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あする1/2 1

 ――携帯端末。


 見た目は二つ折りの板切れにしか見えないこの道具であるが、内に秘めた機能を挙げていけばきりというものがない。

 アスルはこの道具を親正統ロンバルド派の貴族家当主へ気前よく配布しており、通話機能やチャット機能などは、これまで馬や手紙を用いなければ交流できなかった各貴族家間に活発な交流をもたらしているのだ。


 結果、最近になって貴族家当主の間で流行(はや)り出したものがあった。

 他でもない……。


 ――見合い話。


 ……で、ある。

 事の発端(ほったん)は、ある貴族家当主が携帯端末に備わった撮影機能を使い、年頃である娘の写真を撮り、他の貴族家当主たちに自慢したことであった。

 それに一目惚れした別の若き貴族家当主が、ただちに縁談を申し込み……。

 魔物との戦いが続き、近くは旧ロンバルド王家との(いくさ)も控えた状況下であるが、めでたくも婚姻が成立したのである。


 と、ここまでならばよい話であったのだが……。

 これを知った各貴族家当主が、携帯端末を用いた縁談の申し込みを活発に始めたのだ。

 その理由はひとえに、将来を見据えた派閥形成にある。


 何しろ、親正統ロンバルド派の貴族家当主たちは、旧ロンバルド王家を打倒した先に生まれる新生国家体制で、それなりの地位へ就くこと間違いなしな者たちなのだ。

 無論、それがかなうと決まったわけではないが、そのような未来を見据えたところで話は始まらない。

 と、いうわけで、各貴族家当主たちは携帯端末という最新の道具を用い、古臭い婚姻関係によるよしみを結ぶことへ密かに腐心していたのである。


 その(あお)りをもろに受けたのが、ハーキン辺境伯家当主――ベルク・ハーキンその人であった。


「やれやれ……」


 甲虫型飛翔機(ブルーム)で着陸した『マミヤ』内部のデッキ……。

 そこに降り立つなり、携帯端末の着信を確認したベルクは整った眉をひそめながら、盛大に溜め息を漏らした。


「何事かな?」


 共に甲虫型飛翔機(ブルーム)で馳せ参じたエルフの長フォルシャが、若き辺境伯を見ながらいぶかしげに尋ねる。


「いえ、大したことではありませぬ。

 ただ、また見合いの申し込みがありましてな」


「はっはっは! なるほど!

 最近、貴族殿たちの間で流行(はや)っているというあれか!」


 建国王とも実際に付き合いのあった偉大なエルフが、今だけは見た目通り、若者のようにはつらつとした笑みを浮かべる。


「よいではないか? 試しに会うだけ会ってみるというのも」


「簡単におっしゃらないでください。

 私はハーキン辺境伯家の当主として、今は体が複数欲しいほどの忙しさに見舞われています。

 とてもではありませんが、見合いなどしている暇はありませんよ。

 他の貴族家も、それは分かっているだろうに、このような申し入れをしてくるのですから……」


 携帯端末を仕舞い、肩をすくめながらそう答えると、大エルフは心底から不思議そうな視線を向けてきた。


「そうは言うがな……。

 私は、その貴族家当主たちの気持ちも少しは分かるぞ?」


「と、おっしゃると?」


「そもそも、貴君がいまだ未婚であるというのが、不自然なのだ」


 共に肩を並べ、ブリッジへ向け歩み出すと、長フォルシャはそのようなことを言い始める。


「ベルク殿は二十代も半ばを過ぎている。

 我らエルフのように、長き寿命があるわけでもなし……。

 いかに『マミヤ』の技術で平均寿命が延びることを見込めようとも、身を固めていなければおかしい立場であり、身分ではないか?」


「それは、そうなのですが……」


 内部の空間というものを捻じ曲げ、外観から見た以上に広大な『マミヤ』内の通路を時に歩き、時にエレベーターへ乗ったりしながら、ベルクはどう答えたものか考えあぐねた。


「無論、中には女子(おなご)から目も向けられない男というものもいる。

 が、貴君はそうではあるまい?

 王国でも一、二を争うほどの美男子であり、自身の才覚も家柄も申し分ないのだ。

 こう言ってはなんだが、選び放題ではないか?」


「確かに、そうではあるのですが……」


 歩きながら考え抜き、ついに決断するへ至る。

 隣を歩くエルフの長は、それこそ百や二百では足らぬほどの年長者なのだ。

 ……つまらぬ嘘をついたところで、見抜かれるにちがいない。


「選び放題、であることは間違いありませぬ。

 しかし、だからこそ、こう……理想を追い求めてしまうといいますか」


「ほおう……!

