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指し手 1

 かつての第三王子、アスル・ロンバルドが独立宣言をして以来……。

 王都フィングのロンバルド城には、新設された部署が存在した。

 その名も――『テレビ分析室』。


 読んで字のごとく、領内から狩り集めたテレビを視聴し分析するための部屋である。

 集められた文官たちは、ここでテレビを視聴しながら、その内容を要約し公文書として提出することを課せられているのだ。


 国王らはそれに目を通し、一部の重要な報道に関してのみ、テレビの録画機能を使用して直接視聴するのである。


 余人からすれば、ただテレビを見てその内容をまとめるだけの仕事に思えるかもしれぬ。

 しかしながら、貴人中の貴人たちにこれを提出することを思えば、言葉の使い方というものにも気を揉まざるを得ない。


 何しろ、おそらくは恣意(しい)的にそうしているのだろうが……テレビを通じ報道される内容は、いずれも正統ロンバルドなる賊側の順風満帆さを伝えるものばかりなのだ。

 ロンバルド王国の人間たちからすれば、近い内に戦端を開く相手が調子よくしている様など、聞かされて面白いはずもない。

 そんな彼らに対し、いかに期限を損ねない形でテレビの内容を伝えるか……文官たちは日々、神経を削っているのである。


 しかも、テレビの番組にはツンデレ系バーチャル狼耳美少女ホーバンちゃんによるゲーム実況や、ロンバルド・ファイトなる賭博格闘など、娯楽に傾倒したものも含まれるので、これを真面目にまとめ上げるのはひと苦労であった。


 そのようなわけで、招集された文官たちは今日この日も、なかば死んだ目でテレビを眺めつつ羽ペンを走らせていたわけであるが……。


「――失礼いたしますね」


 そこに、闖入(ちんにゅう)者が現れた。

 同時に、室内へ漂うのは花の香り……。


「コルナ殿下……。

 今日もお心遣い頂き、感謝いたします」


 室長の役割を与えられた男に続き、室内の者全てが立ち上がり敬礼する。

 身にまとったドレスは、普段使いの品でありながら細部の仕立てに至るまで一切手を抜かれておらず……。

 持参したみずみずしい花束も、生命の美しさというものを感じさせる。


 しかしながら、この少女が身にまとい、手にしていると……どちらも、引き立て役としてすら力不足に感じられた。

 それほどまでに――美しい。

 国内屈指の美男子と美女として知られる両親の血を色濃く受け継いだ姫君は、わずか十歳でありながら、大の男を物怖じさせるほどの美貌を誇っているのだ。


「いつも言っておりますが、どうか皆さま、お仕事を続けてください。

 コルナが自分で育てた花を差し入れるのは、このように室内へ押し込められた皆様の心が、少しでもやわらげばと思ってのことなのですから……」


「ははっ! ありがとうございます!」


 室長が頭を下げると、皆、一斉に仕事へ戻る。

 それを待ってから、コルナ姫は付き従えた侍女に花束を渡し、これを花瓶に活けさせた。


「まあ、今日テレビで伝えているのは、お花の様子なのですね?」


 何台か設置されたテレビの一つを見ながら、姫君が興味深げにそう尋ねる。


「はっ……!

 どうやら、賊側は王都襲来時にも用いた虚像を生み出す力で、人々にこのような花を見せ、酒宴をさせているようです!」


 サクラという、薄桃色の花が咲き誇る下で飲めや歌えやの騒ぎをする人々が映された画面を指し示しながら、室長がそう要約した。

 ……何かさっき、アスル自身が直立する馬と共に屋台を開いている映像も流れていたが、それは伝えなくてもいいだろう。


「あらあら……。

 向こうは大変ですね。魔物が大量に出現して、それと戦って……。

 そんな日々が続くから、このような慰めも必要となるのでしょう」


「もっとも、殿下ご自身がお育てになられた花を差し入れてもらっている我らとは、比べ物になりませんが」


「あらあら、お上手……」


 コルナ姫が、口元を押さえながらくすりと笑ってみせた。

 しかし、視界の端では、冷たくテレビの画面を眺めていたのである。

 そのことに気づく者は、いなかった。




--




 トロイアプロジェクトが施行されて以来、人々の生活は大きく変化したが……。

 ゴミの処分もまた、その一つである。

 従来、人々の出すゴミといえば、せいぜいが生ゴミや暖炉の燃えカスくらいなものであった。

 ロンバルドの歴史上、その投棄が問題にならなかったかといえば否であるが、各領主が収集の体制を整えることで十分に対応可能な範囲だったのである。


 しかし、正統ロンバルドの支配下に組み込まれることで、状況は大きく変わった。

 ビニールやプラスチックなど、従来の野焼き処理では有毒な空気の発生してしまうゴミが、各家庭から大量に生み出されるようになってしまったのだ。


 アスル王はこれを危惧し、『テレビ』のみならず、大家など各居住区の顔役を通じ、それら不燃ゴミの迂闊(うかつ)な焼却処理を禁ずると布告した。

 では、現実としてそういった不燃ゴミはどのように処理するのかというと、各都市の郊外に集積場を設け、『マミヤ』が定期的に訪れた際、回収する形にしたのである。


 王にとって誤算だったのは、従来の体制で処分しきれないのが不燃ゴミだけではなく、生ゴミなどもまた同様であったことだろう。

 古代の技術を導入したことにより、人々の食生活は比べ物にならないほど豊かになったが……。

 それは同時に、排出される生ゴミもまた、比べ物にならない量になることを意味していたのだ。


 結局、各集積場は早々に拡充される形となり……。

 今では、不燃ゴミのみならず、生ゴミなど従来のゴミも分別の末、山のように積み上げられていたのである。


 唯一、良かった点があるとすれば、それら収集と分別の仕事が、古代技術の導入であぶれた人々の受け皿となったことだ。


 そんな、発展の代償とも呼べる施設は、郊外に設けた必然として都市と難民居住区の境に位置しており……。

 ごく一部の例外を除き、これに好き(この)んで近づこうという(やから)はいない。


 では、その例外は何者であるかといえば、これはいわゆる浮浪者である。

 夜分遅く、彼らが集積場に現れる理由はただ一つ……。


 ――生ゴミだ。


 正統ロンバルドの支配下に組み込まれて以来、ゴミとして捨てられたそれらは彼ら浮浪者からすれば、これは、


 ――ご馳走。


 ……と、いうことになる。

 野菜にせよ肉にせよ、かつてゴミとして捨てられていたそれとは鮮度が比べ物にならず、彼らが命をつなぐには上等すぎる代物なのだ。


 アスル王があえて厳重な柵などを設置しなかったのは、運搬を容易にするためと、()いてこれに近づく者が他にいなかったからであるが……。

 ひょっとしたならば、こういった社会的弱者の行いを見て見ぬふりする慈悲もあったかもしれない。


 彼ら浮浪者が出没する時間はまばらであり、まとまって行動することもあれば、個人でゴミ漁りをすることもある。

 その浮浪者は後者であり、夜の闇にまぎれながら、少しでも鮮度の良い物を選び抜こうとゴミを漁っていたが……。

 その背後で、音も立てずうごめく存在があった。

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