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銀河演説伝説 前編

 ハーキン辺境伯領の領都ウロネスといえば、ロンバルドにおいて一、二を争う交易都市であるが、同じく交易で栄えるラフィン侯爵家の領都ミサンと比べると、交易の内容はやや異なる。


 ウロネスの強みといえば、なんといっても海を有することであり、イルナ河を通じて運ばれてきた良質な木材の数々は、歴代辺境伯が整備してきた港を使い、王都フィングへと海上輸送にて運ばれていたものだ。

 ならば、旧ロンバルド王家と決別した現在は閑古鳥が鳴いているのかというと、そのようなことはない。


 正統ロンバルドが、旧『死の大地』海岸地帯に設けた海中及び海岸基地……。

 そして、これは一般報道されていないが、再興しつつあるラトラ獣人国の各地に存在する貿易港……。

 そういった場所が、新たな交易先として活躍していたのである。


 前者においては、常に人材不足へ悩まされている正統ロンバルドであるから、ここで活躍するのはウロネスで生まれ育った海の男たちであった。

 要するに、(なか)ばウロネスの兄弟都市として開発されつつあるのであり、ラトラの都とウロネスを結ぶ中継地点として、今後も重要な役割を果たすと見込まれているのである。


 ラトラ獣人国に関しては、同国復興の支援事業において、海上交易が持つ役割は非常に大きい。

 正統ロンバルドの王都ビルクとラトラの都郊外には、地下リニア線が設けられているものの、それだけで運び込める物資の量には限りがあるし、そもそも、いざラトラの都に到着しても、そこから牛馬で運ばれるのではあまりに迂遠(うえん)である。

 大陸北東部の海岸沿いに細長い領土を有する獣人国との物流においては、現状、海上交易こそが最も適しているのだ。


 この海上輸送網を実現したのは、『マミヤ』の古代技術によって造られたガレー専用外付けスクリューキットと、トクによる各寄港地と航路の整備である。

 かつて、人力で(かい)を回すことにより海上を進んでいた船は、石油や石炭の力によって、倍以上の速度と力強さを獲得し……。

 『マミヤ』が誇る三大人型モジュールの中でも、海を(つかさど)るトクによって整備された各寄港地は、大型船であっても問題なく受け入れ可能な岸壁(がんぺき)と水深を獲得するに至っていた。


 さて、交易であるからには、必要となるのが商材だ。

 かつて、ウロネスから運び出されていたのは木材であるが、今は少々毛色が異なる。


 現在、ラトラ獣人国は復興支援の意味もあって強力に工業化を推し進められており、それに必要な資材を運び込むのがウロネス及び正統ロンバルド側発船舶の役割なのだ。


 その工業化は、魔物が大発生していないこともあり、極めて順調に進展している。

 すでに、少数ではあるがブラスターや車両の生産も行われており、私財を運び込んだ船舶はそういった品を積み込んで帰って来るのである。


 ――新しい時代をもたらす。


 これは、アスル・ロンバルドが当初から掲げてきた大目標であるが、ここウロネスはひと足先にその時代へ足を踏み入れていると見てよいだろう。

 人より、物……。

 昔からこの地に根付いてきた力学は今だ生きつつも、少しずつその形を変え、人々にもたらす豊かさを増しているのだ。


 そんなウロネスであるが、今日ばかりは物の往来よりも人を優先する形となっていた。

 それも、ただの人ではない……。

 兵隊たちの、列である。


 旧来のそれに比べて特徴的なのは、全員が同じ意匠の装束に身を包んでいることだろう。

 旧ロンバルド時代の騎士や兵たちは、各人の好みや台所事情により、どうしても武具の形状や素材にちがいが生まれていた。

 それが、この軍では統一されている。


 ――軍服。


 彼らが身にまとう装束の、名であった。

 特徴的なのは、その名の通り軍内で統一された衣服であることだ。


 素材として用いられているのは、トロイアプロジェクトの施行以来各地で大増産された綿であり、土埃(つちぼこり)のごとき色合いに染められたそれは、いかにも頑丈そうな造りである。

