挟撃
それから……。
謎の獣人兵たちは、上空から次々と光線を見舞っていった。
そう、恐るべきことに……。
あるいはいっそ、馬鹿げたことに……。
彼らの手にした筒は、連射が可能であった。
エルフの弓矢も魔術も、はるかにしのぐ威力の光線をである。
しかも、その連射速度たるや、尋常なものではない。
何しろ、指を引くだけで発射が可能なのだ。
一つ数える間に、一発。
いかなる甲殻も皮膚も貫き、致命の一撃を与える光の矢が、上空から雨あられと降り注いでくる……。
こうなってはたまらないのが、集落を包囲していた魔物たちだ。
「――――――――――ッ!」
恐怖か、あるいは戦意か……。
その咆哮に込められた意味を、知る術はない。
ただ一つ確かなのは、上空から魔物を狙う獣人兵らにとって、そのようなものはコケ脅しにすらならないということだ。
淡々と……。
そう、驚くほどに冷徹な表情で……。
獣人兵たちは、手にした筒から次々と光線を放っていく。
それらは、おおよその場合――一射一殺!
頭や胴に直撃した魔物はそれで命かあるいは戦闘力を失い、当たり所が良かった個体も、筋繊維をズタズタに焼き裂かれたことにより満足な身動きができなくなる。
中には、火球を吐いたり雷光を閃かせることで迎撃しようとする魔物もいたが……。
これにむざむざと当たる、獣人兵たちではない。
貝殻を上下逆にしたかのような浮遊台が、いかなる手段によってか彼らの意を受け自在に空中を動き回り、ひらりとこれを回避せしめるのだ。
「いかん!」
「飛べる奴らが出てきたぞ!」
防御壁から戦況を見ていたエルフ兵たちが、声を上げる。
魔物らも、地上から反撃する愚を悟ったのだろう……。
集落を囲う木々に止まっていた、飛行可能な魔物たちが飛び立ち、獣人らへと襲いかかったのである。
地を這う魔物らと比べれば、これを狙撃する難度は段違いだ。
迎撃にあたる獣人兵たちも、なかなか光線を当てられぬ。
彼らを指揮しているだろう初老の獣人のみは、依然として一射一殺を貫いていたが……他の者らは、魔物の体当たりやかぎ爪を受け始めた。
とはいえ、それでビクともしないでいるのは、彼らの身にまとう全身鎧が、王国騎士の金属鎧もかくやという防御力を有しているからだろう。
しかし、そうこうしている内に、地上の魔物たちも落ち着きを取り戻し始めているのが見て取れる……。
このような時、父フォルシャの判断は早い。
「魔力の壁を解除せよ!
後方に控えている者らも全員防御壁に呼び出し、総員で攻撃するのだ!」
偉大なるエルフの命を受け、我に返った兵たちが迅速に行動し始める。
「そうだ……これは……。
――挟撃が成立する!」
現実のものとは思えない光景へ、不覚にも立ち尽くしていたエンテであったが……。
それで、己の成すべきことを見い出せた。
「オレたちも負けてられるかよ!」
徐々に徐々に、魔力の壁が薄れていく中……。
率先して防御壁の縁に立ち、父が手ずから作ってくれた弓を引き絞る。
そして、それを――放った!
圧倒的な数に物を言わせ、自分たちを追い込んでいた魔物たち……。
これに矢を打ち放つことの、なんと痛快なことか!
籠城してから三つの夜を超える間……少女の胸で熟成し、燃えさかっていた怒りが矢に乗り、魔物の眉間を貫いた!
「――どんなもんだい!」
遠く離れた相手へ命中したはずの矢が、これを放った右手へビリビリとした感触を訴えてくる……。
まさに――会心の一矢!
だが、この感触を一度で終わらせるつもりもなく、また、終わらせてやる義理もない。
エンテは次々と矢を打ち放っていき、隣に立つ父フォルシャや他の兵たちもそれに追従したのである。
しかも、伝令を受けて後方から駆けつけてきた者たちが加わり……魔物らへ降り注ぐ矢と魔術は、一気にその数を増していったのだ。
「――――――――――ッ!?」
上空で乱戦を展開しようとしていた飛行する魔物たちが、動揺の叫びを上げる。
それは獣人兵たちにとって格好のスキであり、放たれた光線が次々とこれを射抜き、上空での戦況も一気に傾いた。
こうなれば、地上を支援する余裕も出てくる。
空飛ぶ魔物を追い払った獣人兵たちが、再び地上へと筒の先を向けていく……。
今まさに――謎の一団との挟撃が成立した!
囲い、あるいは挟む……。
これなるは戦場における必勝形であり、およそ全ての戦術というものは、この形を生み出すためにこそ存在する。
しかも、此度のこれは一方が上空から攻撃するという、極めて立体的な形を成しているのだ。
これが有効でない道理など、あるはずもない。
魔物たちは次々と屍を晒していき、もはや地面を見るのが困難なほどの有様と化しつつあった。
「――――――――――ッ!」
「――――――――――ッ!」
「――――――――――ッ!」
それはおそらく、撤退の意思を伝えるための叫びだったのだろう……。
いまだ圧倒的な数を有する魔物たちが、続々と森の中へ逃げ込んでいく。
魔物という存在は、半ば本能的に人間やエルフへ襲いかかるが、それは絶対というわけではない。
今回のように、明らかに損害ばかりが大きくなるという局面では、撤退するという理性を発揮することもあるのだ。
「逃がすか!」
浮遊の魔術を発動させながら飛び出そうとしたエンテの肩が、横合いから伸びた手に力強く押し止められる。
見上げれば、父フォルシャがこちらを見ながら首を横に振っていた。
「――撃ち方やめ!
各部署は、深追いしようとする者が出ないよう、厳命せよ!」
のみならず、普段からは考えられぬほどの大声量でもって周囲にそう言い聞かせる。
まさに今、深追いしようとしていたエンテは、それを受けて渋面を作る他になかった。
「どうやら、彼らも同じ判断のようだな。
指揮しているのは、あそこに浮いている少しばかり年かさの男か……。
おそらく、名のある武人なのだろう」
続いて上空を見上げた父が、感心した顔でそうつぶやく。
それに釣られて上を見れば……なるほど、上空の一団は戦闘継続する気がないらしく、手にした筒を上に向けながら集合しつつあった。
「あいつら、これからどうするつもりなんだ……?」
上空に漂う獣人兵たち……。
そして、嫌でも目に入る巨大な建造物を見やりながら、疑問の声を上げる。
今の今までは、魔物という差し迫った脅威を払しょくした高揚感に酔いしれていたが……。
こうして落ち着いてみると、先とは違った緊迫感が湧き出す。
それは、エンテのみならず他のエルフらも同じだったらしく……。
上空からこちらを見下ろす獣人たちと、これを見上げるエルフらの間で奇妙な空気が漂った。
唯一、落ち着き払っているのは隣に立つ父のみである。
そんな風にしていると、だ。
「――また、何か来たぞ!」
エルフの中でも特に目の良い者が、遥か彼方を指差しながら声を上げる。
エンテもそちらを見てみれば、なるほど……。
最初は、上空へ漂う点に思えた。
だが、それは徐々に大きさを増し、輪郭が作られていくのだ。
何かが、こちらへ接近しているのである。
それも、いかなる鳥類も及ばぬであろう圧倒的な速度で、だ。
注視する内に、はっきりと見えるほど距離を詰めてきたそれの正体は……奇妙な乗り物へ相乗りする男女だった。




