拝啓、光の公子様
ロンバルド王国の教皇ホルン……。
王都を動くわけにもいかない立場上、いまいち俺たちとの絡みが薄い人物であるが、実のところ、彼が果たしてくれている役割は非常に大きい。
まず、第一に教皇としてしっかり仕事をし、人心を安らげてくれていること。
俺が敵対しているのは、あくまで王家とそれに連なる諸侯であり、断じてロンバルドの王国民ではない。
と、いうより、彼ら愛すべき王国民へ最大利益を与えるために俺は行動しているのだから、開戦が迫ったこの情勢で国とは別に民を導いてくれているのは非常にありがたかった。
そして、第二の役割は、生きた情報をくれることだ。
聖職者が得られる情報というものは、非常に大きい。
何しろ、迷える子羊に寄り添い、これを支えてあげるのが聖職者の仕事である。
よほどの不信心者でもない限り、神官に対しては心を開いているものであり……。
彼の下には自然、王都の様々な情報が入り込んでくるのだ。
ホルン教皇は渡した携帯端末を使い、定期的にそれらを俺によこしてくれているのである。
そして、今日もまた、テレビ通話を用いて彼から最新の情報を得ていたわけであるが……。
「間違い、ないのですね?」
『確かな話です。
実に……愚かしい話ですが』
『マミヤ』内に存在する、俺の私室兼総指令室……。
その空間そのものに投影したウィンドウの中で、敬愛すべき教皇猊下は苦渋に満ちた表情を浮かべた。
『どうでしょうか?
多少の危険を犯してでも、民たちにこれへ従わないよう呼びかけるべきでしょうか?』
ホルン教皇は基本的に、私欲の人である。
その半生を賭し、なりふり構わず金を集め続け、そうして集まった金をドカッと使うことで出世競争に勝ち抜いた人物なのだ。
そんな彼が、そこまで言ってくれる……。
俺の返事を分かった上であるのは間違いないが、それでも言ってくれたのがありがたかった。
なった方法はどうであれ、彼もまた教皇なのだ。
「いえ、それはやめておきましょう」
そんな彼に向け、俺は静かに首を振ってみせる。
「水面下での対立状態にある教会が、王都でつつがなく己の役割をまっとうできているのは王家に対し不干渉の姿勢を貫いているからです……。
そのようなことをすれば、口実を得たあちら側はここぞとばかりに教会の解体に乗り出すでしょう」
昔……俺の先祖が、教会から司教の任命権を奪おうとして破門されたことがあった。
結果、民たちの心も各貴族家の心も、王家から大いに離れ……。
彼は教会へ許しを請うために、様々な屈辱を強いられたものである。
が、それはあくまでも、王家からちょっかいをかけた結果そうなっただけのこと……。
教会側からそうした場合、果たしてどうなるのか……。
大義名分というのは、何事においても大切なのだ。
『では……』
「やはり、教会には今まで通りの姿勢を貫いてもらうのがよろしいかと。
おそらく、これまで以上に人心は荒廃し救いを求めてくることでしょう……。
そういった人々の、支えになってあげてください」
『……承知しました。
では、今日のところはこれで。
あなたに、神のご加護があらんことを』
その言葉を最後に、通話が終了する。
空間に投影されたウィンドウも消え去り、今はイヴもいないので一人きりとなった部屋の中、俺は盛大に溜め息を吐いた。
「まいったな……」
そう言った後、しばらくボケッとする。
これは、俺としては極めて珍しいことだ。
何しろ、まだ卓上には決済待ちの書類が溜まっているのである。
それだけ、この情報にはまいっているということだ。
「……『マミヤ』、気晴らしがしたい。
ライブラリにあるテレビ番組の中から、何か適当なものを選んで流してくれ。
できるだけ、バカッっぽいやつがいい」
室内は無人だが、あくまでここは『マミヤ』の内部であり、俺はそのマスターである。
主人の命を受けたメインコンピュータが、先ほどと同じように空間投影式のウィンドウへ番組を流し始めた。
『それじゃあ、全軍……突撃いっ!』
すると、途端にキャピキャピとした大音声が室内に響き渡る。
「ハンボー……いや、ホーバンちゃんのゲーム実況か。
こりゃいいや、確かにくだらない」
画面内の右隅では、我が腹心の一人たる侍大将――のアバターであるツンデレ系バーチャル狼耳美少女ホーバンちゃんが、細やかに表情を変えながらトークし続けており……。
メインとなる画面中央では、俺もプレイしたことある手強いシミュレーションの映像が流れていた。
……そういや、バンホーのやつ俺がちょいロリ入った巨乳美女になったと聞いたらどうするだろうか?
まさかとは思うけど、使わんだろうな? 真・下駄……。
呪沼境吹き飛ばしちまったから、もう戻れねえぞ。
さておき、ゲーム内ではついげきリング持たせたフォルアーサーに向けて、敵軍の兵が次々と突撃!
……しては、風の神器によって細切れにされ、画面内から消失し続けていく。
あいつ、こういうプレイほんと好きだよな……。
『か、勘違いしないでよね!
これは、存在価値のないあんたたちを経験値と星に変換してあげてるだけなんだから!
故人いわく、人は城、人は石垣、人は堀……。
情けは味方、経験値は敵なりなんだから!』
その言葉遺したのどれくらい昔の人か知らないけど、間違いなく最後の部分は言ってないと思うぞ。
さておき、バ美肉サムライはここでえげつなく経験値稼ぎをするつもりらしく……。
敵の指揮官が城に戻って補充してきたザコ兵士たちは、支援効果を重ねた自軍ユニットによって次々と葬り去られていく。
プレイ内容としては、単調な……作業と言って差し支えない光景であるが……。
それを飽きさせないのは、ホーバンちゃんのトークスキルゆえだろう。
さすが、中の人が長いこと生きて潜伏生活とかも経験した老サムライなだけはある。
「おー、すげえ。
加入した味方全部をクラスチェンジって、できるものなんだ」
さすがに、ゲーム実況ばかり見ているわけにもいかず……。
書類仕事を再開しつつも番組を流しっぱなしにしていると、ついにホーバンちゃんが偉業を達成し、総クラスチェンジした自軍ユニットを綺麗に整列させていた。
『無限湧きした敵を使って、自分のユニットをとことんまで鍛え上げる……。
それが、この系譜の一番楽しいところね!』
その言葉には、ちょっとうなずかざるを得ない。
昔の人が残したこういうゲームって、キャラ育成が妙に楽しくて中毒性あるんだよな。
冷静に考えると、そこまでしなくても普通にクリア可能だし、そうして別のゲームに手を付けた方が効率的なんだけどさ。
さておき、だ……。
「ゲームはいいよな。ゲームは」
背もたれに体重を預けながら、そんなことをつぶやく。
頼もしく成長した味方たちに囲まれる、光の公子……。
彼が、心底からうらやましかった。
「おい、光の公子……。
さっきゴミみたいに蹴散らして経験値と星に変えた敵兵たちって、国を取り戻したら統治しなきゃいけない国民たちだぞ?
まあ、徴兵されたやつはいないっぽいけど……そこら辺、分かってるのか?」
当然ながら、俺の問いかけに答える者はいない……。




