新種 後編
ロンバルド王国における貴族というものは、魔物を始めとする外的脅威から領民を守る戦士階級であり、そこに生まれた男児は平民のそれと比べ、別種の生物であるといって過言ではない。
――己が命は己のものにあらず。
――牙なき者のため、燃やし尽くすものなり。
貴族の家に生まれた男児は、爵位の大小に関わらず必ずこのような教育を施される。
そして、立てるようになったならば、木剣を玩具として与えられ、早くも将来の訓練を想定した遊びをするようになるのだ。
早い者は五歳から……どんなに遅くとも、十を数える前には馬の世話など騎士見習いとしての働きを課されるようになり、本格的な武芸の訓練も施される。
日常生活においては、騎士たる者としての振る舞いを徹底的に叩き込まれ、親から渡された短剣は常に身につけることを義務付けられた。
そのような幼年期を経て醸成されるのは、強烈な覚悟と自負心である。
――自分は特別な存在だ。
――クワを持ち、土を耕す者たちとは根底から異なる。
――彼らが立ち向かえぬ脅威に対し抗える力を身につけた、貴き者たちであるのだ。
この自己認識こそが、いざ窮地へ陥った時にも揺るがぬ冷静さを生み、むしろますます闘争心を燃え上がらせることへつながるのだ。
勇気というものは、何も持たずに絞り出せるものではなく、長年かけて構築された覚悟という名のつるべを持って、初めて汲み出せるものなのである。
そして今まさに、ここ中央部で貴族教育を受けて育った男たちは、己の中にある井戸から無尽蔵のそれを汲み上げていた。
手にしたブラスターライフル……。
アスル王から賜ったそれは、確かに強力無比な武器であるが、新種の魔物たちには明らかに効いていない。
確かに生じた恐怖を勇気によって打ち消した男たちは、それにより広がった視野と発想力で冷静にその事実を受け止めた。
ゆえに、射撃を止め、腰の銃剣を引き抜く。
望めば誰にも支給されるものの、結局、貴族出身の兵ばかりが腰から下げることになったそれは、かつて相棒としていた騎士剣に比べるといかにも貧弱な造りをしていた。
しかしながら、その実態は異なる。
ひとたび起動させれば、刀身は目に見えぬほどの微細な振動を発し……。
その状態で切りつけたならば、鉄の棒であっても枝切れのごとく簡単に両断できるのだ。
しかも、これはその名の通りライフルの銃口下部へ取り付けることで、簡易な槍とすることができるのである。
げに恐るべき武器……。
しかしながら、これまで遠距離から一方的に魔物を制圧してきたことから使用はされておらず、また、そもそも扱うには長年の訓練が必要となる武器……。
騎士たちにとっては、ブラスターよりもよほど馴染みやすく、十全に扱える武器だ。
「着け剣っ!」
それを、班長として任命された年長の騎士に従いライフルへ装着する。
かつて手にした槍に比べれば勝手は異なるが、それを苦にする騎士たちではない。
槍として生まれ変わったライフルを手にし、それぞれが見事な構えを取ってみせた。
一方、連なった土嚢壁の他部分では、平民出身の兵たちが狂ったようにビームを発射し続けており……。
それを逃れた魔物たちが、自然とここへ向けて一点集中し、突撃を試みている。
――望むところ!
「騎士の矜持を見せよっ!」
――おうっ!
他から突出する形で駆け抜けてきた、一匹の魔物……。
恐るべき脚力で土嚢壁を飛び越え、その牙でこちらに噛みつこうとしてきたそやつへ、騎士の一人が槍を突き出す。
流れるような動作で繰り出された一撃は、大開きにされた魔物の口腔へするりと飛び込んでいき……。
見事、そのまま脳天を貫き、頭部を串刺しにした。
「――むうううううんっ!」
返り討ちにしたとはいえ、馬すら凌駕する速度の突進は恐るべき衝撃である。
しかし、見事な一番槍を果たした騎士は歯を食いしばりながらこれに耐え、躯と化した魔物を蹴り捨てた。
――おおおおおっ!
その姿に、騎士たちのみならず、これを見守る形となった土嚢壁の兵全てが賞賛の叫びを上げる。
古代の技術によって生み出された刃物と、騎士の武技……。
かけ合わさることの効果は――大なり!
