新種 中編
正統ロンバルドの兵に支給されている双眼鏡は、単なる遠眼鏡ではなく、様々な機能を付加された高性能ツールである。
ロックした対象との距離や、その速度、体温などを判別することが可能であり……。
しかも、左右それぞれに分割が可能で、その状態ならライフルにスコープとして装着できるのだ。
各まとめ役が所持する携帯端末から鳴り響いた、魔物襲来のアラーム……。
それから、待つことしばし、土嚢壁に張り付いてその双眼鏡を覗き込んでいた兵たちが、驚きの声を上げた。
「数は少ないが……速い!」
「馬並みか……?
いや、もっと脚が速いんじゃないか!?」
「それに、なんだあの姿は!?」
あらかじめ、これまでにない新種であると警告はされていたが……。
想像を上回る怪奇な姿に、それぞれが驚きの声を放つ。
双眼鏡の中で、捉えた魔物……。
それは、およそ生物とは思えぬ存在であった。
全体的なシルエットは、犬や狼に似ている。
しかし、その体長は一メートルを優に越えており、細長くすらりとした体型は、肉食獣の理想を突き詰めたかのようであった。
特徴的なのは、その体表だ。
まるで、鎧のような……。
黒々とした、いかにも硬質なそれが、頭頂から尾の先端に至るまで隙間なく覆っているのである。
その動きは――速い。
群れを成し、地平線の向こうから猛烈な勢いで駆けてくる速度は、モヒカンや修羅が扱うバイクにも引けを取らなかった。
先日まで、人間に襲撃をかけてきた魔物らに比べ、その数は明らかに少ない。
おそらくは、三分の一……。
もしかしたら、二割にも満たないかも知れない。
しかし、驚異としての度合いでは比べ物にならないことが、一見して察知できる。
「動揺するな!
おれたちがするべきことは、何も変わらない!」
うろたえる兵たちに対し、まとめ役である年かさの兵がそう怒鳴った。
そのおかげで、農村出身の若者たちはどうにか兵士として立ち直れたのである。
「そうだ! 見た目がちがうくらいで、なんだってんだ!」
「ハチの巣にしてやるぜ!」
「やってやる! やってやるぞ!」
それぞれが、自分なりに気合いを入れた。
その姿へ満足気にうなずいた年かさの兵は、自らもブラスターライフルを手にし、土嚢壁へ身を乗り出す。
「構え!」
まとめ役の言葉へ迅速に応じ、班へ所属する全ての兵が同じように身を乗り出し、ライフルを構えた。
戦士の平原と呼ばれる、ハーキン辺境伯領の訓練地で行った訓練……。
そして、ここでの度重なる実戦により、それらの動作は反射として刻み込まれていた。
「照準器装着!」
兵たちが、先ほどまで覗き込んでいた双眼鏡を素早く分割し、その片割れをライフルに装着する。
これで、ブラスターライフルは最大射程での射撃が可能となった。
新種魔物群と、こちらが身を隠す土嚢壁……。
彼我の距離が、みるみると縮まっていく……。
覗いたスコープ右上に表示された目標との距離が、最大射程に達する寸前、年かさの兵は叫んだ。
「打ちいいい方あっ! 始め!」
――ピュン!
――ピュン! ピュン!
