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大綱 前編

 正統ロンバルドの保有兵力を大別して三つに分けるならば、ハーキン辺境伯家を始めとする傘下貴族家の正規兵たち、モヒカンや修羅たちタフボーイたち、最後に……民から募った志願兵ということになる。


 魔物の大発生が起こる前は、ハーキン辺境伯領から募った者たちのみで構成されていたこの隊であるが……。

 トロイアプロジェクトの布告以来、正統ロンバルドは逆疎開(そかい)諸々(もろもろ)の新技術導入によって職を失った者たちに対し、軍へ志願することを積極的に勧めていた。


 その甲斐(かい)、あったということだろう。

 トロイアプロジェクトに選定された各都市へ設けられた練兵場には、連日、軍属となることを望む者たちが押し寄せ……。

 今や、志願兵たちの数はタフボーイを上回り、各貴族家正規兵のそれにも匹敵するほどとなっていたのである。


 とはいえ、着の身着のままで志願した者たちであり、当初は集まって整列させても軍とは思えぬ様相であった。

 だが、各地の紡績(ぼうせき)工場及び縫製(ほうせい)工場が本格稼働するに連れ、状況は徐々に改善されていき……。

 今は、志願兵全員が統一された軍服で身を包むまでになっている。


 同時に、練兵も順調に進行しており……。

 どこか腑抜(ふぬ)けたところのあった志願兵たちは、常に引き締まった表情を見せるようになり、女工たちが真心込めて作った軍服に見合う男へ生まれ変わっていたのであった。


 そんな彼ら志願兵たちにとって、軍へ入った当初から一貫して変わらぬこと……。

 それは、食事の楽しみを置いて他にないだろう。


 アスル王は、兵たちへ食わせる食事に関してはとりわけ気を揉んでおり……。

 彼らは三食、クッキングモヒカンが指導した炊事班の料理を好きなだけ食べることができた。


 これこそは、兵となった最大の役得。

 超古代の技術導入によって、農作物に関しては豊富に市場へ流れるようになった昨今(さっこん)であるが……。

 魚介類や、特に肉類に関してはまだまだ需要を満たしているとは言えず、それを優先的に食べられるのは戦場へ身を置く者の特権といえるだろう。


 そのようなわけで、本日の昼も練兵場に存在する食堂は、大いに賑わっており……。

 ビュッフェ形式なる様式を採用した結果、今日も今日とて人気料理の取り合いが起こっていた。


 乗り遅れたことを悔しがる者や、炊事班にもっと野菜を食うよう注意される者たち……。

 にぎやかな食堂内が静まり返ったのは、備え付けの大型『テレビ』がある情報を伝えた時である。


『――お昼の情報を伝えます。

 先ほど、アスル陛下は旧ロンバルド王国が徴兵に乗り出したことを、正式に発表しました。

 陛下は、これに対し遺憾の意を表明しており――』


 今のところ、『テレビ』によ放送は夕方から夜にかけて集中しており……。

 お昼時、食事休憩する人々などを見込んだこの報道は、わずか数分ほどに留まっている。

 だから、今回のこれも赤毛の少女――サシャが手短に概要(がいよう)を伝えるに留まったのだが、兵たちに与えた動揺は非常に大きいものであった。


「おい、あっちのロンバルドじゃ徴兵が始まったってよ?」


「要するに、俺たちと同じってことか?」


「バカ! 全然ちがうわ!

 徴兵っていうのはな、本人が望もうが望まなかろうが、無理矢理兵隊さんにしちまうってことだ!」


「そりゃあつまり、働き手として必要でも軍に持ってかれちまうってことか?」


「そうだろうさ……。

 逆らえば、重い罰があったってよ。

 村の長老さんが、何世だったかな……?

 とにかく、昔の王様がやった時のことを話してくれたことがある」


「そいつは……きついな」


 食事の手は止めないまでも、口々にそんなことを言い合う。

 ここにいるのは、様々な事情から戦うことを選んだ者たちだ。

 それは逆説的に、望まぬ戦いを()いられるのがどういうことであるが、知っているということでもあった。




--




「――と、いうわけでだ。

 旧ロンバルドが徴兵を決断した結果、我々は戦略の大幅な見直しをせざるを得なくなった」


 毎度おなじみ、多機能円卓を擁する『マミヤ』の会議室……。

 そこに集まったメンバーを見回しながら、俺は開口一番にそう言い放った。


 着席しているのは、イヴ、イヴツー、エンテ、オーガ、ベルク、ルジャカ、辺境伯領一腕の立つ殺し屋に加え、後学のため呼びつけたサシャ、ジャンというメンバーである。

 獣人国統治に忙しいウルカとバンホーを除いた、いつもの面子(めんつ)ともいう。


 その中で、真っ先に挙手し質問してきたのはジャンだった。


「そもそもなんだけど……。

 兄ちゃんは、一体どういう戦略を取るつもりだったんだ?」


「簡単に言えば、各拠点へ敵を攻め寄せさせ、ブラスターにモノを言わせこれを壊滅……。

 その後、軍事力の激減した旧王家に退陣を迫る腹積もりだった」


 弟弟子の質問に、俺はスラスラとそう答える。


「そもそも、こちらから攻める大義名分がありませんし、魔物の大発生に戦力を割かねばならぬ関係上、進行するための兵力を用意することは不可能。

 防衛戦にて対応するという方針自体は、継続でよろしいかと」


「……だな。

 ブラスターさえあれば、兵士一人で敵軍を十人も二十人も相手取れる。

 ま、あくまでも守りに徹した場合だけどな」


 ルジャカが俺の言葉を補強すると、辺境伯領一腕の立つ殺し屋もうなずいてみせた。


「そうだ。

 何も問題はなかった。

 ……相手方が、徴兵さえしてこなければな」


 重々しく口を開いたのは、ベルクである。


「えっと……敵の数が考えてたより多くなったから、守り切れなくなるってことですか?」


「戦場によっては、その問題もある。

 ……が、それ以上に問題なのは、迂闊(うかつ)に敵を殺せなくなったことだ」


 かわいらしい声で尋ねるオーガに、俺は眉間(みけん)を押さえながら答えた。


「そもそも、敵兵と言っても俺が統治し守るべき国民たちだ。

 それが、騎士たちを始めとする正規兵のみなら、まだなんとかなった。

 彼らには悪いが、戦士は死ぬのも仕事の内だからな。

 しかし、徴兵された者たちはちがう。

 彼らが、本来まっとうすべき仕事は他にある。

 もし、これを殺し尽くしてしまったなら、勝利し一つのロンバルドへ併合したとしても……。

 それは、民なき国となることだろう」


「そもそも、いかなる理由があったにせよ、自分たちの家族や隣人を殺した相手の統治に、はいそうですかと従うかは疑問ですしね」


 俺の言葉に、サシャが深刻な顔をしながらうなずく。


「戦いに勝つ前から、戦いが終わった時のことを考える……。

 我ながら、どうかとは思うけどな……。

 それでも、考えねばならないのだ」


 腕組みしながら、そう言い放つ。

 実に……。

 実に頭が、痛かった……。

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