「――――――――――ッ!」
最初の一匹がやられた事実にも動じることなく、新種の魔物たちが次から次へと押し寄せてくる。
だが、それがどうしたというのか?
確かに、走る速さといい、跳躍力といい、脚力に関しては目を見張るものがあるだろう。
また、ビームを無効化可能な装甲を獲得したことに関しては、敵もさるものといわざるを得まい。
しかし、それだけだ。
四足獣の特質を備えた魔物というのは、騎士にとって戦い慣れた敵である。
いかに脚力があろうと、飛びかかり、その牙や爪で襲いかかるしか能がないというならば、それは、今まで屠ってきた相手の延長でしかなかった。
そして、拘束振動するこの刃は、かねてからの説明通り、対象の強度など無関係に切り裂くことが可能なのだ。
ならば、恐れる必要がどこにあろうか……?
幼き頃から積み重ねてきた、訓練通りに……。
あるいは、騎士叙勲を受けてから経験してきた実戦通りに……。
ただ、突き、払い、葬り去るのみ!
「おおおおおっ!」
騎士たちが槍と化したライフルを振るい、勇敢に魔物らへ立ち向かう。
群れを構成する全個体がこの箇所へ集結したこともあり、数の上では圧倒的に不利ではあるが……。
一つ一つ、苦労し積み上げた土嚢壁の強靭さと、そもそも前の魔物が邪魔となるため一度に攻め寄せられる数に限りがあることから、どうにかこれを押し留めることに成功した。
「――ぐうっ!?」
「――おおっ!?」
それでも、数が数だ。
騎士たちの中には、噛みつかれ押し倒される者や、その爪で深々と切り裂かれおびただしい出血をする者が続出する。
また、中には敵の群れへ引きずり込まれ、無数の牙によって命を落とす者の姿も見られた。
「ひるむなっ!」
「おおっ!」
しかし、それでも彼らはひるまない。
着剣したライフルを己が手足のごとく操り、自分たちが受けた以上の損害を魔物に与え続ける。
足を止めてしまったことから、新種の魔物らは持ち味である突撃力を完全に殺されており、土嚢壁の前で押し合いへし合いをする形になっていた。
これはすなわち――挟撃に持ち込む好機!
「お、俺もいくぞ!」
誰が最初にその声を発したか……。
農民出身の兵が、壁の内側に転がっていたスコップを手にしながらそう叫ぶ。
「ああ!」
「騎士様たちをお助けするぞ!」
それに呼応した者たちが、次々とライフルを捨てスコップに持ち替えた。
銃剣を腰に下げている者こそ少数派であったが、何かと使うスコップは十分な数が用意されており、土嚢壁の内側へ無造作に転がされている。
そして、人工大河工事にも用いられているこの土木用具は、銃剣と同様刃先が拘束振動する仕組みとなっており、いざという時は十分な殺傷力を持つ凶器に生まれ変わるのだ。
工事現場で使われているそれとちがい、生き物に触れた際の安全装置が取り付けられていないのは、こういった事態を見越してのことなのである。
「行け行け行け行け行け!」
「おおおおおおっ!」
スコップを手にした兵たちが、あえて土嚢壁から飛び出し、魔物へ向けての最短経路を直進した。
それも、一方からのみではない……。
騎士たちが守っている箇所で押し合いをする魔物らを挟み込む形で、両面から押し寄せたのだ。
囲い込み、挟み込むというのは、いかなる戦場にも共通した必勝形である。
騎士たちに押し留められ、両面から挟撃される形になったことへ魔物たちが気づいた時にはすでに遅く……。
恐るべき能力を獲得した魔物たちは、古来より続いてきた戦の形をなぞるようにして、殲滅されたのであった。
「勝ったぞ!」
――うおおおおおっ!
血風舞う戦場の中で、勝ち鬨が湧き起こる。
足元に転がっているのは、魔物らの死体と、倒れた兵たちの死体……。
そして、勝利し生き残った兵たちにも手傷を負った者の姿が散見された。
そう……。
古来より続いたそれをなぞるようにした勝ち戦は、損害の大きさにおいてもまた、かつてのそれをなぞったのである。