 なるほど、モテる男であるからこその悩みであったか」


 破顔してみせる長フォルシャだ。

 こうなると、男というものはいくつになっても児童のごとく振る舞ってしまうもので、偉大なエルフはイタズラ好きな少年のような顔で若き辺境伯に尋ねてくる。


「それで、理想というのは具体的にどのような感じなのだ?」


「まず巨乳」


「――は?」


 間髪を入れず放たれた言葉に、長フォルシャが固まった。


「顔立ちは美人系でありながらも少々の幼さを宿し、かつ、身長は高すぎずたわわに実った胸とのアンバランスさが感じられると尚良し。

 髪は黒で短め、ふわっとした感じにまとめてあるのが良い」


「お、おう」


 立て続けに放たれた言葉へ、偉大なエルフが絶句する。

 ベルク・ハーキン……。


 ――この男、とんでもなく女の好みが狭い!


「なんですか?

 あなたが聞かれたのではないですか?」


「ああ、うむ……。

 そうだな!」


 そんな会話を交わしている内に、目的地である『マミヤ』のブリッジへと辿り着く。


「アスル、今、到着したぞ」


 そして、そこへ足を踏み入れると共に――ベルクは見た!


「あ、ああ……。

 よく来てくれたな」


 そう言いながら、座席を立った女性……。

 これなる人物に、見覚えはない。

 それにしても、そのオッパイ――なんと凶悪なことであろうか!


 無論、別に乳房(ちぶさ)を晒け出しているわけではない。

 だが、体にピチリと張り付くかのような作りの女性制服を着ていると、そのラインというものがありありと見て取れるのだ。


 顔立ちは――美人系。

 しかし、どこかやわらかさのようなものを宿しており、誰もが振り返るというより、誰もが親しみを持てるという雰囲気がある。


 身長は高すぎず、見事に突き出た胸との落差を感じるが、その不均衡さがかえって魅力として感じられた。

 黒い髪は短めに、かつ、ふわりとした感じで整えられている。


「その、なんと言ったらいいのか……」


「ふむ……」


 同じくブリッジにいるイヴたちのことはガン無視し、何かを言い淀む黒髪の彼女へ歩み寄る。

 そして、おもむろにこう言ったのだ。


「フ……何も言う必要はない」


「おお、分かってくれるか!?」


「そう……これこそは運命」


「そう、うんめ――は?」


 素早くひざまづき、彼女の手を取る。


「お初にお目にかかる。

 我が名はベルク・ハーキン! ハーキン辺境伯家の(ちょう)たる者!」


「ああ、うん。よく知ってるけど。

 あの、離してくんない?」


 取られた手が引き抜かれそうになるが、これをぐっと握り締めた。

 これまで、舞踏会などを通じ女子たちの手を数多く引いてきたが……。

 これほどまでに繊細で、それでいてきめ細やかな肌を持つ女性は初めてであった。


「このような場で、突然の申し出に驚かれよう……。

 しかし、どうか真摯(しんし)に受け止めて頂きたい!

 名も知らぬ君よ! 私と婚姻を――」


「ベルク様、その方はマスターです」


 いつの間にかそばへ寄っていたイヴの言葉に、ピタリとその動きを止める。

 そして、ギ……ギギ……と、なんともぎこちない動きで、万色(ばんしょく)に髪を輝かせる少女へ目をやった。


「それはつまり、この麗しい女性がアスルだということか?」


「イエス。

 シー、イズ、アスル・ロンバルドです」


「そうなのか?」


 手を握ったまま、アスル? の方を見やる。


「……驚かせてすまない」


「そうか、そうか……。

 なるほど、なるほど……」


 パッと手を離し、立ち上がった。

 そして、なんだか知らないが女になったらしいアスルと互いの目を見つめ合う。


 そうとは知らず、いい年した親友に求婚してしまった者……。

 そして、いい年した親友に求婚された者……。


 このような時、両者が取りうる行動はといえば、ただ一つ!




--




 ※主人公たちが吐いています。

 綺麗な景色でも思い浮かべながら次回をお待ちください。

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