獣人たちの頭目
その乗り物を、一見して例えるならば、これは、
――甲虫のような。
……と、いうことになる。
直線状に突き出た二本の角は先端部に穴が開いており、これはもしかしたら獣人兵たちが持っていた筒と同様の能力を備えているのかもしれぬ……。
カブトムシなどならば、開閉可能な翅が存在するだろう部位には、代わりに座席が据え付けられている。
座席の上には、先頭で触角じみた桿を握る青年と、その青年へしがみつくようにしている少女の姿が見受けられた。
乗り物の底部と後部からは、やはり、不可思議な光が放たれており、それが浮遊力及び推進力を与えているのだと推察できる……。
「獣人たちに向け、手を振っている……。
なら、あの男が連中の頭なのか?」
エンテが口にした通り……。
桿から片手を放した青年は上空の獣人たちに向け手を振っており、筒を掲げた獣人たちは、それに対してかしこまるようにしていた。
ならば上下関係は明らかなのだが、分からぬのは、青年が獣人ではなく、ごく普通の人間であるという点である。
果たして、彼らはどのような関係であるのか……。
思いを馳せている間に、男女を乗せた乗り物はぐんぐんと集落に向け接近してくる。
そして、獣人らとは違い防御壁の間近までふわりと接近すると、皆が見守る中……壁に設けられた通路へ着地したのであった。
「突然の訪問、ご無礼つかまつる!」
桿を握って乗り物を操っていたのだろう青年が、降り立ちながら朗々とした声を張り上げる。
そのに声音は生来、人に指図することへ慣れた者特有の色合いがあった。
続いて少女も降り、二人は警戒するエルフらに囲まれる中……エンテの方へつかつかと歩み寄ってくる。
正確には、隣に立つ父フォルシャこそ自治区の長であると見抜いたからに違いない。
「お前たち、何者だ!?」
彼の配下だろう獣人らには、危うきところを助けてもらった恩がある。
それがゆえ、さすがに弓を構えることはしなかったが……。
エンテは父をかばうように前へ立ちながら、口火を切って、エルフら総員の疑問を投げかけた。
明らかに未知の技術で作られた装備に身を固めた獣人兵らに比べれば、馴染みを感じる服装をした男女である。
青年の方は、旅人そのものといった装いであり……。
少女の方は、どこぞ名のある職人が仕立てたのだろう可憐な――エンテも少しばかりうらやましくなる――装束を身にまとっていた。
「私は……」
そこまで言いかけて……。
青年の目が、スッと細められる。
それにぞくりとした悪寒を感じたが、しかし、体の反応は間に合わなかった。
だが、弓の才において他の追随を許さぬと自負するエルフ少女の目は、確かにそれを捉える。
濃縮された時間の中で……。
青年が恐るべき早さで、懐に右手を突っ込む。
突っ込むのと、ほぼ同時と言ってよいほどの素早さで右手は抜き放たれたのだが……。
そこには、獣人兵たちが手にする筒を小型化したような……単筒が握られていた。
単筒の先端……そこに開けられた穴がエンテに向けられ、そこから例の光線が打ち放たれる!
まばたきするのと、ほぼ等速!
……信じられぬほどの早技であった。
ならば、目以外は反応できず立ち尽くしていたエンテは、魔物らと同じように焼け焦げた穴をその身に刻まれたのか?
その答えは――否である。
何かが落ちる音がして……。
ふと背後を振り向けば、そこには――死骸となった魔物の姿があった。
俗に、殺し屋ハチとか暗殺ハチと呼ばれている種族である。
大きさは二十センチばかり……。
昆虫類としてはかなりの巨体であるが、それに反し、羽音はほぼ無音であり、気配を消すのが抜群に上手い。
あまり個体数は多くないのが救いであるが、これの毒は治療が間に合わねば死に至るほど強烈であった。
それが、いつの間にか自分の背後へ迫り寄っていたのだ。
おそらくは、撤退した魔物たちの最後っ屁とでも呼ぶべき刺客であったに違いない。
青年はそれを見とがめ、迅速に排除してみせたのである。
「失礼。
断りを入れていては、間に合わぬと判断した」
今度はゆっくりと単筒をしまい込んだ青年が、にこりと笑いながらそう告げた。
そして、仕切り直すようにこう名乗ったのである。
「我が名はアスル!
ギースが孫! グスタフの子!
そして――」
「――古代の遺産を受け継ぎし者、かな?」
一連のやり取りを静かに見守っていた父が、アスルなる青年の言葉を奪いそう告げた。
アスルはそれに、少々驚いていたようだったが……。
「いかにも!」
と、力強くうなずいたのである。
「私は自治地区の長を務める、フォルシャという者だ。
アスル殿。
なぜ、私が遺産について知っているのか……疑問もあろう。
それについて説明したい気持ちもあるが、今は当面の危機について話をしたい。
それでよろしいか?」
「ですな。
連中、一度は退きましたが、時を置けば再度の大攻勢を仕掛けてくることでしょう」
「うむ。
まあ、まずはお連れの方々も含めて集落に降りられよ。
我らエルフにも、恩人をもてなす文化くらいは存在するのでな」
「承知」
アスルなる青年が、上空の獣人兵たちに手で合図を送り、降りてくるよううながす。
のみならず、懐から今度は奇妙な折り畳み式の板切れを取り出すと、何やら独り言をつぶやき始めたのである。
一連の流れに、エンテは何一つ口を挟むことはできず……。
どころか、ただただ一方的に命を救われた形であり……。
年若いエルフの少女は、どうにもそれが面白くないのであった。
「――何をしている!?
すぐさま、料理の準備をしろ!
茶の用意もな!」
だから、半ば八つ当たり気味に……。
自分と同じく流されたままであるエルフらに、そう指示を飛ばしたのである。