とが、骨でつながったかのような圧倒的安心感……。
もう、余分な筋肉の動きはなく……。
赤い点はただ、呼吸の影響のみを受けてゆらめいていた。
再び両目を見開き……。
教わったわけでもないというのに、天性の勘働きから呼吸を止める。
これで、少女とライフルは完全な合一を果たし……。
弓練場には、ただ狙い撃つだけのエルフが生まれた。
引き金に指をかけ――これを引く!
――ピュン!
という、なんとも間の抜けた音が響いたが……。
その破壊力たるや、言葉で言い表せぬ。
余った木材で作った、簡素な的……。
その中央部には、黒焦げの小さな穴が開いていた。
ライフルから発射された、光線を受けた結果である。
「こんなに……簡単に当たるのか」
引き金から指を放し、ライフルを下に向けながらぼう然とつぶやく。
風向きも何も、あったものではない。
光線はただただ、赤い点めがけてまっすぐに進み……。
魔物の素材を使った複合弓でも達せぬだろう速度と威力でもって、これを貫通せしめたのである。
いや、弓矢などと比べるのはおこがましい。
これは射撃武器として、明らかに次元が違うのだ。
「――ッ!」
すぐさま呼吸を止め、もう一度ライフルを構える。
そして今度は、これを続けざまに三発撃ち放った。
――ピュン!
――ピュン!
――ピュン!
と、間を置かずに三本の光線が放たれ、それらは狙った通りの場所へと着弾を果たす。
「しかも……こんなに連続で撃てるのか」
自治地区に住まうエルフ一の弓使い――すなわち、この王国で一番の弓巧者を自負する少女は、その事実へあらためて愕然とした。
矢を取り……。
つがえ……。
弦を引き絞り……。
そして矢を放つ……。
狙う作業を瞬時に終えたとしても、単純に動作を列挙するだけで弓矢にはこれだけの動きが必要となる。
それが、この武器は……人差し指を動かすだけでかなう。
こうなるともはや、単純な狙いやすさと威力のみを物差しにすることはできない。
いわば――制圧力!
これを手にしたエルフが一人陣取れば、最低でも十……巧者ならば、二十や三十の魔物を相手取れることだろう。
いや、巧者ならば、と条件づけるのは無意味か。
先にも述べた通り、この武器は簡単に……あまりにも簡単に扱うことができるのだ。
これを持たせれば、自分より幼い子供――自治区にそんなエルフはいないが――であったとしても、狩人数人がかりで手こずる巨獣を仕留められることだろう。
「……すごい」
再びライフルを下に向け、感嘆の声を漏らす。
真に感動した時というのは、人もエルフも問わず、ろくな言葉が出てこないものなのだ。
そんなエンテの様子を見て……。
群衆となりこれを見守っていたエルフ兵たちが、ワッと獣人兵たちへ殺到する。
獣人兵たちが待機する場所には、これも自力で浮遊可能な……荷台が設置されていた。
そしてその中には、『マミヤ』なるあの空中船から運び込まれたブラスターライフルが満載されていたのである。
エルフ兵たちが次々とライフルを手に取り、弓練場で列を作った。
そして、一人……また一人と試射を行うたびに、感動の叫びを上げたのである。
「気に入ってもらえたようだな、エンテ殿?」
いつの間に歩み寄っていたのか……。
アスルなる獣人たちの頭目が、エンテに向けて満足気にほほえむ。
「呼び捨てでいい……かたっ苦しいのは好きじゃないんだ。
そのかわり、オレもあんたを呼び捨てにする。
それでいいか?」
「いいとも。
実を言うと、俺も行儀よく話すのは得意じゃない」
アスルはそう言いながら、肩をすくめてみせた。
「アスル! 頼みがあるんだ!」
「なんだ? 言ってみ?」
舐められてるようなのは気にくわないが……。
子供へ話すお兄さんといった口調へ切り替わったアスルへ、素直にそれを口にする。
「これ、くれ!」
するとアスルは、にこりと笑いながらこう言ったのだ。
「だ~め。
魔物たちを追い払うまでの間、貸すだけだ」
エンテはこれに、ぷくりと頬を膨らませたのである。




