アスルブラック編 前編
まるで、王家の歴史と権威を形にしたかのような玉座の間――を描いた書き割りは、いかにもな素人作りではあるものの、手がけた人物の暖かな心づかいが感じられる逸品である。
そんな書き割りを背に、どっかから拾ってきた椅子に座った我が祖父――ロンバルド17世はおごそかに口を開いた。
「おお、アスルよ……死んでしまうとはなさけない!
――それで、今回はどうやって死んだのだ? 我が孫よ?」
あんまりにも頻繁に会いに来る孫のため、手づから製作した『死んだ孫お迎えセット』から立ち上がった祖父は、生前めったに見せなかったお爺ちゃんの顔でそう尋ねる。
「はっ……!
直前の記憶が確かならば、おそらく廊下を歩いていた際に滑って転んで頭を打って死んだものかと……」
「そうか……。
我が孫よ、滑って転んで頭を打つと人は死ぬのだ。
これを機会に、今後は気をつけるがいい」
「はっ……!
今後、床をワックスがけした際には『滑ります注意』の立て札を置いとくよう厳命しておきます」
一方、俺の方はうやうやしくひざまずいた姿勢のままそう答えた。
今回の件、俺だから死ぬ程度で済んだが、他の人間だったら最悪死んでしまったかもしれない。
いや、自分でも何言ってるんだか分からなくなってきたけど、こういうのはきちんとやるように指導していかないとな。
事故というものは、いつもちょっとした油断から発生するものなのだ。
「ところで、アスルや……。
向こうに戻るまで、ちょっと時間があるのではないかえ?
――具体的に言うと、半荘一回くらい」
そう言いながら、祖父が横を向くと……。
そこには、雀卓を雀卓を囲むスタインさん(俺がトドメ刺した皇国貴族)とユリウスさん(俺が暗殺させた皇国第一皇子)の姿が!
……最近、お爺ちゃんは、アラドさんに教えてもらった麻雀という皇国の伝統的な遊戯にドハマりしてるからなあ。
こないだ会いに来た時も、メイラーさん(知らない内に死んだ皇国第二皇子)やモルトさん(同じく知らない内に死んだ皇国第三皇子)と一緒に、白熱のバトルを演じたし。
よっしゃ! ここは一つ、お爺ちゃん孝行しとくか!
孝行っていうのは、したくなった時には相手がいなくなってるもんだからな!
何しろ、冥界でそれを行おうとしてる俺が言うのだ。間違いない。
おっす! おなしゃーす!
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「むう……やはり、ジュンチャン三色にこだわったのは失策だったか……完全に裏目を引いた。
なんつーかなあ。ぶっちゃけ、そんなに美味しい役でもないんだけど、作れそうってなると作りたくなっちゃうんだよな。あの役」
その後……。
聴牌にこそ達したものの、結局上がり切ることは出来ず、二着に甘んじることとなった俺は蘇生しながら先の一戦を反省していた。
やはり、勝負というのは勝ってナンボだ。
……イザとなったら、『マミヤ』の主砲で父上たちを脅しちゃおうかな?
イヴツーに言ったのと真逆のことを考えつつ起き上がった、その時だ。
――パーン!
――パパーン!
「うおっ!? なんだ!?」
突然の破裂音と共に、色とりどりの紙切れが俺の周囲に舞い散ったのである。
見回せば、どうやらここは『マミヤ』の誇るブリッジ……。
俺の死体は、その艦長席に寝かされていたようだ。
で、周囲にはイヴを始めとし、イヴツー、エンテ、オーガといった面子が使用済みのクラッカーを手に立っているわけだが……。
「え? 何? どういうこと?」
状況が分からず、混乱する俺にイヴがいつも通り無感情な顔で口を開く。
「マスター、おめでとうございます」
「え? ああ、うん……ありがとう?
いや、何が?」
特に祝われる事柄が思い浮かばなかったので、首をかしげてしまう。
「重畳。
今日この日は、記念日として後々の世まで語り継がれることでしょう」
「ああ、オレとしちゃ複雑だけど……。
こればっかりは、祝うしかないよな!」
「アスル様、おめでとうございます!」
ついでに、イヴツーたちまでお祝いしてくる。
うーん? マジで何を祝われてるんだろう?
誕生日でもないし、何かの記念日でもないよな? 俺、王族の上に神官位も持ってるから年中行事にはうるさいし。
こういう時は、あれだな!
「……ごめん。
何を祝われてるのか分からないんだけど、どうしておめでたいの?」
素直に聞くに限る!
良い子のみんな! 分からないことはちゃんと聞ける大人になろう!
ただ、あんまなんでもかんでも聞いてばっかだと呆れられるので、自分なりの見解を添えることも大事だぞ!
特に理由もなく、社会に足を踏み出し二ヶ月くらいは経つであろう者たちへの訓戒を胸中で述べていると、イヴが意外な……あまりにも意外な言葉を返してきた。
「これは申し遅れました。
マスター、お世継ぎの誕生おめでとうございます」
「ああ、そうか。
世継ぎが誕生したか、なるほど……」
――世継ぎの誕生!
これなるは、古今東西あらゆる王家における慶事である。
いや、何も王家に限った話じゃないな……。
自分たちの築き上げてきたものを受け継いでくれるであろう次代が誕生したというのは、どんな家でもめでたいことだ。
懐かしいな……コルナが生まれた時も、盛大に祝ったっけ。
俺が『死の大地』へ発った時には、まだまだちっちゃな子供だったけど、今はどんな風に成長してるだろうか?
ともかく、世継ぎが誕生した以上、こうしちゃいられない!
今は予断を許さない状況だが、いや、だからこそ可能な限りの祝宴を――。
「――いや、ちょっと待て。
誰と誰の子供だ?」
そこでふと、ごく当たり前の事実に気づく。
言うまでもない……。
――心当たりが、ないのである!
俺の妻といえばウルカを置いて他にいないが、俺、今んとこそういうの一切してないぞ。クリスマスの時も二人でゲームしてただけだし。
というか、よしんばしていたとしても、いつの間に妊娠し出産したというのだろうか?
俺の質問に対し、『マミヤ』が誇る自立式有機型端末は、いつも以上にめまぐるしく髪の色彩を変えながら口を開いた。
「他でもありません。
マスターと『マミヤ』の子供です」
「そっか、なるほど!
俺と『マミヤ』の間にできた子供かーなるほどなー」
イヴの言葉に、うんうんとうなずく。
「いや、どういうことおおおおおっ!?」
渾身のノリツッコミを放った。




