大綱 後編
「じゃあさ!
獣人国の時みたく、向こうで暮らす人たちにこっそり武器を横流しするっていうのはどうだ?
そしたら、徴兵されるのも防げるし、向こう側で勝手に戦い合ってくれるんじゃないかな?」
「いや、それは無理だ」
元気いっぱいに挙手しながらアイデアを披露してくれたエンテであるが、俺はそれを即座に却下した。
「なんでだよー」
「理由は、そうだな……二つある」
ぷくりと頬を膨らませるエルフ娘に、指を二本突き立ててみせる。
「一つは、余計な怨恨を残さないためだ。
仮に――まあ絶対にそうするつもりではあるが――二つのロンバルドを一つにまとめたとして、俺は当面の間、現在の統治制度を利用することになるだろう。
なぜなら、そこを急激に改変しようとすると、あちこちで弊害が起こるからだ。
エンテの案だと、現在及び将来の支配者層と被支配者層に軋轢を生んでしまう。それはよくない」
ふりふりと首を振りながら、一本目の指を畳む。
「まあ、あの戦い方は追い出すつもりの勢力相手だからこそできたわけだな。
そして、理由の二つ目だが……。
別に、徴兵を拒否する者ばかりではないからだ」
二本目の指を畳んだ。
「自慢じゃないが、俺の父上はできた王様だ。
税率もイイ感じで、民たちの生活を良くするためにこれまで尽くしてきた。
立場こそ王様だが、実態としては民たちに奉仕する……。
そう、幸福な奴隷であると言っていいだろう」
受け売りの言葉を使いながら、自分の考えを述べる。
「私としても、18世陛下の治世は稀に見る善政であると思います」
「まあ、俺みたいなはみ出し者も存在しちゃいるが……それは、どこの国だって同じことだ。
民からの人気は、まあ高いだろうよ」
俺の言葉を、ルジャカと辺境伯領一腕の立つ殺し屋が補強してくれた。
「それに、あたし……農家の出だから分かるんですけど」
おずおずと挙手したのは、オーガである。
ああ、うん……一子相伝の暗殺拳を伝承する家系とかじゃないんだ?
てことは、お前が幼い頃から苦楽を共にしてきたっていうゴルフェラニも元は農耕馬なの?
俺、地味にあいつが一番わけ分からん存在だと思ってるんだけど? さっきも何食わぬ顔で会議室に入ろうとしてたし(直立二足歩行で)。
場の流れを乱さないよう、心中でツッコミ続ける俺をよそにオーガが語り始める。
「多分、普通に暮らしてる人たちは、命令だと言われれば何も考えずに従っちゃうんじゃないでしょうか?
その……上手く言葉にできなくて申し訳ないんですけど……。
そういう、ものなんです」
しん……とした静寂が室内を満たした。
それこそは、一般庶民にしか分からない感覚というものなのだろう。
「あー、おれも分かるし、多分だけどオーガちゃんの言う通りだと思う」
「あたしたち普通の村人だって、必要になれば魔物と戦うこともあります。
そういう時は、騎士様とかが一緒に戦ってくれと呼びかけてくるんですけど……。
謝礼があるからというのもありますが、大人の人はこころよく受け入れていたと思います」
ジャンがオーガに同意すると、サシャも弟の言葉にうなずいてみせた。
「……だな」
ビルク先生のお世話をするため、赤毛の姉弟が暮らす村に滞在していた時のことを思い出す。
滞在中、一度だけ魔物が村を襲った。
まあ、弱っちい魔物だったので俺が魔術で瞬殺しちゃったわけだが、村の男たちもノリノリで同行したものである。
ロンバルド王国の一般庶民は、なかなか血の気が多いということだ。
それでいて、支配層の命令には基本――従順。
「要約すると、渡した武器はそのままあちらで使われる可能性が高い。
確か、バンホーがこんな言葉を使ってたな……。
――敵に塩を送る」
忘れもしない……大運動会のクロスカントリーで、鉄アレイを投げつけてきた時のことだ。
だから、俺はウルカに聞くまで言葉の意味を勘違いしたものだ。まあ、それはどうでもいい。
「塩ならぬ武器を送るなど、愚の骨頂ということですか……。
ならば、いつも通り『マミヤ』の超技術に頼ってみてはいかがでしょうか?
こう、ブラスターと同じように扱えて、かつ、相手を殺傷しないような武器はないのですか?」
「イエス」
「肯定」
ルジャカの言葉に、二人の有機型端末が同時に答える。
先に続きを話したのは、イヴツーの方であった。
「銀河帝国時代には、非殺傷性のショックビーム銃が開発され、暴徒鎮圧などに効果をもたらしています」
「彼女の説明を補強するならば、『マミヤ』内にも同装備のストックは存在しますし、ファクトリーで量産することは可能です」
おそらく、『マミヤ』とリンクしたのだろう……。
いつもより気持ち目まぐるしく髪の色彩を変えながら、イヴが説明する。
「ならば……!」
顔を輝かせるルジャカであったが、それにしぶい顔をしたのが俺とベルクであった。
「ルジャカ……気持ちは分かるが、それはなしだ。
さっきの話に出てきた銃は俺も調べてあるが、これを撃たれると体がマヒしてぶっ倒れる。
戦場でそんなことになったら、味方に踏まれるなりして結局、死者やケガ人が大勢出るだろう」
「それに、相手は命を取ろうとしてくるのに、自分の兵たちにはそれを禁ずるというのか?」
俺に続いて、ベルクも諭すようにそう話す。
「戦いに勝つというのが、相手を殺すことと同義とまでは言わぬ……。
言わぬ、が……。
結局、敵兵の数を減らさねば勝利には近づけぬ」
「捕虜にするのは、相手を殺す以上の人手が必要となるしな……」
ベルクの言葉を引き継ぎ、俺がそう締めくくる。
結局、どれだけテクノロジーが進歩しようとも……。
殺し殺されるという、戦場の鉄則まではくつがえらないということだ。
「結局、相手方の徴兵を止める手段はない……。
どうやっても、一つとなったロンバルドで統治すべき民のいくらかは、殺さなければならなくなる。
アスル、貴様が話したいのは、その流れを止める手段ではなく、いくらかマシにするための方策なのだろう?」
さすがは、親友……。
俺の意を汲んでの言葉に、うなずく。
「今回の件に際して、俺の考えた案がひとつある。
それは――」
そして俺は、話し始めたのである。
対旧ロンバルド王国……戦略の、大綱を。




