アスルブラック編 後編
「はあああああ……っ!」
待ち疲れた俺たちが、ジュースでも取りに行くか真剣に検討し始めた頃……。
ようやくにも、『マミヤ』の船体全てを揺るがしていた振動は収まった。
「――はあっ!」
そして――ブラックの姿に変化が表れる!
一瞬、その瞳が怪しく輝いたかと思うと……。
次の瞬間には、俺と瓜二つだった頭髪が逆立ち、しかも、紫がかった桃色へと色彩を変じたのだ!
いや、それだけではない……。
まるで、燃え上がる炎のような……。
髪と同色の――オーラと称する他にない何かが、ブラックの全身を包み込んだのである。
「待たせて悪かったな……」
「いや、本当にな……」
「これが、俺のバトルフォームだ」
「バトルフォームて」
俺のツッコミなど意に介さず……。
バトルフォームとやらに変身を遂げたブラックが、不敵な笑みを浮かべてみせた。
「そうだな……お前たち流に言うなら、超ロンバルド人マゼンタといったところか」
「まず、超ロンバルド人という単語が初耳なんだけど?」
「さっきから、ごちゃごちゃとやかましい!
――かあっ!」
両腕を腰だめにしたブラックが、軽く気迫を入れたその時である。
無形の力がブラックから放たれ、俺の全身を貫いた!
「――じゅうえっ!?」
その力の、なんとすさまじいことだろうか……。
間抜けな叫びを上げながら吹き飛ばされた俺は、ビターンと壁に叩きつけられた!
「今のはなんだ!?」
「き、気合です!
ブラックは、気合だけでアスル様を吹き飛ばしたんです!」
そのままズルズルと床に滑り落ちる間、エンテとオーガが親切な解説を入れてくれる。
「クックック……。
まだまだ、俺のパワーはこんなもんじゃないぞ?」
「肯定。
エネルギー値を計測しましたが、あの超ロンバルド人マゼンタとやらは、『マミヤ』すら消滅させることが可能なパワーを備えています」
ますます笑みを深めるブラックを見ながら、イヴツーが分析結果を口にした。
「あいつを生み出したのって『マミヤ』だよな?
なんでまた、そんな力を与えたんだ? つーかよく与えられたな?」
「ノー。
ブラックのパワーは、完全に『マミヤ』の計算を上回っています」
「マジで!?」
いつの間にかこちらへ近寄っていたイヴの言葉に、驚愕の叫びを上げる。
「フ……それこそ、俺が真のアスル・ロンバルドである証……。
主人公というのは、常に計算の上を行くものということだ」
「な、なんだか知らんがすごい説得力だ……」
「そのパワーも不可解ですが、何より勝手に覚醒したことが不可解です。
ブラック、あなたは一体何をするつもりなのですか?」
ブラックの言葉へ震える主人公をよそに、イヴがこくりと首をかしげながらそう言った。
「ふん……知れたこと。
そこにいるまがい物を跡形もなく消し去り、気が触れていない俺による建国史を始めるのだ」
「いや、俺オリジナルうっ!
まがい物はそっち! そっち!」
「ごちゃごちゃやかましいと言っている!
――これでも喰らうがいい!」
言うや否や、ブラックが深く腰を落とし、開いた両手を合わせつつ腰にまで持っていく……。
「か……」
――ゴゴゴゴゴッ!
同時に、またもや振動が『マミヤ』を襲う!
変身した時以上の強烈な力がブラックから解き放たれ、しかもそれが両手の中へ収束しているのだ!
「め……」
その証拠に……見よ! ブラックの両手から、圧倒的な破壊力を直感させる光が溢れ出しているではないか!
「は……」
「あ……あ……」
こうなれば、俺たちは身を震わせながら怯えるしかない。
なぜならば、この状況……。
「め……」
――ブッブー!
――ブ! ブ! ブブー!
……間違いなく、天からの鉄槌が下されるからである。
「――ぐわあああああっ!?」
あー、今回は電撃系だったかー。
文字通りの天誅を受けたブラックが、全身黒焦げとなって倒れ伏す。
同時に髪も元の状態へ戻り、全身を包み込む不思議な輝きも消え果てた。
「おい、大丈夫か?」
ともかく、倒れたブラックの下へ駆け寄る。
どうやら、ブラックの体は5/8ほどが揚げ物となっており……。
致命傷を受けた影響か……その両目は充血し、お目目が真っ赤になってしまっていた……。
これではもう、助かるまい……。
「ふ……ふふ……分かっていたことだ……」
もはや、目が見えていないのか……。
焦点が合わない眼差しを向けたブラックが、自嘲の笑みを浮かべる。
「例の技を使っていたのは、OPアニメの中だけだった……。
設定的にも、使えたらおかしいということを……」
「もう……何も言うな」
俺までおしおきされそうで怖いから。
そんな俺の言葉が聞こえているのかいないのか、ブラックがなおも口を開く。
「俺は……まごうことなく、もう一人のアスル・ロンバルドだった……」
「この期に及んでまだ言うか」
「しかし……お前との決定的な差は……。
お前はウルカの夫だったが、俺はそうじゃなかったな……」
「いや、今回の話、ウルカ一文字たりとも登場してないよ?」
ツッコミ続ける俺の胸に、ブラックが残された最後の力で拳をこつりとぶつける。
「頼んだぞ……もう一人の俺よ……。
この世界に……平和を……」
「うん、まあ、それは言われんでもやるつもりだけど」
「お前と過ごした十数分間……悪く……なかったぜ……」
「セミみたいな人生だな」
バカな会話を続ける内……。
ついに、命の灯も潰えた。
「俺は……満足だ……!」
「死んだー!?」
両目を閉じたブラックの体から、ガクリと力が抜ける。
「アスルブラック。
彼はニセモノでしたが、間違いなく平和を愛する戦士の一人でした」
「イイ話風にしようとしたところで、そうはいかんぞ」
いつの間にか傍らへ寄って来ていたイヴに、そうつっこむ。
かくして……。
『マミヤ』の独断によるクローン騒動は、幕を閉じたのである。
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そして、ここからは余談だが……。
「おお、アスルよ……死んでしまうとはなさけない!」
「ふん……この程度で死んでしまうとは……。
貴様、それでももう一人の俺なのか!?」
あの世にうざい住人が増えた。
うん、もうあんまり死なないようにしよう……面倒クサイから!




