銀河演説伝説 後編
ウロネスほどの大都市ともなれば、神殿前の広場はそれなりの規模を有するものであり……。
行進を終えた正統ロンバルドの軍勢が集結地点として選んだのは、そこであった。
歩兵、騎兵、魔術兵、そして――タフボーイ。
それぞれ、徒歩であったり馬やバイクに騎乗していたりであるが、ともかく、それらが一堂に会する様は壮観の一言である。
彼らが正面に迎えた神殿の窓からは、撮影スタッフのカメラが覗き込んでおり、実はここまでの行進も各所に設置されたそれが撮影と生放送を行っていた。
そんな神殿を、背後にし……。
自らの軍勢と向き合う形で、アスル王を乗せた玉座バイクが停車する。
王はいまだ脚を組み、頬杖をついた状態でしばらく己の兵たちを眺めていたが……。
やがて、満足したようにうなずくと、その場で立ち上がった。
「諸君! 我が兵たち! 我が臣民たちよ!」
王たる者へ求められる資質のひとつに、豊かな声量というものがある。
そこへいくと、広場中へ朗々とした声を響かせるアスル王のそれは、まず及第点と見ていいだろう。
「現在、我々は窮地へ陥っている!
――なぜだ!?」
問いかけるも、応ずる者はいない。
しかし、それを気にしない王の右腕が高々と掲げられた。
「それは、旧王家が無知蒙昧だからである!」
堂々たる、父王と兄王子たちへ向けた批判の言葉……。
旧ロンバルド王国の貴族がこれを口にしたならば、ただちに進退窮まることであろう。
しかし、アスル王はそれを当然のこととして言ってのけた。
「邪悪な魔物共は未曾有の大発生を続けており、我らはそれに対処するため様々な苦痛を強いられている!
旧王家は、愚劣にもそのスキを突かんとし、虎視眈々と牙を研いでいるのだ!」
王の言葉へ応じる者はなく、ただしんとした静寂が広場を支配する。
今日、ここで行進を行っているのは選び抜かれた一部の者に過ぎず、多くの兵は前線で魔物と戦い、また、旧王家との戦に備えていることを、遠巻きに眺める群衆も承知していた。
「だが! 私は退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!
我ら正統ロンバルドに、逃走はないのだ!」
そこで王は、眼下で整列する兵たちに目を向ける。
そして、その後、遠巻きに眺める群衆へ両手を広げて見せた。
「見よ! この場に集いし精鋭たちを!
この威容! 頼もしさ! 彼らを擁する我ら正統ロンバルドに、恐れるものなど何もない!」
――ワッ!
ここへきて初めて、群衆からの反応が起きる。
誰もが手を掲げ……。
喉も枯れんばかりに声を張り上げる……。
先の行進時に見せた熱狂が、蘇ったかのようであった。
「この力さえあれば、魔物も旧王家の軍勢も恐るるに足らぬ!
――あえて言おう! カスであると!」
――ワッ!
またも巻き起こる歓声。
自らも属していた王家が率いる軍勢を、あえて強い言葉でののしる。
民衆というものは、ことに現在のような危機的状況においては強いリーダーを求めるものであり、王の言葉と姿勢はそれを体現したものであったのだ。
「食う者と食われる者、そのおこぼれを狙う者……。
牙を持たぬ者が生きてゆかれぬ今は、暴力の時代である!
ロンバルドでは今、あらゆる悪徳が武装している!
諸君らには、私と地獄に付き合ってもらおう!」
――ワッ!
自分たちの代表ともいえる国民軍を挟み……。
群衆たちが、王の言葉へ力強く答える。
これから先の戦いは――総力戦だ。
誰も、知らぬ存ぜぬで通すことはできない……。
王や貴族へ任せきりにするのではなく、自らもまた、後方からこれへ関わる覚悟を人々は固めていた……。
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――ワーッ!
――ワーッ!
ふ……決まった!
水ぶっかけたらお湯になるんじゃないかというくらい、熱の高まった群衆を見やりながら、俺は内心ほくそ笑んだ。
今回の、軍事行進……。
ウロネスに始まり、その後、キオ、ザナク、ベッヘといった味方側の各大都市でも行う予定のこれが目標としているのは、民衆の戦意高揚である。
もちろん、テレビを通じていちいち生放送してはいるが……。
自分の目で直接これを見て、空気へ触れるのと触れないのとでは大きな差がある。
また、各行進ごとにある程度メンバーを入れ替える予定の兵たちにとっても、自分を応援する民たちの熱気に直接当たるというのは、士気を保つ上で大きな効果があるはずだ。
実際、こうやって歓声を浴びてる俺は非常にイイ気分である!
特製玉座カーの上で満足げに手を振っていると、予定通り、神殿へ設置しておいたスピーカーからイヴの放送が流れ始めた。
『さて、前座であるアスル王の演説が終わったところで、この後は神殿内の大ホールにて新感覚覇王系アイドルオーガちゃんの特設ステージが開始されます』
へ? 前座?
あまりにもあんまりな扱いに、やや動揺する俺(王様)であったが……。
――ウオオオオオッ!
先の歓声などウォーミングアップに過ぎなかった言わんばかりの迫力で、人々が力強く声を張り上げる――君ら、そのペンライトとかサイリウムどこに持ってたの?
変化が起きたのは、一般市民の皆さんのみではない……。
――ウオオオオオッ!
整列していた兵たちもまた、どこからともなく応援グッズを取り出し……。
タフボーイ共は、魔法のごとき鮮やかさで地味な髪型と服装に変じていた。
「どけどけー!」
「俺だ! 俺が限定グッズ買うんだ!」
そして、彼らが一斉に神殿へ向かい始める。
いつの間に、用意したのだろうか?
そこには――イヴツー指揮の下設置された、オーガちゃん限定グッズ販売会場が!
ちなみにだが、暴徒と化した彼らとウロネス神殿とを結ぶ直線上には、俺を乗せた玉座カーが存在しており……。
「王様乗っけてる場合じゃねえ!」
前座席で運転手を勤めていたモヒカンは限界オタクへ華麗な転身を果たし、無情にも持ち場を放棄していた……。
――ドドドドドッ!
「ちょっ! 待っ! 落ち着いて! 物を売るってレベルじゃねえ!」
玉座カーの上で静止しようとする俺の声は、限定グッズに釣られ目を血走らせる彼らの耳に――届かない!
邪魔な障害物と見なされた玉座カーは、上にいる俺ごと押し倒され……。
「ぐえっ!? ぐえ!?
ーーぐえええええっ!?」
無様に地面へ倒れた俺は、玉座カーの下敷きこそ免れたものの、オーガちゃんファンたちの足で次々と踏みつけられる。
そんなわけで、神殿前の広場には誰もいなくなり……。
「誰か……俺の分もグッズ買っといて……」
つぶれたカエルのようなポーズで倒れる俺は、ちゃっかり難を逃れたベルク辺りへ希望をつなぐのだった……。
余談だが、代理購入はNGだった。




