防衛陣構築
――諸君! 我が愛すべきロンバルドの民たちよ!
――魔物の発生はいまだ止むことを知らず、我々は不本意ながら、生まれ育った地を捨て、一時別の地へ避難することを余儀なくされた。
――しかし、これが我らの敗北を意味するかと言えば、否! 断じて否である!
――魔物から故郷の地を取り戻すため、そして、愚劣にもこの機へ乗じて進行を企てる旧王家へ対抗するため、正統ロンバルドは広く君たちの参陣を求めている!
――立ち上がれ国民!
――その手にブラスターを握り、この窮地を乗り越えようではないか!
……『テレビ』を通じ連日放送されている、兵士募集の宣伝である。
画面の中で高々と手を掲げ、人々を鼓舞するアスル王の姿を見て、もはや狂気王子などと呼ぶ者はいまい。
そして、一連の宣伝がもたらした効果は絶大であった。
ある者は、己が手で故郷を取り戻すために……。
またある者は、古代技術の恩恵で一気に豊かとなった暮らしを守るために……。
実に多くの若者が兵士として名乗りを上げ、各地へ設けられた募集所の門を叩いたのである。
なのだが……。
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あの日の自分にひとつ忠告できるならば、こう言うだろう。
――兵士の仕事とは、戦うことではない。
――工作することなのだ。
……と。
モヒカンがトラックで運び込んできた木柵を組み立てながら、その志願兵はそんなことを考えていた。
『テレビ』で目にする兵士の戦う光景は、実に先鋭的で、格好良いものである。
ブラスターライフルと呼ばれる筒を用い、そこから放たれる光条でもって魔物を倒す。
兵士となることを志したのは、その格好良さに痺れた面も多分にあった。
しかし、実態はこうだ。
「なあ、俺たちって、いつまでこんな仕事するんだろうな?」
同じ作業に従事している兵士――同郷出身の若者――に話しかける。
「さあなあ。
予定しているっていう陣地が完成するまでじゃないか?」
すると、そいつはそんなことを言いながら設営中の陣地……ズラリと木柵が並ぶそれを見やった。
果たして、これを天上から見下ろしたならば、
――巨大な木製のヘビ。
の、ように見えたかもしれない。
使える者全てを動員して構築されているこの木柵群は、対旧ロンバルド王国を見据えた防衛陣である。
瞠目すべきは、その規模だ。
ロンバルド中央部の交易都市キオと、ラフィン侯爵領の領都ミサンとの間に存在する平原地帯……。
その全てを縦断する形で、木の柵がズラリと並べられているのである。
柵といっても、そこらの農村が魔物対策で設けているようなチャチな代物ではない。
高さといい、頑強さといい、これで四方を囲めば砦を名乗れるだろうというものであり……。
しかも、先端部は槍のごとく鋭利に削られているのだ。
それがこれだけ並んでいるというのは、ロンバルドにおいて最大の森林資源を誇るハーキン辺境伯領と、古代の工作技術が合わさることで可能となった荒業である。
ハーキン辺境伯領に設けられた工場で加工されたこの木柵は、すでに現地で組み合わせるだけで完成する状態となっており、工作速度を大いに早めることへ成功しているのだ。
とはいえ、地味で過酷な労働であることに変わりはないが……。
「大体、こんな木の柵なんて必要あるのかよ?
俺たちには、ブラスターがあるっていうのに」
「まあ、訓練で本当にちょっとだけ触っただけだけどな」
作業の邪魔となるため、各所へ設営された簡易な詰め所に預けっ放しのライフルを思い浮かべながら、そんなことを毒づき合う。
「あれさえあれば、剣や槍で武装した旧王国軍なんて――」
「――それはどうかな?」
二人の会話を遮ったのは、はるか頭上から降り注いだ声である。
「あ、あなたは……」
恐るべき巨体でありながら、気配も足音もなく接近したその人物? を見上げ、相方の志願兵が震える声でつぶやく。
その人物? を簡単に表すならば、
――直立二足歩行している巨大な馬。
……ということになる。要するに人物ではない。
その威容たるや、魔物より――遥かに魔物!
――草なんか食べません。好物は焼肉です。
そう言わんばかりの顔つきをしており、しかもなんか人間の言葉を操るのだ。
これなる馬の名は、ゴルフェラニ。
覇王の騎馬から、アイドルコンサートの前座、はたまた焼きそば屋台に至るまで……。
様々な仕事をこなせし、正統ロンバルド幹部の一頭である。
「予測可能な旧ロンバルド王国側の戦力に比べ、こちら側はあまりにも寡兵……。
何しろ、魔物への対応にも兵を取られるからな。
となれば、それなりの策が必要となる。
柵だけにな!」
――笑えばいいのだろうか?
相方と目を合わせ、無言の会話を交わした結果、とりあえずノーリアクションで通すことにした。
「さて、そうなると、最も警戒せねばならない敵の兵種はなんだと思う?」
巨馬はそう問いかけると、二人に向けてずずいと頭を下げてみせる。
さすがに、これは答えぬわけにはいかぬ――答えないと噛み殺されそう――と思い、勇気を出して口を開いた。
「やはり……騎士でしょうか?」
「そう! その通り!
より正確に言うならば、騎馬兵ということになる!」
頭を戻したゴルフェラニが、腕――というか前脚――を組みながらそう答える。
「騎兵の強さ……それは、ブラスターをもってしても侮りがたい。
ひとたび、接近を許してしまえば、その突撃力でもってこちらの陣は崩され、同士討ちを避けるためブラスターは利を失い、総崩れとなる恐れさえあるだろう。
馬というのは、それほどに強い生物なのだ」
――な、なんて説得力なんだ!
他ならぬ馬自身の言葉に、相方と目を交わし合う。
「ゆえに、この柵だ」
ゴルフェラニが、蹄で組み立て中の木柵を叩いた。
「馬というのは、立てられた物や尖った物に対して恐怖を抱く。
それは決して抗うことのかなわない、本能であり習性だ」
バン! バン! と、柵を叩きながらゴルフェラニが告げる。
――あなたは一切恐れてませんよね?
もはや相方と目を合わせずとも、共にそう考えているのが分かった。
しかし、それを口に出すことはしない――怖いから!
「ゆえに、こういった柵を……それもあえて蛇行させ、設ける。
湾曲を付けるのは、くぼんだそこに敵が入り込んだ際、四方から撃てるためだ」
――な、なるほど。
ガリガリと地面を削り、防衛陣全体の略図を描いた直立馬の言葉に思わずうなずく。これは素直に感心できた。
「一見すれば、地味で苦しい労働だ。
しかし、お前たちの働きがこちら側の勝利に直結するというわけだな」
「「はい!」」
相方と共に、元気よく返事する。
「分かってくれたか!
では、励んでくれ!」
そう言い残すと……。
奇怪なる巨大馬は背を向け、悠々とこの場を立ち去っていく。
おそらくは、同じように他の作業場所を見て回るのだろう。
その背に向けて、相方と共に敬礼しながら思う。
――しゃく然としねえ!




