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獣人国―レイド路線開通 後編

「――くしゅん!」


 年明けの日、真っ先に攻め落としたレイド領境(りょうきょう)の砦を取り潰す形で設けられた鉄道駅……。

 そのホームに立ち、ラトラ獣人国からやって来る貨物列車を待っていた皇国皇女ワム・ノイテビルク・ファインは、突然のくしゃみに見舞われていた。


「風邪ですか、ワム様?」


 いつも通り傍らに立つ、俗にダーク種とも呼ばれる小麦肌のエルフ女――腹心ヨナに問いかけられ、軽くかぶりを振る。


「いや、どうせ誰かが噂をしているのだろうさ……。

 何しろ、今日は記念すべき日! 我が祖国の未来が切り開かれる日だ!

 そして、皇国側でその窓口となったのが、このワム・ノイテビルク・ファインなのだからな!」


 特徴的な白金の髪を振り払いながら、かつての獣人国地方総督が誇らしげにそう言い放った。

 ギルモアを始めとする、魔法騎士団の者たちはその言葉へ素直に感銘を受けていたようであるが……。

 師であり、姉代わりでもある銀髪のダークエルフのみは、白い目を己に向けている。


「……まあ、ヨナの言いたいことは分かる。

 要するに、あたしの立場というものは正統ロンバルド商会ファイン皇国支店の支店長に過ぎぬのだからな」


 これから始まる式典のため集まった重鎮たちの前であるが、いや、そうであるからこそ、あえてあけすけにそう言い放つ。


「よろしいのですか?」


 これは、さしものヨナといえど予想外であったらしく……。

 背後でどよめく魔法騎士たちを尻目にしながら、そう主君に問いかけてきた。


「構わぬ!

 少しでも頭の回る者にとっては、自明のことだ。

 レイドを早期に解放せしめたのは、正統ロンバルドの支援あってこそ。

 また、レイド周辺地方を治める総督たちとの舌戦(ぜっせん)で優位に立てているのも、正統ロンバルドが背後にいるからこそだとな。

 むしろ、その自覚がないものは必要ない!」


 ワムの言葉に、赤い軍服に身を包んだ最精鋭の騎士たちがピシリと姿勢を正す。

 今これから告げるのは、今後の……ことによっては、数十年先までを含む行動指針であると理解したのだ。


「総督の中には、あたしと同じ血を半分引く者もいるのだがな……。

 皆、大人しいものだ。

 何しろ、昨年の冷害で食糧がない!」


「私たちが治めていた獣人国地方においても、雑穀の(たぐい)まで供出させねばならぬ有様でしたからね」


「うむ! そしてそれは、どの領地においても変わらぬ。

 今年の小麦は収穫期を迎えたが、あれほどの飢饉(ききん)から立ち直るには不十分であろうさ。

 ――そこで、獣人国とを結ぶこの路線だ」


 いまだ貨物列車の到着を待ちわびている(から)の線路を見やりながら、続ける。


「今まで、正統ロンバルドから獣人国まではここにいる者の何人かも体験した地下リニアで物資を運んでいた。

 が、そこから先は牛馬に頼らねばならず、一度に輸送できる物資の量も、その速度も限られていた。

 その状況が、今日この日をもって変わる!」


 腰のサーベルを引き抜き、銀製の刀身を遥か先……貨物列車が向かって来ているだろう方へ向けた。


「アスル陛下は、これまでと変わらぬ強力な物質的支援を約束してくれている。

 我が軍とレイドの民のみならず、周辺地域一帯の民が腹いっぱい食えるだけの食糧を始めとした物資が、大量にこの地へ集積される。

 まあ、そこから先は相変わらず牛馬の力に頼らねばならんがな」


 サーベルを鞘に戻し、整列する魔法騎士たちを見つめる。


「すでに、レイド解放の(いくさ)により、正統ロンバルド製の武具を用いた軍の強さは認知されている。

 そして今後、周辺の総督たちは正統ロンバルドに与することで享受できる豊かさをも知ることになるだろう!」


 そこまで告げ、一人一人の顔をじっくりと見やった。


「アスル陛下には……かの王には、我らに与えられるだけのものを与えてもらおう。

 しかし、我らはファインの民! 各地を併合し、その過程で様々な文化を吸収し、国を富ませてきた者たちだ!

 エサを待つ犬のようにただ与えられるだけではなく、その技術を己がものとする力がある!

 これから先は、正統ロンバルドの背を追う日々が続くだろう……。

 だが、その果てに我らは必ず追いつき、追い越すのだ!」


「――ははっ!」


 魔法騎士の先頭に立つギルモアが敬礼すると、他の者らも一糸乱れぬ動作でそれに続く。

 ワムはその光景を見て満足げにうなずき、ホームの端へと歩いた。

 物資の運搬を目的として築かれたホームは、大量の人夫が立ち働いても問題ない広さを有しており……。

 そうして距離を置けば、隣に付き従うヨナとの会話を盗み聞かれる心配はない。


「しかし、あの若き王もずいぶんと太っ腹なものです。

 あの巨人……キートンの力があるとはいえ、これほどの設備を作ってくれるとは」


「ふん、それは当然の話だ」


 鼻を鳴らしながら、副官の言葉にうなずく。


「国というものが成長するのに、独力では限界がある。

 一定以上のそれを望むならば、必ず朋友(ほうゆう)となる存在が必要だ。

 そして、その朋友(ほうゆう)にはある程度まで近しい力を身につけてもらわねばならん」


「大樹が大樹であるためには、土へと還り力を与えてくれる動物たちや、豊かな水源など……様々な要素が必要になるということですか」


「まさにそれだな。

 正統ロンバルドという木を成長させるために、あの王はある程度のところまで、我らを姫君のごとく丁重に扱うだろう。

 もっとも、あたしは正真正銘の姫君だがな!」


 冗談めかして言った後、ふと真面目な顔を作る。

 このような時、白金の髪を片手でいじるのはワムの癖であった。


「そして、そこに付け入るスキがある。

 正統ロンバルドにとって有益な……市場とでも言おうか。

 ファインを有益な市場へ成長させるため、どうしても技術の流出が必要となる。

 先ほどの話ではないが、我らはそれをありがたく頂戴し、己のものとしていき……そして最後には、出し抜くのだ」


「果たして、そう上手くいくでしょうか?」


「いくさ。

 必ず上手くいく」


 腹心の言葉に、これは絶対の自信を持ってうなずく。


「大樹がそびえるような場所に、木がポツンと一つだけというのはあり得ない。

 必ず、大なり小なり同じ恩恵を受ける木々が存在するものだ」


「ファインを、そうするわけですね?」


「おうさ」


 そこでふと、風が吹いてきたことに気づく。

 ラトラ獣人国側から流れてきたそれに乗って聞こえるのは、鋼鉄のレールをいくつもの車輪が踏み鳴らす音だ。


「まあ、かの国とはせいぜい友達でいよう」


 白金の髪から手を離し、つぶやく。


「まあ、国家にとっての友とは……。

 最後の最後、裏切るためにあるものだがな」


 主の言葉に、腹心たるダークエルフは静かにうなずくのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] >「まあ、国家にとっての友とは……。最後の最後、裏切るためにあるものだがな」 ・裏切ったとてそのまま無事に逃げ切れるとは限らない訳ですが。
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