指し手 4
「なあ、助手としてイヴが付いてくるのは別にいいんだよ。
一人じゃ、見落としちゃうこともあるだろうしな」
「マスターからはお目付け役と言われていますが、ともかく同行をこころよく受け入れてくれたなら何よりです」
「ただ、さ……」
「何か問題でも」
「この格好、本当に必要なのかあ?」
最初の殺人事件現場である、イーシャ辺境伯領の領都ザナクに設けられたゴミ集積場……。
そこに甲虫型飛翔機で降り立ったエンテは、自身の格好を眺めながらそう言いやった。
エルフ娘がそうするのも、無理はない。
今、彼女が着ているのは、エルフ集落やロンバルド王国における伝統的な装束とも、『マミヤ』製の制服とも全く異なる、奇妙な衣服だったのである。
上には、マントのような装飾が施されたコートを羽織り……。
その下には、羊毛で作られた体にぴちりと合う衣服を着用していた。
かぶっている帽子は少々の洒落っ気を宿しながらも、ずれにくい実用的な作りをしている。
「どっからどう見ても男物だよな?
まあ、故郷じゃ男の格好してたし、そのことは別にいいんだけどさ。
こう、ものすごく悪目立ちすると思うんだけど?」
きょろきょろと周囲を見回しながら、つぶやく。
あれから日にちが経った殺人事件現場は、すでに片付けられており……。
さすがに死体が転がっていた周囲こそ避けられているものの、可燃ゴミの集積は滞りなく続けられていた。
そして、その可燃ゴミが満載された荷車を引いてきた者たちが、エンテらを見てはぎょっとした顔になり、関わり合いにならないよう避けて業務に励んでいるのである。
「エンテ様。
これは探偵業に挑む者が着用する、伝統的な装束です」
自らも似たような格好をしたイヴが、腰まで伸びた髪を、いつも通り様々な色へきらめかせながらそう断じた。
その表情も、いつも通り無感情なものであるが……。
ちょっと楽しそうに見えるのは、なぜなのだろう?
「ともかく、この衣装を身にまとっていれば、どんな難事件もたちどころに解決。
聴覚がないのに口笛で操れるヘビだろうが、伝説の魔犬だろうが恐るるに足りません」
「まあ、別に何着てようがやることが変わるわけじゃないしな。
『マミヤ』の制服でも、目立つことに変わりはないし」
着用した状態での動きやすさを確認しながら、現場へ向かって歩く。
少なくとも、懐へ仕込んだブラスターを抜く邪魔にはならなそうだ。
「で、ここで死体が倒れてたんだよな?」
「イエス。
当時の状況は私の視覚情報を通じ『マミヤ』に保存してあるため、その気になればいつでも携帯端末で表示できます。
ご覧になりますか?」
「いや、それはいいや。
今更、写真で気づくような時なら当時に気づいているさ」
そう言いながら、あらためて周囲を見回す。
殺人現場を除き、当時存在したゴミは一度回収され、今は新たなゴミが積み上げられているが……。
おおよそ、当時と同じような状況であるといってよいだろう。
「けっこう、ひどく打ちのめされていたけど、現場には凶器に仕えるような鈍器はなかった。
その後、モヒカンや修羅が聞き込みしたけど、犯行時刻に不審な行動をしてる奴はいなかったんだよな?」
「イエス。
付け加えるならば、集積場内部など凶器を廃棄できそうな場所もつぶさに調べさせましたが、それらしき品は発見されてません」
「まあ、目撃証言は時間を考えればなくても仕方ないけど……。
凶器は謎だよな。まだ犯人が隠し持ってるってことか?」
「その可能性は、否定できません。
さすがに、各住居へ立ち入り捜査などはしてませんから。
しかし、聞き込みしたモヒカンや修羅の言うところでは、血の匂いがする人物はいなかったそうです」
「そういうところでは、あいつらの観察眼当てになるからなあ……」
しばらく考え込み、かぶりを振った。
「つまり、ここで得られる情報はないってことだな!」
「イエス。
早速にも捜査が暗礁へ乗り上げました」
「いや、まだそう決めつけるのは早いぜ」
種族的特徴である、短剣のように鋭く尖った耳を撫でながら告げる。
「モヒカンたちは、難民居住区で調査と聞き込みをしたんだろう?
