あする1/2 4
ベルクが治めるハーキン辺境伯領の特徴といえば、領内の大部分を占める森林地帯を置いて他にないだろう。
そこからもたらされる皮革などの採集物や、あるいは良質な木材そのものが奴の家を栄えさせてきた原資なわけだな。
そのようなわけで、森林地帯の大半には人の手が入っているわけだが……大半は、あくまで大半。
広大にして奥深い森林の中には、いまだ人もエルフも寄り付いていない場所も存在していた。
辺境伯領で暮らす人々が迷いの森と呼ぶここなどは、その代表格と言えるだろう。
「なるほどな……。
確かに、方向感覚が狂わされてるって感じがする。
エンテはどうだ?」
久方ぶりのライジングスーツを着用し……。
ヘルメットだけは未装着状態で周囲の森を眺めながら、そう尋ねる。
余談だが、このスーツは女性用制服以上に体のラインが強調されるため、なんだか裸で出歩いてるような気分にさせられた。
男の時は気にならなかったんだけどな……ひょっとしたら、精神まで女体化の影響に引っ張られてるのかもしれない。
「右に同じ。
手つかずの木々が密集してるからってだけじゃないな。
オレも森にはずいぶん慣れてるつもりだけど、ここは別格だ。
案内なしに歩いてたら、五分ともたずに遭難しちゃうよ」
俺の隣で、バンホーなどにも支給しているバトルスーツを着用したエンテが、種族的特徴である尖った耳をピコピコさせながら気味悪そうに周囲を見回した。
「ですが、ご安心ください。
方位磁針も役に立たないこの森ですが、常に『マミヤ』とリンクしている私がガイドすれば迷う心配はありません」
「もし、何か危機が迫った時は我らに任せてください」
「へっ……女子供の出る幕じゃねえ。
俺のブラスターが火を吹くぜ」
イヴが力強く断言すると、ルジャカと辺境伯領一腕の立つ殺し屋もそれに続く。
今回の探索行に選んだメンバーは、俺を含む以上五名である。
俺自身は当然として、森に慣れているエンテ、道案内に欠かせないイヴ、戦闘要員の野郎二人を選抜した形だな。
ライジングスーツを着用した俺はもとより、他のメンバーも全員がバトルスーツ装備であり、取り回しが悪いライフルこそ置いてきたが、拳銃タイプのブラスターはそれぞれ所持していた。
ヘルメットもスイッチ一つで伸縮格納状態から展開できるので、まさに完全装備である。
「ベルクの話によると、この辺には強力な魔物が潜んでいるって噂だから、気をつけて行こう。
……しかし、ご先祖様たちがもっと細かく座標を残してくれていれば、直接そこに甲虫型飛翔機で降りられたのにな」
「おそらく、植民開始時の混乱が原因であると思われます。
しょせんは人の手による仕事であるため、そのようなヒューマンエラーもやむを得ないかと。
あるいは、故意にそうした可能性もありますが。
方向感覚が狂うのも、対生物用のジャマーが働いているのだと思われます」
「どちらにせよ、やることは変わらないわけか。
早めに見つかるといいんだけどなー」
頭の後ろで手を組んだエンテが先頭に立ち、一同で森の中を進む。
いや、これは森というよりも、密林というべきか……。
余りに密集した木々が遮るせいで、昼だというのに日の光もろくに差さず……。
地面は木々の根によって隆起し、歩きにくいことこの上ない。
スーツのパワーアシストがなければ、移動速度はこの半分にも満たないことであろう。
「どうだ、イヴ?
今のところ、まっすぐに進めているか?」
「ノー。
もう左へ十五度、修正をお願いします」
「このくらいか?
森の中をまっすぐ進むこともできないなんて、エルフのプライドが傷つくぜ」
そのような感じで、時たまイヴに修正されながらエンテが先導役を務める。
作戦は単純!
呪沼境があると思わしき範囲内をひたすら練り歩き、早く見つかることを祈り続けるだけだ。
生ける地図と化したイヴがいるため、一度捜索した場所を堂々巡りする心配はない。
よって、いずれ必ず希望の地……というか沼へとたどり着くはずであった。
そんなわけで、『マミヤ』に保管されていたダンジョン探索RPGのマップ埋めをする時みたいに、未知を既知とするための歩みを続ける。
周囲の風景が変わってきたのは、二時間ほども歩いた時のことだった。
「なんか、この辺それっぽくないか?
