獣人国―レイド路線開通 前編
かつて、アメリカ開拓時代において……。
大陸横断鉄道の開通というのは、とてつもない大事業であったと記録されている。
雄大なるロッキーの山中をツルハシやショベルで掘り抜く大変さは語るまでもなく、労働者たちは猛獣や先住民族の襲撃にも警戒する必要があった。
多くの死者や脱走者を出したとされるこの一大事業であるが、それだけの困難さを押してなお断行されたのは、鉄道というものがそれだけ強力な物流手段であるからだ。
事実、鉄道が流通革命を起こしたことにより、それまで地産地消の体制を取っていたアメリカ人は、各地で特定の産物だけを大量に生産する形へ移行する。
それにより物価が安くなり、国が豊かになったのである。
それにしても、当時その一大事業へ参加したアイルランド移民や中国人の人夫たちがこの光景を見たら、どう思うだろうか……。
地面は寸分の狂いもなく真っ平に慣らされており……。
本来ならば長い時をかけてくり抜かねばならぬはずの山中も、すでにそれが成されているばかりか、落盤や崩落などが起きぬよう徹底して補強されている……。
途中に存在した森や林も、果たして本当にそんなものがあったのかと疑うほど綺麗に切り開かれており、ばかりか、それによって伐採された木々は枝葉を切り落とされ、丸太の形となって各所へ集積されていた……。
獣人国とレイド王国の労働者たちがしたことといえば、その丸太を加工した枕木や正統ロンバルドから持ち込まれたレールの敷設作業のみである。
それも、重労働であることに変わりはないが……。
かつての開拓者たちが経験したものに比べれば、数十分の一……もしかしたならば、数百分の一以下の労働であるにちがいない。
『いやー、とうとうこの日を迎えたな。
やっぱり、何かが出来上がる光景ってのはいいもんだ』
その、立役者……。
『マミヤ』が誇る三大人型モジュールの一人――キートンが、ついに完成したそれを見下ろしながら感慨深げな声を漏らした。
彼のカメラが捉えているのは、獣人国側に設けられた駅のホームで、今か今かと開通式の時を待つ貨物列車である。
電動式のこの列車は、獣人国に設けられた発電所から引いてきた電線で充電されており……。
一度の充電で、獣人国―レイド間を三十回以上往復することが可能であった。
労働者たちに仕事を斡旋せねばならぬ関係上、工事が複雑になるパンタグラフなどは用いれなかったが、これならば問題にはなるまい。
「それもこれも、キートンさんのおかげですね」
貨物列車を挟んだ反対側、ホームの上に立つウルカが、バンホーたち配下を従えながらほほ笑みかけた。
「いやはや、これほどの大工事をほぼ独力で成し遂げ、そればかりが未熟な労働者たちの工事指導まで行ってくれるとは……。
百人力という言葉を用いても足りぬ働きぶり!」
『はっはっは!
まあ、陸の工事に関しちゃ、オレ様の独壇場だからな!
魔物との戦いがこう着状態になったおかげで、手も空いてたし!』
バンホーにそう言われると、ロボットの身でもまんざらではない気分になるものであり、胸を反らしながら笑い声を上げる。
『なんなら、レールの敷設工事まで全部やっちまってもよかったくらいだ!』
「もう……。
それをされては、仕事を求めている民が困ってしまいます。
皇国の……ワム女史にとっても、近隣の皇国総督と交渉を進める間、遊んでしまっている兵に仕事を与えたいわけですし」
ウルカの言葉は、後半部がやや固い口調であった。
ワム皇女は獣人国を支配していた総督であり、皇国は祖国を滅ぼした相手である。
それが必要なことであったとしても、支援するための鉄道を敷くというのは複雑な心境であるにちがいない。
何しろ、人間には感情があるのだ――自分たちと同じように。
『複雑かい、姫さん……?』
だから、そう尋ねてしまう。
単刀直入な聞き方になってしまうのは、ロボットだからではなく、キートンのパーソナリティゆえであった。
会話の機微を楽しむなどというのは、性分ではない。
「キートンさんはハッキリ聞きますね……」
苦笑いするウルカがそう不快そうでもないのは、そういった自分の気性を好ましく思ってくれているからだろう。
「確かに、なぜ皇国の人間を支援せねばならないのか……そういった想いがないと言えば、嘘になります」
線路を見下ろしながら、ウルカがつぶやく。
「何しろ、この路線で運ぶのは、食糧を始めとした軍需品の数々……。
それらは、ワム女史が皇国を統一するために用いられるのですから」
「拙者らの気持ちを端的に表すならば、皇国人同士の争いなど勝手にやらせておけということになりますな」
あるいは、皇国に対する恨みつらみはウルカ以上のものであろうバンホーが、鼻を鳴らしながら追随する。
「しかし、わたしはもはや、獣人国の姫君である以前にアスル様の妻……。
何事においても、正統ロンバルドの利益を優先して行動せねばなりません」
キツネのごとき獣耳をピンと立てながら、ウルカが決然とそう言い放つ。
まだまだ年若い少女に過ぎぬ改良種へ宿っているのは、為政者としての風格であった。
忘れてはならない……。
彼女は、マスター――アスル・ロンバルドが才覚に惚れ込んで求婚し、獣人国方面の差配を託した傑物であるのだ。
「この路線は、正統ロンバルドにとって必須……。
ファイン皇国を安定させ、正統ロンバルドが成長するための商売相手とするために……」
「そして何より、正統ロンバルドが真のロンバルドとなるための一戦……。
この大戦へ、勝利するためにですな」
バンホーが主君にうなずきかける。
侍大将の地位へ返り咲いた彼も、そのために日夜粉骨砕身の働きをしていると聞いていた。
何もこの爺さんは、バ美肉を楽しんでばかりの動画制作者ではないのだ。
『その計画はオレ様も聞いているけどさ……。
そんなに上手いこと、運ぶもんかね?
向こうにだって、都合ってものがあるだろ?』
キートンの問いかけに、ウルカが薄い笑みを浮かべてみせる。
「勝算は、十分であると思いますよ?
何しろ、ワム女史にとって正統ロンバルドは大事な後ろ盾……。
そこからせっつかれて、渋い顔をできるはずもありません。
むしろ、問題はどの程度の条件でそれを引き出すか……というところでしょう」
ウルカが片手を持ち上げると、配下のサムライ――確かタスケとかいう若者だ――が、うやうやしく扇子を差し出す。
彼女は受け取ったそれを優雅な所作で開き、口元を隠してみせた。
「まあ、そこはわたしの交渉能力次第、というところでしょうか……」
一流の職人によるだろう絵で、顔の過半は隠されていたが……。
その目は笑っておらず、どこまでも冷たい輝きを宿していた。
これには、鋼鉄のマシーンといえど女の恐ろしさを感じざるを得ず……。
普段は饒舌なキートンが、珍しく口を開くことはなく、ただ肩をすくめてみせたのである。