なら、オレたちは別の所を調べるさ!」
そうしながら向けた視線の先……。
そこには、領都ザナク自慢の城壁がそびえていたのである。
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地面にボロ布を敷かれただけの簡素極まりない寝床は、廃材などで周囲や天井を覆われており……。
出入口を除けば、かろうじて雨風がしのげる造りとなっている。
そのような犬小屋じみた寝床を円形に配し、広場となった中央部で共用の焚き火を焚いて生活している様からは、人間というもののたくましさを感じられた。
もっとも、彼らがそのような暮らしを送っているのは、ザナクが誇る大城壁の外であり……。
外敵の脅威から市民を守るため建設されたそれから排されている姿には、人間社会の闇というものも感じられたが……。
「こういうの見ると、やるせなくなるよな。
もっと、全員で支え合って暮らせればいいのに」
「ノー。それは否定します。
人類史を振り返れば、いかなる社会システムを構築しようとも、このような階層は必ず出現するものです。
また、多くのケースにおいて、彼らは納得した上でこのような生活を送っているため、それを外側から捻じ曲げようとするのは、かえって尊厳を傷つけることになります」
「そういうもんなのか?
難しいもんだな……」
イヴとそのような会話を交わしながら、浮浪者たちのバラックを練り歩く。
このような生活をする人々は、初めて見たが……。
皆、寝ているか、無気力にだらだらしているかで、覇気というものが一切感じられない。
共用の焚き火で調理しているのは、先のゴミ集積場から拾ってきた生ゴミだろうか……。
とりあえず、調理中の浮浪者に目を付け歩み寄る。
「おじさん、こんにちは!
オレたち、正統ロンバルドの人間でさ。
こないだ、その……亡くなった人の件について、アスルの命令で調べてるんだ。
よかったら、話を聞かせてもらえないかな?」
はつらつとした、エンテのあいさつ。
それに対し、その浮浪者はぎこちない……ひどくノロノロとした動きで視線をエルフ少女に向けた。
その瞳は、暗い……。
長の娘として育てられたエンテにとって、このような目を向けられるのは初めてのことである。
「……い」
「ん? なんだって?」
「……何も、話すことなんてない。
帰ってくれ」
「ノー。拒否します。
私たちは、この地を治めるノーザン・イーシャ辺境伯からも捜査権を委任された、正統な調査官であり名探偵です。
知っていることは、全て話してください」
「名探偵って、言葉の意味は分からないけど自分で名乗るもんじゃないと思うぞ?
まあ、捜査権とかはともかくさ。
仲間が殺されて、犯人も分からないじゃやりきれないだろ?
今は、少しでも情報が――」
「――帰れっつってんだ!」
そのような大声を出す元気が、どこにあったのか……。
調理中の手鍋――彼にとっては貴重な食料が入っているのだろうそれを投げ捨て、目を剥き出しにしてこちらを睨みつけてきたのである。
「正統ロンバルドつったら、あのクソ難民共の親玉だろうが!
話すことはなんもねえ! ぶっ殺してやろうか!? ああ!」
正直な話、エンテの実力からすれば取るに足らぬ相手であり、胆力というものが一切感じられないすごみ方であった。
しかし、これを受けて思わず一歩引いてしまったのは、その姿に……言葉で表せない情けなさを感じたからであろう。
そしてそれは、いつの間にかこちらを睨みつけていた他の浮浪者たちに対しても同じ……。
「行こう、イヴ」
「よろしいのですか?」
「いいんだ」
こうして……。
最初の事件における被害者の仲間たちからは、何一つ有用な情報を引き出せないまま戻ることになったのである。