 素材そのものが優れた耐久性を持つのも理由であるが、最も大きいのは女工たちがミシンでこれを仕上げていることだろう。

 縫製(ほうせい)の細かさといい、均一さといい、手縫いのそれとは比べ物にならないのだ。


 統一された装束の者たちが、ブラスターライフルを掲げつつ一糸乱れぬ動きで列を作り、ウロネスの目抜き通りを練り歩く光景……。

 これは、恐るべきことであった。


 徴兵が実施されているという旧ロンバルド王国側においてもそうだが、兵たちの装備をある程度のところまで用意してやるのは、領主として当然のことである。

 だが、それはある程度のところまでだ。


 そもそも、正統ロンバルドの生産力が異常なだけであり、通常、衣類や鎧といったものはそれだけで一つの財産として目される。

 ラフィン侯爵家ほどの大貴族ともなれば、保有する正規兵たちに同一の鎧を支給してもやれるが、それにしたって製造した各工房により多少の差異が存在するものだ。


 このように、完全な規格化がされた装備の兵たちを歩かせられるというのは、一つ軍としての統一感を与えるのみならず……それを実現するだけの生産力をも、無言で示しているのである。


 しかし、装備の方ばかり褒めてしまっていては、それに身を包む兵たちがかわいそうというものだろう。

 足を出す順番から、かかとを地に打ち付ける瞬間に至るまで……。

 全てが統一された兵たちの歩みは、これも支給されている頑丈な軍靴(ぐんか)を、楽器として打ち鳴らしているかのようである。


 ――ザ!


 ――ザ!


 ――ザ!


 ――ザ!


 大股で歩みを進めるその様は、ただ歩いているだけであるというのに、実に格好良く……。

 いざ、戦いとなったその時には、同じように一糸乱れぬ動きで各種の戦闘行動を取れるだろうという、練度の高さを直感させてくれた。


「いいぞー!」


「魔物や旧ロンバルドから、俺たちを守ってくれー!」


「正統ロンバルドばんざーい!」


 そんな彼らに対し、目抜き通りの両端から歓声を上げるのが、ウロネスに住まう辺境伯領の民たちである。

 ある者は、空手(からて)で……。

 またある者は、どこぞで仕立ててもらった正統ロンバルドの小さな国旗を手にしている……。

 それぞれ、応援の仕方こそちがいはあるが、共通しているのは目の前を歩く兵たちに抱いた誇りだ。


 『テレビ』を用いた事前の通達によれば、今、目の前を歩いているのは志願し兵となった者たちであり……。

 まさに、自分たち正統ロンバルドへ属する者たちの軍――国民軍と呼ぶべき存在なのである。


 騎士のように、最初から自分たちを守護する階級として生まれた者たちとはちがう……。

 徴兵され、兵として仕立て上げられた者たちともちがう……。

 自分たち民の中から、自発的に兵となることを選び、勇壮な姿を見せている彼らに共感と憧れを抱くのは、ごく当然の心理であった。


 ところで……。


「おい! あいつはエリックじゃないか!?」


「本当だ! 俺はあいつのおかげで一儲けできたんだ!」


「頼んだぞ! 魔物や敵兵も自慢の右(こぶし)で沈めちまえ!」


「エリック様ー!」


 兵たちの中に時たま、名指しで歓声や黄色い声を上げられている者たちが存在する。

 彼らは、正統ロンバルドが開催している賭博格闘『ロンバルド・ファイト』に闘士として出場した者たちであった。


 名を呼ばれた兵たちは、視線も動かさず無表情を貫きつつも……自然と頬が紅潮してしまっており……。

 それを見て、さらに歓声を強める民たちの姿を見れば、かの興行が思わぬ副次効果をもたらしているのだと知れる。


 ともかく――熱狂。


 熱狂が、ウロネスの街を包み込んでいた。

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