あする1/2 7
――試練!
その二文字から俺が連想したのは、実に様々な可能性であった。
まず、最も代表的な試練といえば――バトル!
超古代文明が用意した何かイイ感じのマシーンとかを相手に、実力を示せという内容だ。
伝承されている限りでも、当人を知る長フォルシャから聞いた限りでも、我が祖先ザギ・ロンバルドは屈指の強キャラであり武闘派……。
そういった試練である可能性は、極めて高いだろう。
もう一つ、思いつくところでは――謎解き!
なぞかけに答えることで、その知恵を示せというものだ。
何しろ、『マミヤ』が現役バリバリだった時代の人々が残した試練である。
その英知を受け継ぐにふさわしい存在か、試してくる可能性は非常に高い。
その他にも、いくつかの可能性は思い当たるが、果たして……。
「質問。
あなた方は、自分の試練を受けますか?
それとも、受けずに帰られますか?
念のために説明しておきますが、該当施設は入念な偽装が施されており、自分がそれを解除しない限りは決して辿り着けないようになっています」
淡々と告げられる、有機型端末の言葉……。
互いを見交わした後、うなずいた辺境伯領一腕の立つ殺し屋が一歩前に進み出た。
「俺が受けよう!」
そして、力強くそう宣言したのである。
これこそが、無言のアイコンタクトで練り上げた作戦!
何も、全員が一度に受ける必要はないのである。
ここは一つ、失敗すること前提であいつに試練を受けさせ、内容を把握してから満を持してこの俺が――。
「拒否。
申し訳ありませんが、そういうのは受け付けておりません。
試練には、ここにいる全員で挑んで頂きます。
付け加えると、先ほど個体名イヴから受け取ったデータに存在する正統ロンバルド所属の人間及び改良種はまとめて再チャレンジ不可とします」
が、有機型端末の言葉は無情なものであった。
「「「「ですよねー」」」」
これには、イヴを除く全員でうなずきながら苦笑いを浮かべる。
そりゃそうだ。そう簡単に再チャレンジできるようにしとくはずがない。
「なら、覚悟を決めるしかないな。
なあに、俺の先祖は単独でこれを突破したんだ。恐れる必要はない」
「イエス。
別に失敗した場合でも、マスターがアイドルデビューを果たすだけです」
「よし! 貴様ら!
何を犠牲にしてでも必ずクリアするぞ!」
イヴの言葉を受けて、全員に檄を飛ばす。
この試練――失敗は許されない!
「それで、試練というのは一体なんだ?
どこかへ移動してやるのか?」
「否定。
試練は、今すぐこの場で可能です」
そう言うと、名もなき有機型端末はゆるりと足を開いてみせた。
自然な立ち姿でありながら、しかし、呼吸による肩の上下すら感じさせぬ見事な姿勢である。
例えるなら、そう……まるで一流の踊り子が、舞踏を披露する前に見せるようなそれだ。
そして、どうやらその直感は正しかったようであり……。
キリリとした表情になった有機型端末は、こう言い放ったのである。
「自分からあなた方に課す試練。
それはずばり、ダンスです。
今から自分が見せるダンスを、誰かが寸分たがわず再現すればクリアとみなしましょう」
言うや否や、彼女が見せた一連のダンス……。
それは――。
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その有機型端末に、名前はない。
与えられたのは、使命のみである。
その使命とは、ある施設の守護だ。
パワースポット……俗に龍脈とも呼ばれる、惑星そのものが持つサイキックエネルギーが噴出する地点に建造された、療養施設……。
これを守護し、もし、その力を必要とする者が現れたならば、その資格があるかを試す……。
ただ、そのためだけに製造されたのが彼女なのである。
その療養施設、及び彼女を製造した一派は、『マミヤ』に乗り込んだ者たちの中でもより先進的な……過激ともいえる自然回帰思想を持つグループであった。
彼らは、当時『マミヤ』の議会で可決された療養施設建造の任へ忠実に当たったが……。
しかし、自分たちが手がけたその施設が使われることは、よしとしていなかった。
人間というものは、一度石器時代にまでその文明を退行させ、どこまでも自然と寄り添い生きるべし、というのが彼らの思想だったのである。
ある程度まで文明を退行させるべし、というのは『マミヤ』に乗り込んだ者たちの総意であったが、より極端な考え方をするに至っていたのだ。
ゆえに、彼女が製造された。
同志たちが決定したのならば、その命には従わねばならない……。
かといって、建造した施設がやすやすと使われるような状態――後世の者たちが秘匿された現行技術に気づき、復活を目指すような状態は避けたい。
その有機型端末は、後者を叶えるための折衷案として用意されたのだ。
彼女へ託されたダンスには、その一派が抱いていた清廉な思想……その全てが込められている。
もし、一見してこれを習得する者が現れたならば……。
その時は、封印された力が使われるのもよしとしたのだ。
そんな想いが込められたダンスを舞い終え……。
「以上で、ダンスは終わりです。
それでは、ここからが試練となります。
自分が躍った通り、寸分たがわず……」
一行を見やった有機型端末の目が、大きく見開かれた。
これは、感情というものを有さない有機型端末の特性を思えば、驚くべきことである。
しかし、それも無理はないだろう……。
一体、いつの間にそうしたのか……。
アスルとかいう、一行のリーダー……。
及び、その仲間であろう男性二名が――頭にカボチャをかぶっていたのだ。
そんなもの、どこから取り出したのか……。
というか、かぶってどうするのか……。
何もかもが意味不明で、異常な状況である。
「あの、何を――」
尋ねようとした有機型端末の言葉が、掲げられたアスルの手に遮られた。
そして、そのまま……カボチャマスクをかぶった彼女は、こう言い放ったのである。
「騒ぐな。
……陰茎が苛立つ」
――いや、あんた今は付いてないでしょう?
などとツッコミを入れる間もなく、アスルたちがゆらりと動き出す。
それから三人が繰り出したのは、驚くべきことに――有機型端末が見せたのと寸分たがわぬ舞い。
拳の突き出しや蹴りを多用した振り付けは、見るからにダバダバとしていておよそ舞踊というものに必要とされるまとまりは一切感じられず……。
時折、織り交ぜられるエキゾチックな腰つきが特徴的な動きは、どこか挑発的である。
一連の動きに込められたメッセージはそう――反省である。
このダンスは、反省を促しているのだ。
人類という種の愚かしさ……。
幼年期に存在した純粋さを失うことの愚かしさ……。
人という種の傲慢さが母なる存在すら焼き尽くすことの愚かしさ……。
地球から銀河帝国へ……。
そして、銀河帝国から現在の文明へ……。
DNAレベルで刻み込まれた教訓を今再び思い描かせ、反省を促しているのである。
時間にして、4分19秒。
あの、ザギという男に比べれば格段に身体能力で劣るだろう三人は、まるで毎年それを踊っているかのごとく、完璧にこれを舞いきってみせた。
これを見せられてしまっては、もはやうなずく他にない。
「合格。
あなた方に、施設を利用する資格があると認めます」
誇らしげにするカボチャマスクの三人だったが……。
改良種の少女はバカらしくてたまらないという顔をしており、個体名イヴもまた、必要以上の無表情さをみせていた。
※次回でもちょっと触れるけど、「閃光のハロウィン」参照。




