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指し手 3

 オペラ歌手ソフィといえば、ラフィン侯爵家当主スオムスの隠し子であり、正統ロンバルドの王アスルとも親戚筋にあたる女性であるが……。

 今のところ、それは極秘にされているし、ソフィ自身、先日侯爵本人から明かされるまでそのことを知らなかったのだから、貴族らしく振る舞うも何もない。


 むしろ、本人としては生涯を一市民として暮らしていきたいと願っており、時たまオペラ歌手としての本業をする傍ら、テレビ局での仕事を学ぶ日々は実に充実していて楽しかった。

 そんな彼女がテレビ局で最も心を許しているのは、他でもない……サシャとジャンという赤毛の姉弟である。


 姉弟の二人とも、ソフィより一回りばかり下の年齢であり……。

 彼女からすれば、妹や弟ができたような気分で保護欲をかき立てられるのだ。


 とはいえ、リポーターとして活躍するサシャは、オペラ歌手の目で見ても感心するほどの度胸と流麗な喋り方を会得しつつあり……。

 パソコンなどを用いた編集作業に関しては、ジャンから教わってばかりなのであるが。


「つまんねーなー。

 せっかくの事件だっていうのに、おらたちは置いてけぼりなんだもの」


 そんな三人が、『マミヤ』内の設備で編集作業を行っていた際……。

 ふいに、ジャンが天井を見上げながらそう愚痴をこぼした。


「あんたは、また聞き分けのないことを言って……!

