あする1/2 6
――自立式有機型端末!
その言葉を受けて、俺たちは一斉に謎の美女へ視線を向けた。
なるほど、そう言われれば、うなずけるところがある。
感情を感じられない、人形じみた無表情さといい……。
整い過ぎるほどに整った顔立ちといい、あまりに均整の取れ過ぎたプロポーションといい……。
イヴより少々年上に見えることと、白一色の髪を除けば、身体的な特徴は全て共通しているのだ。
「それって、彼女も『マミヤ』で……あー……製造されたってことか?」
「イエス。
おそらくは、入植初期にこれを助けるべく量産された端末の一体であると推測されます。
入植時の盟約により、役割を終えた端末は人間同様に寿命を迎えたはずですが、例外がいたようです」
俺の質問に、イヴが淡々とそう告げる。
『マミヤ』に残されていた先祖からのメッセージによると、古代の人々はくだらない……そう、実にくだらない理由で築き上げた文明も技術も捨て去り、あえて退行した生活を営むようになったのだが……。
なるほど、それが安定するようになるまでには、相応の補助が必要だったはずだ。
その役割を果たしたのが、イヴと同型の有機型端末たちだったということだろう。
「オレ、よく分かんないんだけどさ……。
要するに、あの人はイヴのお姉ちゃんってことか?」
「強いて言うならば、イエスということになります。
とはいえ、何千歳も年が離れた姉ということになりますが」
「オレと父上よりも年の差があるってことか!?
スッゲー!」
イヴの返答に、エンテが驚きの声を上げた。
まあ、エルフよりも長生きの存在なんて、初めて目にするだろうからな。無理はあるまい。
そんな俺たちのやり取りを、名も知らぬ有機型端末は無表情に見つめていたが……。
「ガセパガバダダヂンロボバ?」
上を指差しながら、そんなことを告げてきた。
が、今度は翻訳されずとも何を言われているのか察せられる。
ガサガサと、空を覆う枝々を押しのけつつ……。
イヴの呼び出した甲虫型飛翔機が降り立とうとしていたのだ。
「イヴ、とりあえず着替えを待ってもらうよう伝えてくれ。
このままじゃ、あそこでそっぽ向いてるルジャカと辺境伯領一腕の立つ殺し屋が会話に加われない」
「イエス。
ビガゲスボゼラデデブザガギ」
イヴの言葉に、有機型端末がこくりとうなずき……。
とりあえず、俺は荷物を漁り予備のバトルスーツへと着替えたのである。
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「それにしても、このままでは不便ですね。
意思の疎通が図れません」
「多分、こいつが例の呪沼境とやらを知ってると思うんだけどな。
流れ的に、管理を託されたとかそんな感じだろう?」
俺が、一〇〇パーセント健全な体にピッチリ貼りつくスーツ姿となり……。
ようやくまともに会話へ加われるようになったルジャカと辺境伯領一腕の立つ殺し屋が、口々にそんなことを言い放った。
「確かに、不便でならんな……。
イヴ、どうにかならないのか?」
「イエス。
少々、お待ちください」
俺に問いかけられたイヴが、一歩、有機型端末の前へ歩み出る。
そして、そのまま自然体となり……静かに両目をつぶった。
すると……おお……色彩を自在に変じさせる彼女の髪が、常より激しく色合いを変えながら明滅し……。
それに合わせ、有機型端末のくるぶしまで伸びた髪も、様々な色合いへ変化しながら輝き始めたのである。
「こうしてみると、やっぱイヴのお姉ちゃんなんだなー」
頭の後ろで手を組んだエンテが、そんな感想を漏らす。
確かに、そっくりの二人である。
ちがいがあるとすれば、イヴが目をつぶっているのに対し、有機型端末はまばたきひとつしていないことだが……。
それは、情報を送る側と受け取る側のちがいか、はたまたパーソナリティのちがいなのだろうか……。
ともかく、二人の人型端末が見せた激しい頭髪の発光は、そのまましばし続き……。
やがてそれは、収まった。
収まると同時、有機型端末の方は白髪へと戻ってしまう。
「あれ、戻っちまったが……」
「失敗ですかね?」
辺境伯領一腕の立つ殺し屋とルジャカが首をひねるも、それは本人自身に否定された。
「否定。
個体名イヴとの同期は完全に完了した。
自分は、あなた方の情報について完璧に理解している」
「おお! ちゃんとオレたちの言葉で喋れてる!」
有機型端末の流ちょうな喋りに、エンテが感心してみせる。
「イエス。
本人が言っている通り、我々の事情についておおよその情報伝達を完了しました。
同時に、この時代における風習などについてもアップデート済みです」
「便利なもんだよな。
それで、君……イヴと同じような存在なんだよな?
