幼年期
人類の歴史というものは、おおよそ闘争の歴史であるといって差し支えない。
それは、先人たちがあえて築き上げた文明を捨て去り、まき直しを図ったこの惑星で、またも戦乱が巻き起こっていることからも明らかだろう。
そして、闘争といえば欠かせないものがひとつあった。
他でもない……。
――武器。
……である。
文明発祥の地である地球時代から銀河帝国時代に至るまで、人類は実に種々様々なそれを生み出し、運用してきた。
こん棒や投石に始まり、当代の世でも用いられている刀剣類……。
銃……ことに自動小銃が発明されて以降は、戦争の規模そのものが拡大したこともあり、一度の戦いで実に多くの人命が失われるようになったという。
そして、地球を飛び出し外宇宙にまで版図を広げ、ついには改良種と呼ばれる人為進化体まで生み出した人類は……やはり、兵器の開発に余念がなかった。
極限まで進化した兵器は、ついに恒星すら滅ぼすほどの威力を持つようになり……。
それらを用いた内乱で、あまりにもかけがえのないものを失い続けた人類は、ついに積み上げたものを捨て去るに至ったのである。
それらの記憶を当代で受け継ぐのは、確認した限りひとつと三人。
ひとつというのは、語るまでもない……。
『マミヤ』のメインコンピュータである。
人類史全ての保存を目的とされ建造されたこの艦には、それら兵器のデータも余すことなく記録されていた。
残る三人の内、一人は『マミヤ』の分身とも呼べる自立式有機型端末――イヴ。
もう一人は、『マミヤ』の新たなマスターとなり、そのライブラリを自由に閲覧する権限を持った青年――アスル。
そして最後の一人が、銀河帝国時代の人々によって生み出された有機型端末――イヴツーである。
イヴツーの製造目的を考えれば、それらは本来不要な情報であるのだが……。
混乱期に製造されたこともあり、OSの付属アプリがごとくそれら情報もインプットされたのだ。
で、あるから、先日の会議において、イヴツーはどうしても理解できないことがあった。
いや、理解できなかったのは先日の会議のみではない。
これまで、アスルが主導してきた各種の軍事行動……。
その全てに、どうしても納得いかぬことがあったのである。
「――それで、直接俺へ聞きにきたというわけか?
まあ、バカ正直という気もするけど、そういうのは嫌いじゃないな」
『マミヤ』内に存在する、彼の私室……。
総指令室としても用いられている関係で、書類やカップ麺の空き容器が散乱している執務机に腰かけつつ、彼はおどけた様子でそう答えた。
「それで、聞きたいことっていうのはなんだ?
まあ、おおよその想像はつくが」
「質問。
なぜ、マスターはより強力な兵器を用いず、貧弱な武器の使用にこだわるのでしょうか?」
彼の許しを得たので、間髪を入れずにそう尋ねる。
――ヒュー。
あくまでも、おどけた態度は崩さず……。
彼は椅子に座ったまま、口笛を吹いてみせた。
「確認するが、他の奴にはそれを話していないんだよな?」
「肯定。
今、初めて口にしました」
「そうか、そりゃ助かるな」
イヴはオーガのレッスンに行っているため、現在この部屋には自分たち二人のみ……。
現代に生まれた人間と、数千年前に生み出された有機型端末の視線が交差する。
「まず、君はより強力な兵器と言ったが……」
軽く拍手しながら、アスルが口を開く。
「ブラスターにしろ、プラズマボムにせよ、極めて強力な武器だ。
調練もたやすく、昨日の農民が今日には騎士を一方的に殺傷せしめる。
なら、それで十分だとは思わないか?」
「否定。
どちらも、地球における世界大戦時代に生み出された武器の発展形に過ぎません」
アスルの言葉を、即座に否定する。
まばたき一つ挟まないのは、有機型端末ゆえであった。
「例えば、無人兵器を用いればこちら側の人的損害は一切考慮する必要がなくなります。
もっと言えば、『マミヤ』の主砲を始めとする大量破壊兵器を誇示すれば、戦う必要すらなく一方的に要求を飲ませることが可能と考えます」
手を後ろに組みながら、立て続けにそう告げる。
これには、さすがのアスルもおちゃらけた様子を消し去った。
「ふむ……。
そうだな。散々、人手がないだの犠牲を減らしたいだのと言ってきたが……。
実のところ、やろうと思えばそういった手段は取れる。特に後者は、今すぐにでも実行可能だ」
そして、しばし考え込むと……彼は正直にそう告げたのだ。
「だが、あえて俺はそれをやらない」
しかし、名案――というより、イヴツーからすればやって当然とも思える方策を、あえて実行せぬと宣言したのである。
「質問。
それは、なぜでしょうか?」
「そうだなあ……」
自らの考えを言語化しようと、またも少し考え込んだ後……。
「あえて言うなら、エレガントじゃない、からかな?」
彼が口にしたのは、あまりに意外な単語であった。
「指摘。
エレガントとは、優雅さや上品さを意味する言葉です。
この場で使うには、適さない言葉であると考えます」
「そこはまあ、感覚的な話だからな……。
しかし、そうだ。
君がさっき口にした兵器の数々は、優雅でもないし上品でもない。
実に無作法だ」
「事は戦争ですし、作法を気にする必要があるとは思えませんが?」
「――ある。
絶対に必要だ」
自分の言葉を、当代のマスターは力強く否定してみせる。
「いいか、イヴツー?
俺が見据えてるのは、この戦いに勝つことだけじゃない。
その先に生まれる、新しい世の中だ」
まるで教鞭をそうするかのように、チッチと指を振りながらアスルが続けた。
「無人兵器や大量破壊兵器を使い、立ち塞がる者を屈服させる。
実に魅力的であり、何より楽だ。
しかし、それは人々を恐怖で押さえつけることに他ならない。
後世、俺は魔王のごとく扱われることだろう」
卓上に散らばった紙片の一つを、アスルが手に取る。
そこに記されているのは、内政面に関するデータであろう。
「戦争以外の産業にしても、そうだけどな。
『マミヤ』の力を使えば一足飛びに成長できることであっても、俺はあえて足踏みさせ段階を踏んで成長させようとしている。
ただ恩恵を与えるだけでも、力で押さえつけるだけでもない……。
俺が目指しているのは、民を成長させる王だ。
何しろ、俺たちは未熟だ……幼年期の中にいるからな」
「幼年期の中に、ですか?」
「そうとも」
うなずいたアスルが、続きを話す。
「戦いの果てに生まれる、新たなロンバルド王国……。
それは、人々が血を流し、痛みの果てに自ら築き上げた国家でなくてはならない。
幼年期を脱却するには、痛みが伴うものだ。
もしも、そういった手順を踏まず、ただ強大な力だけを無造作に与えたならば……」
そこでふと、アスルがこちらの瞳を覗き込んできた。
そこに感じたのは、自分たち有機型端末が本来持ち得ぬはずの感情……。
すなわち、懐かしさである。
彼の瞳は、自分を生み出した数千年前の人々と同じ色をしていた。
「その先で俺たちは……人類は、またもや巻き戻しを選ぶことになるだろうよ」
そうして、アスルは……。
古代と今とをつなぐマスターは、話を締めくくったのである。




