深海からの脅威
深海巨大症という言葉がある。
これは、浅い海域に生息する近縁種よりも深海生物が巨大化することを指した言葉であり、元来、生きるのには適さないような環境であっても、どうにかそれへ適応してみせようという生物のしたたかさが感じられる用語であった。
それにしても、だ……。
『この生体反応は、大きすぎる!
魔物……それも、特級魔獣であると断定し、駆除行動へ移行する!』
トクのセンサーが感じた生体反応の全長は、実に五十メートルを超えている。
太古の時代、地球に生息したという恐竜であっても、これほどの巨体を誇っていたと推測される化石は発見されていない。
明らかに、通常の生物法則を外れた存在……。
しかも、エサにもならぬ採掘設備を攻撃しているのだ。
魔物――その中でもとりわけ強力な、特級魔獣として分類しているそれと見て、間違いはあるまい。
ならば――なすべきことはひとつ!
『ストライク・ミサイル!』
ためらうことなく、保有する最大の火力――両肩のストライク・ミサイルを二基とも撃ち放つ。
現在襲撃されているメタンハイドレートの採掘設備も、諸共に破壊してしまうことになるが……。
造り直せばいいそれを惜しむのは愚の骨頂であると、トクの搭載する人工頭脳は判断していた。
猛烈な爆音が音響センサーを乱れさせ、爆煙が周囲を包み込む。
『――やったか!?』
海底に着地し、その様を額のライトで照射しながら、トクはそうつぶやいた。
……しかし。
『――うおおっ!?』
爆煙の中から飛び出してきたそれに対し、黄色の巨人が素早く回避行動を取る。
その動きは、ドン重にも見える外観とは裏腹な素早いものであり……。
水中を立体的に動き回る姿は、先ほどまでたわむれていたイルカたちも舌を巻くであろうというものであった。
そんな彼に対し、謎の影は追尾の手をゆるめない。
ライトに照らされた姿を見れば、それが細長く、長大な首であると見て取れる。
深海へ適応しているためであろうか? その両目は、極めて大きく……。
大きく開かれた口腔に並ぶ牙は、実に凶悪で、しかも、超高速で微細な振動をしているのが感知できた。
そんな首が、都合三つもトクに対し迫り来ているのだ。
『首がいくつもあるとは、ヤマタノオロチみたいなやつだな!
しかも、牙が高速振動してやがる! あれで噛まれたら、レゾニウム合金製の装甲でもひとたまりもないぜ!』
右へ左へ……。
さらには、上へ下へと複雑な動きを織り交ぜることで、噛みつこうとする三つの牙を回避しながらそう毒づく。
実際、特級魔獣は兄弟機であるカミヤやキートンと交戦した際、損傷を与えており、それを思えば無策で攻撃を受ける選択肢など存在しなかった。
『イイ気になるなよ!』
しかし、いつまでも回避に専念する必要はない。
今のトクは、単なる惑星開発モジュールではなく……。
ミサイルを使い切った今でも、両手には凶悪極まりない火砲を携えているのだ。
『うおおっ!』
その火砲――両手に構えたマシンガンを、同時に撃ち放つ。
特殊弾頭を使用したそれは、水中であっても威力が減じることはなく……。
至近距離から直撃させれば『マミヤ』の装甲であってもタダでは済まない銃撃が、迫りくる首たちを的確に貫いた。
「――――――――――ッ!?」
断末魔でも上げたかったのか……。
声にならぬ声を漏らし、ごぼごぼと気泡を漏らした穴だらけの首たちが、力なく海底へと落ちていく。
躯と化した三つの首から血の筋が立ち昇るのと、先のミサイルによる爆煙が晴れたのはほぼ同時のことである。
『……こいつが本体か』
再び海底に着地したトクが、油断なくそれをライトで照らしながらそうつぶやいた。
煙も晴れ、ライトで照らされることにより、ついに全貌を表したその生物……。
それは、トクが口にした通り、空想上の生物――ヤマタノオロチを連想させる魔獣である。
もっとも、爬虫類の特徴を持つかの空想生物と比べると、こちらが類似しているのはタコなどの頭足類だ。
ぶよぶよとして、骨の存在が感じられないクラゲのごとき肉塊……。
そこから、八本ばかりの首が生えているのである。
もっとも、最初のミサイルによる攻撃と、その後のマシンガンによる射撃で、本体部の半分ほどは無惨に削られ、残る首も一本だけで、後は中途からねじ切られるか、射撃により穴だらけとなっていたが……。
『どうやら、勝負アリのようだな』
油断なく両手のマシンガンを構えつつも、勝利を確信しそううそぶく。
通常の生物ならば、諦めて身を横たえるか、あるいはわずかな生存の可能性にかけて逃走を図っただろう。
しかし、こやつら魔物にそのような思考……あるいは、本能は存在しない。
ただ、人類を……。
あるいは、その創造物を破壊し、蹂躙する……。
脚の一本、牙のひとつでも動く限り……。
魔物というのは、外宇宙から入植し自らを造り変えんとする人類に対し惑星が生み出したカウンターであり、その意味において、彼らは有機生命体でありながら自分たち以上にマシーンめいた存在なのだ。
その証拠に……。
眼前の特級魔獣もまた、過半が消し飛んだぶよぶよの本体をヒレのごとく動かし、残る唯一の首でこちらにかじりつかんと牙を剥いていた。
『……今、楽にしてやる』
その姿に、どうしようもない痛々しさとむなしさを感じながら、二丁のマシンガンを撃ち放つ。
二つの銃口から放たれた、三点射……。
それで十分と判断した射撃は、狙い過たず六発とも本体部へ直撃し……。
新たに六つの銃創を増やした特級魔獣は、それでさすがに動かなくなった。
『さて、死体を引き上げてやらなくちゃな……。
あるいは、このまま置き去りにして、深海生物の貴重な栄養源になってもらうか……』
死体を持ち帰り、生体資源として活用するか、この個体を生み出すため傷つけられたであろう生態系の回復に当てるかで、しばし人工頭脳を悩ます。
しかし、それは少々気の早い行為であったかもしれない。
なぜならば、付近に配置したセンサー網の無事な部分と、自身も備えたセンサーが同種の反応を――しかも複数感知したからだ。
『おいおい、マジか……!?』
見たものをありのまま受け入れるロボットでありながら、思わずそうつぶやく。
たった今、倒した魔獣と同種の個体……。
傷ひとつない、完全なそれが何体も群れを成し、こちらに迫り来ていた。
『……やるしかないか!』
『マミヤ』の誇る三大人型モジュールの一機が、マシンガンを構え直しながら気合いの叫びを上げる。
その額から照射されるライトが、本日二体目の魔獣を照らし出した。