ほら、沼があるし」
「どれどれ……」
立ち止まったエンテのそばに近づき、先に広がる景色を眺める。
なるほど、エンテが言っていたように……。
そこには、半径二十メートルほどはあろうかという沼地が広がっていたのだ。
「ふうん……沼っていっても色々とあるが、これはほとんど泥みたいな水質だな。
なんか気泡も出てるし、ひょっとしたら変な気体でも底から出てるのかもしれない」
そのほとりにまで足を踏み入れ、スーツに覆われた手を突っ込みながらそう分析する。
「変な気体って……迂闊に近寄って大丈夫なのか?」
「俺たちのスーツは、有毒成分を感知すると自動的にヘルメットを装着してくれる。
反応がないなら、おそらく二酸化炭素やメタンガスの類じゃないかな?」
エンテとそんな話をしていると、イヴたちも合流してきた。
「もしくは、マスターの体を元に戻してくれる力によるものかもしれません」
「その力って、どんななんだ?
なんか、古代の人々が秘匿した施設とか言ってたけど?」
俺が尋ねると、イヴが自慢の髪を静かに明滅させる。
どうやら、『マミヤ』と交信しているようだ。
「残された記録によると、惑星のサイキックエネルギーが集中及び噴出する場所――俗に言うパワースポットを利用した療養施設だそうです」
「惑星の魔力を利用した場所ってことか?
なら、『マミヤ』内の設備みたいに機械で覆われたりしてないのも当然なわけか」
「イエス。
ともかく、確かめるために今から成分分析を行いましょう」
言いながら、イヴが沼地を覗き込もうとする。
おそらく、自身の視覚を通じて『マミヤ』に分析させるつもりなのだろう。
エンテが声を張り上げたのは、その時だった。
「――っ!?
何か出てくるぞ!?」
「イヴ! 危ない!」
咄嗟にイヴを突き飛ばす。
エンテはといえば、素早い身のこなしで沼から飛びすさっており……。
ルジャカと辺境伯領一腕の立つ殺し屋は、そもそも沼から距離を置いた位置に控えていた。
つまり、沼のほとりに残っていたのは俺一人であり……。
イヴを突き飛ばしたことで反応が遅れた俺は、恐るべき勢いで沼から飛び出したそれらに全身を絡め取られてしまったのである。
「な、なんだこれは!?」
四肢といわず、体といわず……。
全身余すことなく絡みついてきたそれは、幾本もの触手であった。
しかも、その長さたるや尋常なものではない……。
沼の中から、見えているだけでも何メートルもの長さを誇るそれが、俺の体を拘束しているのである。
それになにより――この力!
触手はただ俺を捕らえ、絡みつくだけでなく……その全身を空中へ持ち上げてしまったのだ!
これでは、腰のブラスターが抜けない!
「だったら、ライジングスーツのパワーで……ん?」
かくなる上は、スーツの剛力にものを言わせて引きちぎろうとしたその時である。
なんか、全身からぶすぶすと黒煙が発したかと思うと……。
触手の触れた部分から、徐々に……徐々にと、スーツが溶け出し始めたのだ!
よく見たら、全身に散りばめられたパワークリスタルが光を失ってる!
「溶けてるううううううっ!?
つーか、このスーツいざという時に限ってクソの役にも立たないな!」
「アスル! 今助けてやるぞ!」
エンテが腰のブラスターを抜き放ち、それを撃とうとするが……。
――ビシュリ!
……と、それに先んじて触手の先端から放たれたよく分からない液体が彼女のブラスターに直撃し、これを無惨に溶かした。
「うわわ……!」
慌てて、エンテがこれを放り投げる。
謎の液体は、彼女の手袋部分をも溶かしていたが……。
幸いなことに、その下の皮膚は無傷なようだった。
「マスター、分析が完了しました」
「なんの!?」
触手に絡まれもがきつつ、こんな状況でも淡々としたイヴの言葉に耳を傾ける。
「これはおそらく、服や武器だけ都合よく溶かす謎の液体であると思われます」
「それって、ムフフ本に出てくる架空の液体じゃなかったのか!?
――あふん!?
ああ! 触手が直接肌に触れ始めて超気持ち悪い!
ルジャカ! 辺境伯領一腕の立つ殺し屋!
お前らも見てないで助けてくれ!」
「彼らは先ほどから前かがみになって戦闘不能です。
現在のマスターが、触手に絡み取られたナイスバディの半裸なちょっとロリ入った美女であることを考えると、致し方ないかと」
「ちくしょう! 男の性だから! ちくしょう!
ああくそ! 手で触れられないから衝撃波も使えない!」
空中でムフフ本みたいな感じになりながら、毒づく。
こ、このままでは描写できない状況にまで持ち込まれてしまう……!
野郎二名は前かがみとなり、イヴは無表情に俺を見上げ、エンテは魔術の発動準備を整える……。
どこからか投げられた槍が飛来したのは、その時だった。