 最初の現場を検分したアスル陛下自身が、おっしゃってたじゃない。

 『とてもではないが、女子供に見せられる現場ではない』って」


「そうなんだけどさー」


 王の似てない物真似を披露する姉に対し、弟がなおも口を尖らせる。

 そんな姿にはほほ笑ましさを覚えるが、一連の事件を思えばサシャの味方をせざるを得ないだろう。


「昨日、ベッヘで起きた事件でもう五件目ですものね……」


 デスクに置かれた資料を手に取りながら、会話に加わる。

 資料には、現場の状況やエル医療チームによる遺体の検視結果、各事件の捜査状況などが細やかに記されており……。

 遺体の写真こそ存在しないものの、列挙された文字や現場の写真を眺めるだけで、事件の陰惨(いんさん)さがうかがえた。


「共通しているのは、都市の内外を問わず人気のない場所で犯行が行われていること……。

 そして、被害者には複数の殴打や裂傷が存在していて、苦しみながら死んだと推察できること……。

 陛下の判断は、懸命だと思いますよ?」


「むー……」


 成人女性の言葉は、実の姉が放ったものよりも効果があるのか……。

 ジャンが、不承不承(ふしょうぶしょう)といった具合でうなずく。

 しかし、どうやら、なおも言いたいことがあるようだった。


「まあ、おらたちが現場に立ち会えないのは仕方ないにしたってさー。

 せっかく映像や情報を集めて、編集やアフレコも済ませてあるのにさ。

 それを報道しないってのは、なんでなんだろう?」


「それは……実を言うと、私もちょっと気になるんですよね。

 テレビというのは、起こったことを迅速に伝えるのが仕事だと思ってたから……」


「いえ、ソフィさん。

 それはちがいます」


 ジャンの言葉に同意していると、サシャがきっぱりとそう断言する。

 それに驚いて見ていると、赤毛の姉はすらすらと自身の――そしておそらくは、アスル王の考えでもある言葉を述べたのだ。


「将来的には、起きた事件を娯楽のように扱う報道番組も生まれるかもしれません。

 ですが、今現在あたしたちに課せられている役割は、陛下が伝えたいと思った事項を、その意に沿う形で人々に伝えること……。

 ただでさえ、逆疎開(そかい)で元から住んでいた人たちも難民たちも、不満を溜め込んでるんです。

 その不安をあおるような真似は、するべきではない……。

 せいぜいが、物騒なので人気のない所は避けるようにと伝えるくらいなんです」


 その言葉に、感心してしまう。

 確か、この姉弟はアスル王と師を同じくするのだったか……。

 とりわけ、姉の方はその教えを深く身につけているらしい。


「今のところ、被害者は街の人間と難民とで半々です。

 問題なのは、いずれの現場においても、逆陣営……街の人間が被害者なら難民が、難民が被害者なら街の人間が、犯行を疑われる状況であるということ……。

 これを下手に伝えれば……」


 あとのことは、聡明な少女が口にするまでもなく察せられた。

 その先にあるのは……。




--




 エンテたちエルフは、アスルの行動開始初期から仲間となった種族であり……。

 現在、彼女らが正統ロンバルド内で果たしている役割は、大別すると二つになる。


 一つは、ハーキン辺境伯領内のエルフ自治区における養鶏場運営……。

 安定した鶏肉と卵の供給源が存在する意義は、はなはだ大きく、もはやこの事業は正統ロンバルドにとって必要不可欠なものであるといえるだろう。


 そしてもう一つは、医療事業だ。

 エルフといえば、言わずと知れた魔術に明るい種族であり……。

 長フォルシャの指導により、回復魔術に関しては、程度の違いこそあれ全員が習得している。


 現在はそれを活かし、少数の医療班を組んで各地に派遣された軍へ同行し、魔物との戦いで負傷した兵たちが即時復帰できる体制を整えているのだ。

 また、これには思わぬ副作用があった。

 トロイアプロジェクトに選定された各都市の住民や、難民たちの心を安定させる効果である。


 正統ロンバルドの兵たちは『マミヤ』製の装備に身を固め、かつ、防戦に徹する構えを取っているため、実際に負傷者が出ることはそうそうない。

 となると、医療班の手が空くため、それを利用して市民たちの診断や治療を行っているのである。


 人々は、これに大きく感謝した。

 アスルはどうやら、ファイン皇国の医療体制を参考にこの差配をしたようであるが、それは大当たりだったということだろう。


 しかも、医療班には必ず一名、王都ビルクの病院で研修したエルフを編成しているため、その実地研修にもなり一石二鳥なのである。


 そして今、エンテがアスルに手渡した死体検案書もまた、王都ビルクに務めるエルフの仕事によるものであった。

 同胞が着実に専門知識を技術を身につけている件について、少しばかり鼻が高いエンテであったが……。

 様々な書類やカップ麺の空き容器が転がった私室――というより総指令室でアスルが見せた表情は、苦悶に満ちていたのである。


「おかしいな……明らかにおかしい」


 執務机に総指令室を置いたアスルが、吐き捨てるようにそうつぶやく。


「おかしいって、何がだ?」


「何もかも、だ。

 最初の事件に触発されて、というなら分かるが、報道を止めているのに、こうも同時多発的に同様の事件が起こるものか?

 人間が殺人に抱く忌避(きひ)感というものは、尋常じゃないぞ」


「確かに……。

 各地の兵やモヒカンによる捜査も、上手くいってないみたいだしな」


「ああ、目撃情報一切なし。

 証拠品も一切なし、だ。

 ……ありえん。

 こっちは、わざわざカミヤやキートンまで派遣してスキャンさせているのに、不審な足跡一つ見つからなかったときたもんだ」


「あの死に方じゃ、自殺もありえないしな」


「ああ、どんなアクロバティックな自殺法だという話になる。

 死のスペシャリストである俺が言うのだ。間違いない」


 様々な死の危機をくぐり抜け損ない続けた男が、背もたれを大きく傾けた。


「とにかく、だ……。

 こうなったら、アプローチを変えた捜査が必要だな」


「っていうと?」


「いやまあ、言ってみただけでアイデアはないが……。

 まず間違いなく荒事になるだろうから、相応の戦闘力を備えていて……そうだな、魔術の心得もあるとなお良い。

 とにかく、総合的に様々な事態へ対応できる人材を専属調査に当てたい。

 俺自身が行ければベストだが、さすがにそこまで暇ではないな」


「へぇー……」


 頭の後ろで手を組むアスルを見ながら、人の悪い笑みを浮かべてみせる。


「どうした、エンテ?」


 すると、怪訝(けげん)な顔をされたので、親指で自分を差しながらこう告げてやったのだ。


「いるだろ? ここに一人さ。

 エルフは万能の種族で、オレは長の娘なんだぜ?」


 アスルは顔をしかめたが、これは一理あることを認めた時の反応であった。

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