あする1/2 9
『まさか、この手で人類の建造物を破壊することになるとはな……』
『まあ、そう言うない。
ちょっとした解体工事だと思えば、オレ様たちのアイデンティティとも衝突しないさ』
『解体工事にしちゃあ、ちょっとばかり派手なことになるけどな』
俺の要請を受け、『マミヤ』と共に呪沼境へ駆けつけた三大人型モジュール――カミヤ、キートン、トクが、口々にそのようなことを言った。
普段は無手の状態で各種任務に従事する彼らであるが、今日ばかりは少々その装備が異なる。
カミヤは、自身の全長ほどもある巨大なガトリングガンを携行し……。
キートンは、俺たちが使用するそれを、そのままスケールアップしたようなブラスターライフルを手にしている。
最も重武装なのはトクで、両肩には使い切りのミサイルを一基ずつ装着し、両手にはマシンガンを携えていた。
魔物が大発生して以来、彼らは普段の開発任務に加え、遊撃的に魔物と戦っていたわけだが……。
それと並行し、きたるべき大きな戦いに備え、自分たちの手で開発及び製造していたのがこれら装備である。
話には聞いていたが、鋼鉄の巨人がごっつい武器を構えているというのはこう……男心がくすぐられるな。
『しかし、いいのかマスター?
いざという時のことを考えると、残しておいた方が良いんじゃないかと思うが?』
最後の確認として尋ねてきたカミヤに、俺は首を振りながら答える。
「いや、古代の人々がどのような願いを込めてここを造り上げたにせよ……。
また、彼女本人が自分の任務についてどう思っているにせよ……。
俺は、一人の女の子をこんな所へ縛り続ける存在は、あってはならないと思う。
――構うことはない! 完膚なきまでに破壊しろ!」
『ヒュー! 言うねえ!』
ライフルを手にしたキートンが、肩をすくめてみせた。
『ま、そういうことなら遠慮なく試し撃ちの標的にさせてもらおうじゃないか。
マスター、危ないから十分に離れていてくれ』
「おう!」
トクにうながされ、甲虫型飛翔機へ乗り込み素早く空中に退避する。
「いいぞ! やってくれ!」
そして、上空から操縦席の無線を通じそう伝えたのだが……。
『ようし! それじゃあやるか!
……ちょっと楽しみだな。プラネットリアクターを爆発させる機会なんて、滅多にないし』
「へ?」
カミヤの言葉に、間抜けな声を上げてしまった。
『ああ……。
オレ様たちや『マミヤ』の主動力にもなっている、超貴重な代物だからな。
何しろ、造るのにゼペリウムを始めとする希少資源が山ほど必要だし』
『それが地下に埋まっている施設を、完膚なきまでに破壊しろとは……。
どうやら、マスターはこの件に関して並々ならぬ怒りを抱いているようだ』
「え? いや? ちょっと……?」
続いてキートンとトクから発された言葉に、操縦席の上でわたわたと慌てふためく。
『それじゃあ、やるか!』
『ああ!』
『おう!』
いや、そんな貴重な物が埋まってるなんて知らないから!
なに? 効果的に破壊するためスキャンしたら見つかったとかなの?
そういや、どうやってナノマシンとか維持してるんだろうと思ってたけど、そのためにプラネットリアクターが埋設されてたの!?
『『『アーユレディ!?』』』
「ダメです!」
なんとかして制止しようとするも、圧倒的な火力は容赦なく呪沼境に叩き込まれ……。
古代の人々が残した遺産は、大爆発を起こしながら文字通り消滅したのである。
--
「数千年に渡って遂行してきた任務。
失われる時というのは、一瞬ですね」
『マミヤ』に存在するブリッジの中……。
適当なロープでぐるぐる巻きにふん縛られた名もなき有機型端末は、巨大モニターに映された大爆発の光景を見ながらそうつぶやいた。
「よろしかったのですか?
抵抗もせず、拘束されてしまって」
そんな自身の同型端末に向けて、イヴは首をかしげながらそう尋ねる。
マスター――アスル・ロンバルドが彼女を拘束し、呪沼境を破壊すると言った時は相応の抵抗があると思われたのだが……。
意外にも、それはあっさりと果たされた。
彼女は自分とちがい、戦闘用に――それこそ石器でも魔物と渡り合えるほどに――調整されているにも、関わらずである。
自らに課せられた使命を第一とする有機型端末としては、ありえぬ任務放棄とも言えた。
だからこうして、貸し切り状態となったブリッジで尋ねているのだ。
「説明。
『マミヤ』の全面バックアップを有する相手に抵抗したところで、なんの意味も持たないと判断しました」
そんな自分に対し、彼女は機能していない発光型情報処理頭髪を軽く振りながら答える。
「私と同じ有機型端末とは思えない言葉ですね。
それは、自身のアイデンティティを否定することにもつながるのでは?」
「肯定。
自分でも驚いています」
イヴの言葉に、彼女は眉一つ動かさず答えた。
しかし、その表情にどこかすがすがしさのようなものを感じてしまうのは……自分が同じ、有機型端末だからであろうか?
「もしかしたならば、長きに渡る任務の中で、自分の中にバグと呼ぶべきものが生まれてしまったのかもしれません。
終わりなき任務が、いつか終わったならば。
そして、その先があったならば。
そんなことを、どこかで考えていたのかもしれません」
名も任務もなき有機型端末は、縛られた状態で目を閉じながらそのように独白してみせる。
そして、言い終えると同時に、目を開きながらこう言ったのだ。
「そう、ためらうことなくあの施設を破壊すると決断した、あのマスターの下で」
そう言いながら、彼女が視線を向けた先……。
巨大スクリーンの中へ映し出されていたのは……。
「そのマスターは、どうやら突如として存在を知らされたプラネットリアクターへの執着を捨て切れず、爆心地へ突っ込んでしまったようです」
「質問。
そのようなことをすれば、死んでしまうのでは?」
「イエス。
搭乗していた甲虫型飛翔機もろとも、跡形もなく消滅したようですが、五分もすれば無から復活を果たすものと思われます」
「再度質問。
あのマスターは、本当に人間なのですか?」
「イエス。
ですが、時たまあらゆる生命の範疇を逸してみせる人物です」
「逸しているというレベルではない気がしますが?」
「イエス。
実にイエスです」
早くも空中で復活を果たしつつあるアスル・ロンバルドの映像を尻目に、同型の有機型端末を見やる。
「それゆえに、これから先は決して退屈しないことを保証します」
そんな自分に対し、彼女は――有機型端末としてはありえぬ――溜め息を吐き出しながら、こう言ったものだ。
「同意。
実に、退屈しなさそうです」
こうして名もなき有機型端末は、新たな居場所を得たのである。




