桜の花 1
考えてもみれば、普段の移動は甲虫型飛翔機や『マミヤ』そのものを使っており、王都ビルクから各地へ通じている地下リニアに俺が直接乗るというのは、なかなかレアなイベントである。
まあ、運行前に試乗したことはあるし、ワム女史たち皇国視察団を案内した時には、メタルアスルを通じて搭乗していたから全く経験がないわけじゃないんだけどな。
「ふぇー、車輪が走ってる感触も音もないし、これ、言われなきゃものすごいスピードで進んでるなんて分からないな」
「ジャン、乗る前に教わったでしょ?
このリニアっていうのは、電磁力の力で動いてるの。
宙に浮いた状態なんだから、車輪が走った感触も音もあるわけないじゃない?」
一方、対面に座っているサシャとジャンの姉弟は、これが初めてのリニア体験であり、大いにこれを楽しんでいた。
「それって要するに、甲虫型飛翔機と似たような状態ってこと?
あっちは風を感じたりするから爽快感があるけど、こっちはなんか窮屈だなあ」
「その代わり、一度に比べ物にならないくらいの人と物を運べるし、移動中に落ち着いてお弁当を食べることもできるでしょ?
あんたってば、二個も食べちゃって」
「へへ、だって美味しかったんだもん!
おら、あの釜めしっていうの、今まで食べた中で一番好きだ!」
素直にはしゃぐジャンはもとよりとして、それをたしなめる側のサシャも普段よりだいぶ声が弾んでいる。
基本的には勉強のためであるが、息抜きという観点からも二人を同行させたのは正解であったようだ。
一方、俺はといえば、持ち込んだ仕事のせいで乗り物も弁当も楽しむ気にはなれず……。
自分でもよくないことだとは思うが、難しい顔でタブレット端末とにらめっこしていた。
「兄ちゃん、さっきから難しい顔してどうしたんだ?」
「こら、陛下は今も、お仕事の最中なんだから……」
「いや、いいんだ。
すぐにどうこうできる問題じゃないしな」
タブレット端末を置き、眉間をほぐす。
このところ、満足に寝ていないからな。
疲れた顔を現地で見せないよう、気張らなければ。
「やっぱり、陳情や事件の報告は増加傾向にありますか……?」
「ああ……」
俺が直面している問題を察したサシャの問いに、うなずく。
この姉弟こそ、報道の仕事を通じて最も多くこの問題へ接しているのだ。
隠し立てする必要も、ないだろう。
「先日は、俺の見事な手腕によって、キオの立てこもり事件を解決したが……」
「兄ちゃん、集会所の半径百メートルがクレーターになったんだけど?」
「先日は、俺の見事な手腕によって、キオの立てこもり事件を解決したが……」
ジャンの言葉をガン無視し、同じ言葉を繰り返す。
断固として、あれは平和的かつ穏便な解決であった。
ちょっとクレーターができたくらいで、ガタガタ言うない。
「それ以降、兵や人々の不満を発端とした事件は枚挙に暇がない。
兵の脱走事件……。
元からいた住民と難民との間に起きた暴力沙汰……。
バレれば死罪と承知の上で、領主の城に非難の落書きをした者もいる。
とりわけ多いのは、決闘王オフィシャルカードゲームに関する苦情だな」
「兄ちゃん、最後のはおらも気になってたんだけど、タイミングを逃すってどういうこと?」
「タイミングを逃すというのは、つまりタイミングを逃したということです。
……さておき、これだけ同時多発的に陳情や事件が増加したのは、ある事実を示している。
どうだ? 分かるかな?」
俺の問いかけに、赤毛の姉が素早く挙手した。
「人々の厭戦感情が、いよいよ限界に達しているということですか?」
「その通りだ。
すぐ正解に行き着くとは、やるじゃないか」
察しの良い妹弟子に、うなずいてみせる。
「ビルク先生から、13世陛下の南征失敗談については教わったことがありますから」
「あ、それおらも覚えてる!
確か、十年くらい戦争が続いて、兵も他の人たちもみんな嫌になっちまって、戦い続けられなくなったんだよな!」
「一応は俺のご先祖様なんで、失敗扱いするのはやめてあげて。バファー辺境伯領だって、それで手に入ったんだから。
さておき、戦いというのは長引けば長引くほど人々に不満を溜め込ませるものだ。
一連の事件や決闘王オフィシャルカードゲームへの苦情は、その発露と言えるな」
「カードゲームの方は、テキストに問題があるだけだと思うけど?
まあ、それは置いといて、13世様の時は十年くらいかけて爆発したんだろ?
それと比べると、今回のは早すぎじゃないか?」
「そうでもないさ」
弟弟子の言葉に、かぶりを振った。
「何しろ俺は、人々を住み慣れた故郷から強制的に避難させたからな。
二人は若いし、開明的だから分からないかもしれないが……お爺さんたちを見ただろう?
あれは、ごくごく正常な反応だ。
多くのロンバルド王国民にとって、人生とは生まれついた地に根付いて送るものなんだ。
教皇猊下のお言葉があるとはいえ、なかば無理矢理に知らぬ地へ移住させられれば、ストレスは計り知れないさ。
しかも、今のところいつまでこの状態が続くか、見通しが立たないときている」
そこまで言って、首をすくめてみせる。
「むしろ、個人的にはよくもった方だと思うな。
相手が人間ではなく、魔物というのが大きいんだろう。
言ってみれば、一致団結して災害に立ち向かおうという局面なのだから……」
「陛下は、どのような手を打たれるおつもりなのですか?」
サシャの言葉に、腕を組みながら考え込む。
「そこのところなんだが……。
今のところは、いいアイデアが浮かばないんだよな。
いや、何をするべきかは分かってるんだ。
ただ、方向性は定まっていても具体的にどう実現するかが問題だ」
「方向性って?」
「娯楽さ」
ジャンの言葉に、迷うことなくそう断じた。
「決闘王オフィシャルカードゲームは苦情も多いが、逆に言うとそれだけ熱心に遊ばれているということでもある。
また、『ロンバルド・ファイト』の方もなかなかに受けがいい。
やはり、溜まったストレスはパーッと騒いで遊んで発散させるのが一番だということだ」
他にも、ベルク主導で女の子とイイことできる体制を整えたりもしているが、それはこの二人に話すことでもないだろう。
「ただ、カードゲームにしても賭博にしても、人を選ぶところがあるからな。
もっとこう、老若男女問わず楽しめて、ストレス発散できるような催しが思いつければいいんだが……」
そこまで話した時のことである。
『――まもなく、獣人国に到着いたします』
車内アナウンスが、流れた。
それを聞いて、同乗していた報道チームや、各貴族家から選抜した騎士たちが降車の用意を始める。
普段はもっぱら貨物輸送に使っている地下リニアであり、ロンバルド王国の人間がこれだけ向こうに移動するのは史上初のことだ。
「……と、難しい話はここまでだな」
俺自身も、降車に向けタブレット端末を片付ける。
「ウルカ様が呼んでくれた催しって、なんていうんだっけ?」
「もう、あんたってばそんな大事なこと忘れたの?」
弁当のゴミなどを片付けながら問いかけた弟に、サシャが溜め息まじりに答えを教えた。
「おハナミ、よ」




