アスルの提案
光学迷彩により虚空へ溶け消えた『マミヤ』の姿に、エルフたちが腰を抜かしそうになる一幕を挟み……。
ウルカも加えた俺たち一行は、エルフたちの長――フォルシャの住まいだろう布張りの住居へと案内されていた。
いや、これを住居と表現するのは、少々語弊があろうか……。
三~四人暮らすのが精一杯だろう他の住居と異なり、こちらは総勢二十人ばかりが優に入れる広さの母屋に加え、いくつもの部屋が注ぎ足されている。
屋根や壁材の代わりとして使われている布も他より凝った装飾が施されており、住まいというもので権威を示すのは人間もエルフも変わらぬ文化なのだと思わされた。
長フォルシャを上座として車座を組んで絨毯の上に座り、出された冷茶を一口すする。
何これ――めっちゃ美味い!
ドクダミなど複数の香草薬草に、炒った雑穀を加えることで、苦みとさわやかさ……そしておそらくは薬効とを高い次元で兼ね備えている。
エルフから入る交易品と言えばビーバーの毛皮が有名であるが、これ、仕入れられれば売れるんじゃないかな?
……などと、脱線したことを考えていたら、長フォルシャを挟んだ逆側に座るエルフ少女が俺を睨み据えていることに気づいた。
彼女は、さっき俺が助けた娘である。
いかんせん、エルフなので実年齢は怪しいところだが……パッと見たところではウルカよりさらに年下、十一、十二くらいに思えた。
ひとつ確かなのは、この娘がいい目を持っているということ……。
明らかに、俺の抜き撃ちを捉えていたからな。
元より魔術で似たような技を修めていたこともあり、俺は早い段階でブラスターの扱い方に習熟していた。
これの早撃ちを目で捉えられるのは、仲間内じゃバンホーだけなので、少なくとも、目に関してのみはそのくらいの実力があるということだ。
長フォルシャの隣に座っていることを見ると、血族か……あるいはそれに準ずる高い地位なのかもしれない。
「娘がぶしつけな視線を向けて済まない。
エルフなので年かさかと疑ってるかもしれぬが、この子は見た目通りの年齢でね。
まだまだ、礼儀というものが身についていないのだ」
これは長というより、一人の父親としての顔だろう。
やわらかな笑みを浮かべながら、長フォルシャがそのように言い放つ。
「エンテ。そのような目を向けるものではない。
アスル殿たちは我らの窮地を救ってくれた恩人であり、また、お前個人にとっても命の恩人であるのだ。
まず、真っ先に言うべきことがあるだろう?」
「――ッ!?
別に! そんな奴に助けられなくてもオレは!?」
「エンテ」
「……分かったよ」
静かに諭され、一歩前の位置で姿勢を正したエンテが俺に向き直る。
「長フォルシャの子、エンテだ。
……さっきは、危ないところを助けて頂いてありがとーございましたー」
「礼を言われるほどのことではない。
そもそも、私が手を出さずともフォルシャ殿が仕留めていただろうからな」
「――はあ!?」
俺の言葉を聞いたエンテが、信じられないという顔で自分の父親を見やった。
なんだ、気づいてなかったのか……。
――あの時。
俺が抜くのとほぼ同時に、長フォルシャは魔術の構築を終えいつでも打ち放てる体勢になっていた。
自分の父親なんだから、腕前くらい把握していてもよさそうなものだが……いい目をしているのに曇り眼なのかもしれない。
「ふ、ふふ……。
エンテよ。まだまだお前は知らねばならぬこと、学ばねばならぬことが多いということだ」
あくまでおだやかな語り口の長フォルシャであるが、俺には分かる。
娘に実力を誇示できて、内心嬉しく思っているな。
幼い頃、俺に剣を教えてる時の父上がこんな感じだったのだ。
ああ、そうか……。
こないだ再会した祖父のそのまた祖父よりも年上であろうこの人は、父上と少し似ているのだ。
……ちょっと、寂しいな。
気持ちをごまかすために冷茶をすすっていると、長フォルシャがさてと本題を切り出した。
「まずは、あえて、あなたをただのアスル殿として扱うと宣言しておこう……。
――アスル殿。
先ほどのお手勢によるご加勢、かたじけない。
その上で、あつかましい願いを申し上げるが……。
更なるご助力をたまわること、可能か?」
「――無論」
少しばかり郷愁にひたっていた心を引き締め、間髪を入れずそう答える。
「我らの加勢は、我が友ベルクたっての願いによるもの。
また、魔物の大発生による被害は種族、住む場所を問わぬ共通の危機であり、これに引け目を感じる必要はいささかもありませぬ」
付け加えるなら、自治地区を形成しているとはいえ、彼らエルフも王国の仲間であり……俺が発見した『マミヤ』の恩恵を分け与えるべき存在であることに違いはない。
仮にベルクから頼まれなかったとしても、この窮地を知ったならば救いの手をさしのべていたことだろう。
……まあ、閉鎖的な暮らしなので秘密を守ってもらえそうだから、というのも大きいが。
装備を一新した状態での実戦経験も積みたかったしね。
「そのお言葉、感謝する」
長フォルシャが軽く頭を下げ、さしものエンテや他のエルフたちもそれに追従する。
しばらくそれを待ち、彼らの頭が上がった後にこちらも提案すべきことを切り出した。
「ただし、これだけは理解してもらわねばならぬのですが……。
先と同じ戦い方をしたとして、魔物らを撃滅することはかなわぬでしょう」
俺の言葉で、部屋の中を重苦しい沈黙が満たす。
まあ、全員そのことは分かっていただろうから、あらためて事実を突きつけた形だ。
バンホーたちが『タニシ』と名付け、今は背部のハードポイントへ背負うように装着しているフロートユニット……。
これとブラスターライフルとのかけ合わせは、絶大な威力を発揮した。
『マミヤ』の録画映像を携帯端末で早送りし確認したが、想像以上の戦果であったと言えよう。
が、足りない。
宿屋での遠隔作戦会議でも触れた通り、質の暴力で補うにしても限度というものがある。
何しろ、此度の大発生は地面を埋め尽くすほど屍に変えてなお、魔物方に十分な余力が残っているのだ。
これをくつがえすには、それこそキートンたちに出撃してもらうか、『マミヤ』に搭載された障害物破壊用の大口径ブラスターキャノンでも使うしかあるまい。
どちらの場合でも、森に消滅するくらいの被害を与えるので、エルフを救ったと言えるかは相当微妙であろう……。
キートンの力で森を復活させたところで、心象が悪すぎるのは先述の通りだしな。
というわけで、デカブツを使う案は却下だ。
ならば、残る策はただ一つ……。
バンホーたちが見せた質の暴力に、数の暴力をもかけ合わせるのである。
「ですので、提案があります。
……各々方にも、我らと同じ武具を使ってもらうのです」
俺はニヤリと笑いながら、エルフたちにそう切り出した。