ここで、何をしているんだ?」
俺の言葉に、名前の知れぬ有機型端末はびしりと姿勢を正してみせた。
「説明。
自分は、この近くに設営されたパワースポット利用型療養施設を守護する任を与えられています」
「つまり、呪沼境の守護者ってわけか……。
にしても、イヴが言う通り何千年も前の命令なんだよな?
よく寿命が尽きなかったもんだ」
「説明。
自分たち有機型端末は、定期的なメンテナンスによって半永久的な活動をすることが可能な設計となっています」
俺の疑問に、ぶっちぎりのミレニアム歳らしい有機型端末が、きびきびと答える。
「でも、その間ずっと一人……一人だよね?
一人でそこを守ってきたんだろう? 普通なら、精神がもたないと思うが」
「否定。
確かに、自分は単独でその任に当たっていますが、我々にそのような感情は存在しません」
有機型端末の言葉に、イヴを除く俺たちは互いの顔を見合わせた。
何千年もの間、こんな奥深い森の中で一人っきり……。
とてもじゃないが、想像の及ぶ世界ではない。
「マスター、私たち有機型端末は存在の根底から通常の生物とかけ離れています。
その辺りは、あまり深く考えない方がよろしいかと。
それより重要なのは、彼女が呪沼境を守護しているという事実です」
「おお、そうだな」
イヴの言葉に気を取り直し、有機型端末へ向けて一歩踏み出す。
そして、こう尋ねた。
「多分だけど、ずいぶんと昔に俺の先祖――ザギ・ロンバルドがここを訪れたと思うんだが?」
「肯定。
当時はファミリーネームを名乗っておらず、また、言葉も通じませんでしたが、己を指してザギと名乗る人物は案内した経験があります」
「おお! なら話が早い!」
有機型端末の言葉に、パンと両手を叩く。
「ぜひ、俺の先祖にしたように、彼が呪沼境と呼んだ場所……。
その、療養施設とやらへ案内してくれ」
「拒否」
が、俺の願いに対する返答はそっけないもので……。
思わず、ズッコケてしまった。
「あのですが……。
あなた方は、アスル陛下……すなわち、超古代文明でリーダーだった人物の子孫に従うよう作られているはずでは?」
「確かに、そういう話だったよな」
ルジャカと辺境伯領一腕の立つ殺し屋の言葉に、有機型端末は首を横に振る。
「否定。
自分を製造したグループと、『マミヤ』保持に携わったグループとは別の派閥です。
よって、自分の命令系統に『マミヤ』旧キャプテンは加えられていません」
「それって、こないだの殺人事件で騎士たちとモヒカンが揉めてたみたいなもんか?」
「そういうのって、それこそ古代の時代から存在したんだな……」
エンテの言葉に、俺は苦笑いを浮かべながらそう言った。
しかし、それでは説明のつかないことがある。
「だが、君は俺の先祖を案内してくれたんだろう?
それはなぜだ?」
「説明。
自分はここを訪れた人に対し、試練を課すよう命令されています。
そして、その試練を乗り越えた方のみ、施設にご案内しているのです」
腰の後ろで手を組みながら放たれた、その言葉に……。
俺たちは、またも顔を見合わせたのであった。




