あする1/2 8
毎年ハロウィンの日に、全ロンバルド国民が踊ってきた謎の舞い……。
その正体は、ここで試練として課されるダンスそのものであった。
この複雑にしてダバダバとした舞いを初見で習得した建国王ザギ・ロンバルドは、さすがという他にないが……。
彼は同時に、難易度の高さについても察したにちがいない。
ゆえに――年中行事の中へ仕込んだ。
もし、自分の子孫がパワースポット利用型療養施設――長いから呪沼境でいいや――を必要とした時、難なくこの試練を突破できるように……。
――ありがとう! ご先祖様!
――これで、あたいは俺に戻れます!
そんなわけで、ルンルン気分で案内された呪沼境は、分厚い霧によって覆い隠されていた。
無論、霧といっても単なる水蒸気の集まりではない。
その中には、ジャミング機能を有したナノマシンが豊富に含まれており、人や動物はおろか、同型の有機型端末であるイヴ……。
ひいては、イヴとリンクしている『マミヤ』のメインコンピューターですら惑わし、マッピングしているにも関わらず踏破したものと錯覚させるらしいのである。
いやはや、何をどうしたらそうなるのかは知らないが、やっぱ超古代の技術は大したもんだ。
そんな超高性能な霧に隠されていた呪沼境の正体――それは、沼というよりも清らかな泉と称すべき場所であった。
水質は透明そのもので、水面を突き出し、人の背丈ほどはあろうかという高さにまで成長した水草が繁茂する様は、生命の発露そのものである。
そんな水草たちをそっとかき分け、真っ裸となった俺はそっと沼の中に浸かっていく……。
奥深い森の中に隠されていた沼の水は冷やりとしていて、本来ならば体温を奪いそうなものだが……。
これが、惑星の持つサイキックエネルギーというやつなのだろうか……浸かっていると体の奥がじんわりと熱を持ち、何やら非常に心地良い。
それは、足の裏や尻にまとわりつく泥もまた、同じ……。
しっとりと肌にまとわりつき、疲れというものを根こそぎ奪い去っていくのだ。
――ああー、気持ちいい。
ずっとこうしているのも悪くはないと思い始めたその時、変化が起こった。
体中の全細胞が熱を持ち、徐々に……徐々にその形質を変えていく……。
それはむずがゆく、また、なんとも頼もしい感覚……。
本来備わるはずないものが消え去っていき、逆に、本来あるべきものが蘇っているのだ。
絶頂時にも似た圧倒的な多幸感は、俺に目を開けていることすら許さず……。
ようやくそれが収まった時、俺は……俺は……。
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「戻ったぜ!」
身長筋肉髪型その他諸々、見事に復活を果たした俺はバトルスーツを文字通り雄々しく身にまとい、待っていたみんなの所へと帰還した。
「おめでとうございます!」
「なんだかんだ言って、ちょろいもんだったな」
「女の子モードでもちょっとドキドキしてたけど、やっぱアスルは男じゃないとオレも困っちゃうもんな!」
俺の姿を見たルジャカと辺境伯領一腕の立つ殺し屋が素直に喜び、エンテはちょっと危ない兆候の感じられる言葉を言い放つ。
「こう、水をかけたら女の子になるような感じにはできなかったのですか?」
「否定。
そのような謎の機能は存在しない」
一方、イヴは恐ろしいことを同型の有機型端末に尋ねていた。
お前、まだアイドルユニットの野望を捨てていなかったのか……。
「ともかく、せっかくだからお前たちも浸かって疲れを癒してくるといい。
疲労という疲労が吹っ飛ぶし、多分、体の不調箇所ものきなみ良くなるぞ? 俺、二枚爪もついでに治ったし」
俺の言葉を受けて、イヴ以外の三人がジャンケン合戦を始める。
どうやら、先にルジャカと辺境伯領一腕の立つ殺し屋で勝敗を定め、その勝者がエンテとジャンケンをし、男女どちらが先に使うかを決めるらしい。
まあ、仲良く使ってくれればいいさ。
それに関しては任せて、改めて有機型端末へと向き合う。
「それで、今後ここはどうなるんだ?」
「説明。
今後はあなたをマスターとして定め、寿命が尽きるその時まで所有権を認めます」
「となると、君も俺たちの仲間になるってことか?」
「肯定。
広義の意味においては、そういうことになります」
同じ有機型端末でも、そこら辺にはパーソナリティのちがいがあるのだろうか……。
常に淡々とした口調と仕草で通すイヴとは異なり、きびきびとした動作で名もなき有機型端末が答えた。
「そうなると、いつまでも呼び名が分からないままじゃ困るな……。
君の製造者たちからは、なんて呼ばれてたんだ?」
「自分に個体名は存在しません。
単独で製造されたため、その必要が認められなかったのだと思われます」
「ああ、やっぱり名前がなかったのか」
今まで、脳内で勝手に名もなき~とか言っちゃっていたが……。
予想通りというか、彼女に名前は存在しなかった。
本人は、その必要がなかったためと言っているが……。
実際には、少しばかり事情が異なるんじゃないかと思う。
何しろ、数千年も、その先も、一人ぼっちで任務に当たらせる存在なのだ。
彼女を製造した一派からすれば、情が移るのは避けたかろう。
だが、それは昔の人たちにとっての事情だ。
俺からすれば、知ったことではない。
「となると、名前が必要だな。
これまでは、ここで一人きりだから不要だっただろうが、今後は一緒に行動するわけだし。
名前がないんじゃ、こっちも困る」
だから、こう言ったわけだが……。
そんな俺に対し、彼女はこくりと首をかしげてみせたのである。
「否定。
確かに、広義の意味では仲間となりましたが、自分はここを動きません」
「え、そうなの?」
思わずそう問いかけると、後の説明はイヴが引き継いだ。
「マスター、彼女の命令系統最上位に位置するのは、あくまでこの施設を建造した一派です。
よって、この施設を守護するという任務が常に優先されます」
「それってつまり、未来永劫、この施設――呪沼境に張り付き続けるってことか?
ここが存在する限り」
「イエス」
「肯定」
俺の言葉に、二人の有機型端末がうなずいてみせる。
いやいや、ずっとここに一人きりでいるって……。
「君は、それでいいのか?」
そう尋ねると、名もなき有機型端末はまたも首をかしげてみせた。
「質問の意図を理解しかねます。
自分はここを守護するために生み出されたのですから、その任をまっとうするだけです」
「そうは言ってもなあ……」
腕を組みながら、しばし考え込む。
確かに、彼女と当たり前の人間とを同じ尺度で測ることはできない。
現に、彼女はすでに数千年間もこの任務へ従事し続けてきたのだ。
だが、この先も、果てしなく同じ日々が続くというのは……。
「――よし」
決断し、腰のツールボックスから携帯端末を取り出す。
かける先は――。




