徴兵 後編
初孫が丹精込めて育て上げたという花々は、本職の庭師でもなかなかこうはいかぬだろうという見事さであり……。
美しく咲き誇る花に囲まれ、孫が手づから入れてくれた茶をすするひと時というのは、ロンバルド18世――グスタフ・ロンバルドにとって、最も幸せな時間である。
とはいえ、語り合う内容は、年頃の少女を相手しているとは思えぬ学術的なものであったが……。
「それで、コルナよ……。
前回は、どこまで話したのだったかな?」
「13世陛下が行ったという南征に関する下りまでですわ。お爺様」
この幼さでこうまで美しいのだから、将来はどれほどの美女に育つのか……。
息子――カール譲りの金髪をそっと撫でながら、孫姫はすらすらとそう述べた。
「おお、そうだった。そうだった。
いかんな。この年になると忘れっぽくなってしまって……」
「まあ、ご謙遜を。
お爺様の語って下さるお話は、いつも見識深く、とてもタメになっておりますわ」
手を合わせながらそう言うコルナの瞳は、尊敬する祖父を見つめながらキラキラと輝いており……。
まこと、理想の孫を持てたものだと思える。
いや、聡い子であるから、ひょっとしたならば世辞であるのかもしれないが……。
そのように年長者を敬える娘に育っているのだと考えれば、それも悪くないではないか!
そのようなわけで、少年期に抱いた初恋のごときトキメキを感じてしまう老王であったが……。
ふと、思い立ったことを口にする。
「しかし、勉強になるというのならわしも悪い気はしないが……。
いつもいつも、歴代王の昔話ばかりというのは、退屈ではないか?
お主ぐらいの年齢であるならば、他に興味のあることも多かろう」
ここしばらく、幼き美姫が開くようになった二人きりの茶会で話す内容……。
それは、歴史学者の講義を自身が行うような……多分に学術的な代物であった。
王という立場もあり、当代の子供たちがどのような性質であるかはとんと知らぬグスタフであったが……。
コルナの知識欲は、明らかに尋常ではないと察せられる。
グスタフの話に関心深く聞き入り、時として鋭い質問をぶつけてくるその姿は、父親であるカールよりも、叔父にあたるアスルが幼かった頃のことを想起させた。
いや、アスルはいちいち聞いてくるようなことはせず、自分で勝手に調べ上げて結論へ至っていたか……。
「お爺様……。
今が、ロンバルド王国にとって激動の時代であること……。
そして、コルナがそんな時代を乗り越えた先に生まれる、新しい王国のために尽くさなければならない立場にあること……。
生意気ながら、十分に理解しているつもりです」
そんな思考を打ち切らせたのは、目の前に座る孫娘の言葉であった。
「そうであるならば、王国の歴史について深く知るのは必須であると、コルナは考えます」
「おお……それほど深い考えがあったとは。
最近は感心させられてばかりだが、まだまだお主のことを過小評価していたようだ」
誠実そのものな言葉に、思わず顔をほころばせる。
コルナは姫君であり、直接的に国を統治することはないだろうが……。
夫となる者か、あるいはこの先に生まれるかも知れぬ弟をよく支え、国を繁栄へ導くにちがいない。
「それに、重ねて申し上げますが、お爺様のお話はいつも楽しいですもの。
歴代の王が成したという、偉業の数々……。
特に、先日お話しいただいた13世陛下のお話には感動しましたわ」
「――む?
ロンバルド13世陛下か……」
その言葉に、少しばかり口をつぐんでしまう。
――ロンバルド13世。
孫娘は感動したと言ってくれたが、王国史においては少々……語り方へ困る人物であった。
彼の治世において、最も大きな出来事といえば、十年余りにも及ぶ南征を置いて他にないだろう。
結果からすれば、ロンバルド王国は大きく領土を拡大することに成功した。
バファー辺境伯領を中心とした一帯の所領は、この南征で手に入れたものなのだ。
しかし、そのために伴った出血は、あまりにも大きい……。
王国の台所事情は大いに傾き、長きに渡る戦へ人手を取られた各町村においては、反乱も頻発したのである。
その後、ロンバルド王国は大きな戦を経験していないが……。
それを、逆説的にいうならば、この南征で負った負債を償却するのに精一杯だったということでもあった。
「13世陛下の評価は、人によって大きく分かれるところだ。
領土こそ、大きく拡大することに成功した……。
しかし、彼が行った南征……ことに、兵力を集めるため行った徴兵により、国力は大きく低下し、回復するまで数代の時を必要としたのだ……」
だから、感動する孫には悪いが、そのような言葉を紡いでしまう。
――そして今、わしは似たことをやろうとしている。
心中、そのような想いを忍ばせながら……。
しかし、
「あら、ですがコルナは、その徴兵こそが素晴らしいと思いましたの」
「何?」
孫姫から返ってきた言葉は、実に意外なものであった。
「しかし、コルナよ……。
我が国は、強力に推し進めた兵農分離により、騎士たちの精強さを維持すると共に、作物の生産効率を飛躍的に高めたのだ。
しかも、ハッキリと身分を区別することによって反乱を未然に防ぎ、人心を安定することもかなった。
剣を取るべき者が剣を取り、クワを持つべき者がクワを持つ……。
これこそが、国家百年の計と言えよう。
それに、戦で失った民の命は戻らぬのだから……」
あの時……。
大円卓の間で第二子ケイラーが言いたかっただろうことを、スラスラと口にしてしまう。
こうしてみると、自分の決断がどれだけ強引で、愚かで、民の犠牲をいとわないものであるかが丸裸となってしまうが……。
「ですが、必要な犠牲でしょう?
国というものは、王のみが支えるものではありません。
全ての民によって、支えられるものであるとコルナは考えます。
で、あるならば、国を維持するため、国の利がために、時として民が出血するのは当然であるかと。
むしろ、それだけ民が団結できる国であるのが素晴らしいと思いますわ」
うっとりとした声で、コルナはそう言い放ったのだ。
この姫にそう言われると……。
心中で抱いていた、己自身への批判が、すうと消えていくのを感じる。
「ねえ、お爺様……。
そうは思いませんか?」
そして、その瞳で覗き込まれると……。
彼女の言葉こそが正しいと、信じて疑えなくなる。
いや、疑う必要などどこにあろうか……。
先の王は正しい決断をしたし、孫はそれを讃えているだけなのだ。
そして、自分もコルナが讃えるかつての王と同じ決断を果たしたのである。
「うむ、そうだな」
ゆえに、グスタフ・ロンバルドは力強くうなずいたのであった。
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一人の人物に権力を集中させ、群体としての自分たちを指導させる……。
人間が作り出したこの構造は実に面白いと、コルナ・ロンバルドの前でしきりにうなずく老人を見ながら思う。
なぜなら……。
その人物が、ほんのわずかに判断を誤ったならば……。
群体としての人間も、たちまち滅びの道へ突き進むことになるのだから……。
全てが、思惑通りだった。
コルナ・ロンバルドが薄い笑みを浮かべたのは、自分の意思を反映したからにちがいない。




