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徴兵 中編

 兵力というものは、大別して二つに分けられる。

 すなわち、常備軍と予備軍である。

 ロンバルド王国にとって、兵力というのはもっぱら前者を指す用語であり、後者が動員された最後の記録は、ロンバルド13世が行った南征にまでさかのぼらなければならなかった。


 それというのも、平和な時代が長く続いたからであり、他国への抑止力や魔物へ対抗するための兵力ならば、常備軍として組織された王家及び各領主の騎士団があれば十分だったのである。

 そして、自分たちの力のみで民の安寧(あんねい)を守れているというこの状況は、王国騎士にとって誇りそのものであったのだ。


 ゆえに……王国騎士団を預かる第二王子ケイラーが仏頂面を取り(つくろ)おうともしないのは、しごく当然のことであるといえるだろう。

 なんとなれば、建国王ザギの宝剣が見守りしこの大円卓の間において、たった今……徴兵を行うことが決定されたのだから。


「陛下……お考え直し頂くことはかないませぬか?」


 心中に抱いている怒気を押し隠しながら、王国一の騎士が父王にそう尋ねる。

 しかし、それに対し国王ロンバルド18世は、静かに首を振ってみせた。


「ケイラーよ、お前が憤る気持ちは分かる。

 しかし、お前が居ぬ間に話し合った結果、徴兵は必然という結論に達したのだ。

 賊軍を――アスルを打倒するためにな」


「お前も、アスルが復活させ自身の兵たちに与えているという武器――ブラスターとやらのことは知っていよう?」


 父王の言葉を継ぎ、第一王子カールがそう尋ねる。


「矢も魔法も届かぬ距離から、恐るべき威力を秘めた光の線を撃ち放つあの武器……。

 これを(よう)する敵軍に対し、既存の兵力でどう戦う?」


付城(つけじろ)を用いまする」


 兄の言葉に、ケイラーは一瞬の間も置かず即答した。


「野戦や無理攻めは一切せず、各拠点への付城(つけじろ)戦術によって、じわりと圧をかけるのです」


「しかし、敵の台所事情が悪化することは期待できんぞ?

 何しろ、あちらは無尽蔵に兵糧を生み出せる……。

 また、その気になれば空から物を運び込める以上、兵站(へいたん)の妨害もしきれない。

 それでは、付城(つけじろ)戦術の強みが活かせまい?」


「軍というのは、食事さえ与えればまとまるというものでもありません」


 兄の言葉に、一切引かずケイラーはそう言い放つ。


「賊軍はしょせん、寄り合い所帯。結束の面で弱みを抱えています。

 付城(つけじろ)の圧でそれをあぶり出し、瓦解させ、ゆくゆくはこちらに有利な条件での講和を行うのです」


 これは、『テレビ』から得られた情報を基に、ケイラーが考え抜いた戦略であった。

 あの、ブラスターという武器……。

 真正面からぶつかるのは、あまりに愚策。

 よって、数の利を活かしつつも、直接対決は避けることを考えたのである。

 (いくさ)の勝利というものは、何も敵兵を殺すことのみで得られるものではないのだ。


「ぬるい」


 しかし、そんな自分の提案を父王は一蹴(いっしゅう)してみせた。


「よいか? ケイラー……。

 天が下、ロンバルドが二つ存在するなどあってはならない。

 そのようなことを許せば、王家の威信は確実に揺らぎ、今以上の勢いで諸侯も離れてゆくことだろう」


「む……」


 これを言われては、ただちに反論できないケイラーである。

 諸侯からの忠誠というのは、つまるところ、王家が圧倒的な力を有しているからこそ捧げられているのだ。

 力なき王家がどのような末路を迎えるかなど、大陸史の中で消えていった無数の国が証明している。


「……ともかく、我が名において一度決定したことはくつがえらぬ。

 これより先は、具体的な徴兵対象の条件について話し合おうではないか」


 ケイラーが押し黙ったのを見て、ロンバルド18世がおごそかにそう告げた。

 こうなってしまえば、もはや一切の反論は許されない。

 封建社会において、国王の言葉は神が口にしたそれも同然なのだ。


 かくして……。

 ロンバルドが誇る大騎士は、己の感情を押し殺しながら、その議論へ加わることとなったのである。




--




 王都フィングを出てすぐの草原において、馬を駆る貴族の姿というのは珍しくもない光景であった。

 王都に暮らす貴族たちはこの草原で馬術を学び、やがて騎士となった日には、ここで磨いた腕を国のため大いに活かすのである。


 特に、第二王子ケイラーはここの常連と呼ぶべき存在であり、私財を投じ実に二百頭以上もの軍馬を所有する彼は、日頃からこの草原で愛馬たちの適正と血統とを研究し抜いているのだ。

 ゆえに、彼がここで馬を駆けさせているというのは、決して珍しい光景ではなかった。

 しかし、


「――ブルルゥッ!」


「――むっ!?」


 手綱で伝えた指示を愛馬に拒否される大騎士の姿というのは、滅多に見られるものではないだろう。


「そうか……すまん。

 俺のいら立ちを、お前にぶつけてしまったな」


 抗議するようにこちらを見やる愛馬に苦笑しながら、ケイラーがその背を撫でてやった。

 言うまでもないが、馬が人を乗せるのは背……あらゆる脊椎動物にとって、弱点と呼ぶべき部位である。

 そこにまたがる者がいら立ちを隠さず、負担をかけようとしてきたならば、拒否する権利が騎士最大の相棒には存在した。


「すまぬな……。

 ここしばらく、諸侯を巡って行ってきた俺の交渉が無駄に終わったかと思うと、どうしても腹が立ってしまうのだ」


 供となる者たちも連れておらず……。

 今、この草原には己と愛馬のみ。

 その気安さから、普段は許されぬ愚痴を吐いてしまう。


「このところ、俺はラフィン侯爵家を始め、主だった貴族家の領都を訪れ、その領主と面会してきた」


「――ブルルッ!」


「ふはは、自分を連れて行かなかったことを責めるな。

 お前、蹄を痛めていたではないか?

 さておき、そうして領主たちと(じか)に会うことで来たる日の……持ちうる最大規模での派兵を確約させてきたのだ。

 だが、父上も兄上も、それだけでは不足とおっしゃる!」


 最後だけは語気を強めながら、己の不満を吐き出す。

 そんな自分を、愛馬はじっと見つめ続けており……。

 その大きな瞳でそうされていると、何やら心安らぐと共に、少々の物寂しさを感じてしまう。

 愛する妻を失ってからというもの、自分が本心をさらけ出せるのは馬の前だけとなってしまったのだ。


「ふ……楽しい時間に、つまらぬことを聞かせてしまったな」


 一度下馬し、腰の革袋からベリーの実を取り出す。

 すると愛馬は、待っていましたとばかりに差し出したそれをほおばり、嬉しそうにいなないた。


「――帰ろう」


 再び騎乗し、王都へ向けて馬首を巡らせる。

 頬を撫でる初夏の風が、近い内に訪れる……ひどく凄惨(せいさん)な戦場の光景を予感させた。

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