……どこか気の抜けた音と共に、ライフルの銃口から光条が放たれる。
しかし、この音こそは死を告げる合図であり、魔物へ迫る光は、恐るべき威力を秘めた超高熱の矢なのだ。
しかも、それがこの班のみならず、土嚢壁へ配された各班の兵から無数に放たれているのである。
「やはり、速い!」
「だが、この弾幕なら!」
攻撃の気配を察知したか……。
新種の魔物たちは撃たれる寸前、機敏に動きを変えることで回避を試みたが、撃たれた光条の数が数だ。
全てをよけることなどできず、何発もの光線がその身に直撃する。
直撃して、しかし、撃ち抜くことはなかった。
「効かないのかっ!?」
「嘘だろっ!?」
その様を見た兵たちが、うろたえる。
放たれた光条の内、いくつかは確かに新種の魔物へ直撃した。
しかし、それは漆黒の甲殻を貫通することあたわず……。
魔物たちは、依然としてこちらへと迫り来ているのである。
いや、これはただ接近してきているだけではない……。
「足を速めた!?」
「まだ全力じゃなかったのか!?」
そう……。
新種の魔物たちは、ここへきて更なる加速をしてみせたのだ。
狩猟生物というものは、おうおうにして持久力へ欠けるものであるが、そのような法則はこやつらに通用しない。
「う、撃てえいっ!
撃ち続けろっ!」
年かさの兵に従い、班員全てが懸命な射撃を続ける。
放たれた光線は、立て続けに魔物へ命中したが……。
これを仕留めるどころか、足を緩めさせることすらかなわない。
ブラスターの光にできたことといえば、魔物らの甲殻を赤熱化させることだけだ。
「あいつらの着てる殻が、ビームを飲み込んじまってるのか!?」
「そんなこと、あり得るのかよ!?」
「そうじゃなきゃ、説明できないだろっ!」
吸収……。
そう、吸収だ。
新種の魔物がまとう甲殻は、ブラスターの熱光線を吸収・無力化し、その下へ存在する筋肉や臓器を守り抜いているのだ。
「う、うあ……」
「うわあああああっ!?」
――恐怖。
久方ぶりに湧き起こった感情で、兵たちが声にならぬ声を上げる。
これまで、魔物に対し絶対的な優位を与えてくれていたブラスターライフル……。
それが、カスリ傷ひとつ与えられないという事実は、兵士を農夫へ戻すのに十分な衝撃だったのだ。
「くそっ! くそうっ!」
「効かないっ! 効かないっ!」
――ピュン!
――ピュン! ピュン!
無駄であることを悟りつつも、恐慌し引き金を引き続ける。
そのような精神状態では、当たるものも当たらず、高い命中精度を誇るはずのブラスターライフルから放たれた光は、あらぬ方へ飛び続けた。
そして、わずかに命中した光線は、魔物の甲殻に吸収され、いささかの痛痒も与えられずに終わるのだ。
魔物たちが、もはやスコープなど必要としない距離まで迫る。
これまでは閉じられていた口腔が、大きく開かれた。
そこにズラリと並んだ凶悪な牙と、四肢の末端に備えられた鋭い爪は、死を想起させるのに十分な迫力だ。
ただ、魔物たちが迫り来るのはこちらの方ではない……。
連なった土嚢壁で、平民出身の兵たちが狂ったようにブラスターを乱射する中……。
なぜか、射撃を中断している箇所があった。
いかに無効化できるとはいえ、魔物にとってもブラスターの光は積極的に喰らいたいものではないのだろう。
新種の魔物たちは、自然、弾幕の薄いその箇所へ集中的に押し寄せていたのである。
その地点を守っていたのは……。
「着け剣っ!」
そこから放たれた言葉は、混乱する戦場の中で不思議とよく響いた。
見れば、射撃を止めていたそこの兵たちは次々と腰から銃剣を引き抜き……。
これをライフルに装着させ、槍として完成させていたのである。
彼らこそは……。
「騎士だ……」
「騎士様たちだ」
そう、かつてここ中央部を治め、守護してきた貴族家当主たちだったのだ。
今の彼らは、自分たちと同じ綿製の軍服に身を包んでいるが、その姿に、かつて憧れた白銀の鎧姿が重なって見えた。
「騎士の矜持を見せよっ!」
――おうっ!
兵たちの……いや、騎士たちのかけ声が、戦場に響き渡る。
生まれながらにその責を課された、生粋の守護者たち……。
今、まさに本領が発揮されようとしていた。




